第48話 リムの手腕

      リムの手腕



 そして現在、俺は何故か、カサードと昼飯を食っている。

 俺はまだ歩くのが辛いので、部屋はそのままだ。


 事の顛末はこうだ。


 あの後、リムはヤットンについて行き、カサードが会議をしているところに、堂々と乗り込んだらしい。

 勇者近衛から火急の要件があると言われれば、聞かざるを得ない。

 カサード達は、既に俺がスコットの身体になっていることを、イーライから知らされていたので、特に不審にも思わず、彼女を通した。

 元の俺の姿だったことも大きい。


 リムは、まず、現在は俺が魂の転移に成功した影響で、攻略を中断せざるを得ない状態である事を教えたらしい。

 その上で、勇者橘を育てる重要性を説明した。

 そして、俺が回復するまでの間、ダンジョンの50階までならミツルを案内できると言ったそうだ。


 50階と言えば、ナガノさん以外では、前人未到の領域だ。

 ご丁寧にも、俺が回収した50階の主をそこで見せたものだから堪らない。


 当然、臣下達は色めき立つ。

 反対意見が出ようはずも無い。

 それでまんまとミツルを連れ出し、ダンジョンに向かったとのことだった。


 カサードからすれば、あっと言う間に話が進み、気が付いたら、ミツルを連れて消えていた、という感覚だったそうだ。

 そして、その時は彼女に圧倒されていたが、俺達の真意が計れていないことに気付き、俺のところに直接来たと。

 そこで、俺が腹が減ったと言ったので、今に至る。


「いや、彼女の申す事に不審な点も無いし、筋も通っておったのでな。そしてここに来てみれば、ちゃんとアラタも居るではないか。儂とて馬鹿では無い。お主がアラタかどうかはすぐに分かった。それで、どうなんじゃ? 儂もアラタを信じない訳ではないのじゃが、ちゃんと聞かせて欲しいのじゃ」

「カサードさん、それは済まなかった。だが、リムが言った通りだよ。俺に他意は無い。ただ、事のきっかけは痴話喧嘩と言うか、まあ、あまり言えないので勘弁して欲しい」


 しかし、リムの奴、皇帝までも手玉にとるとは!

 俺もカサードがこの部屋に来た時には驚いた。

 『リニューアルアラタはおるか?! 確かめたいことがある!』と凄い勢いだった。

 だが、リニューアルって、俺は新装開店かよ!


 今思うと、俺がこの世界で最初から所持していたスキル、【交渉術】は、俺の生前の営業職の産物では無く、リムの物だったのかもしれない。


「ふむ。あのリムと申す娘、お主の身体の元の持ち主だと言っておったが、どういった経緯じゃ?」

「カサードさんもある程度気付いていたと思うけど、彼女は召喚用の死体として運ばれたが、実は完全に死んでいなかったらしい。そこに、運悪く俺の魂が取り憑いたと。俺の性別の不一致は、どうもそれが原因だったようだ」


 もう隠しても意味が無いので、俺は正直に話す。

 俺は、多分リムは、あのスコットが死んだ時の、体力は0だが、ステータスがまだ表示されている状態だったと踏んでいる。


「そうか、それは申し訳無いことをしたのう」

「いや、こちらこそ仕事中にいきなり押しかけて申し訳ない。リムにはきつく言っておくので許してやって欲しい」

「いやいや、橘殿を鍛えてくれるなら、儂も異存は無いのじゃ。そろそろダンジョンで修行して貰おうかと考えておったところでの」


 ふむ、ミツルは順調に信用を得ているようだ。

 しかし、カサードが『修行』と言った裏には、やはり彼を兵器として運用する意図が見える。



「ところでカサードさん、丁度相談があるので、聞いて欲しいのだけど」

「儂とアラタの仲じゃ。遠慮は要らぬ」


「実は、何でもいいので、貴族と呼べる爵位が欲しいんだ。当然、領地も報酬も要らない。肩書だけでいいんだ」

「なんじゃ、そんなことか。儂は軍の指揮権を寄こせとか、会議に参加させろとかを期待しておったのに。でも、どういう風の吹き回しじゃ? アラタは、そう言った物には興味が無いように見えたのじゃが?」


「実はまだ確証は無いのだけど、噂を聞いてね。俺は知っての通り、奴隷を所持している。その噂によると、貴族と奴隷は、仲がいいと能力の伸びもいいらしいんだ。俺もダンジョンに奴隷を連れて行く以上、少しでも効率がいいに越した事は無い。それで、その噂に乗っかってみたいんだ」


 口ではこう言うが、これは、俺がスコットとクレア達を比較した結果での確信だ。

 俺は信頼補正と名付けているが、最高で5割くらい伸びが違うと思う。

 そして、現在俺はリムと離れた結果、貴族の職業を付けられなくなった。

 なので、是非とも解決しておきたかった事だ。


「ふむ、その噂は儂も聞いたことがある。眉唾かもしれぬが、試してみるのもよかろう。そうじゃな。男爵では低すぎるのう。子爵でどうじゃ?」

「いや、階級にはこだわらないんで、その子爵というのがいいのなら、それで十分だ。カサードさん、ありがとう」


「ならば今からアラタは、勇者近衛子爵じゃ。臣下にも通達しておく故、明日には正式な書状も届くじゃろう。何なら領地もやるが、どうじゃ?」

「いや、領地を貰っても、俺は当分ダンジョンに専念したいんで、統治できない。それに、俺は極力この世界の政治には手出しはしたくないんだ」

「全く欲が無いのう。まあ、儂はそこが気に入っておるのじゃがな。期待しておるので、早くその身体に馴染み、攻略に励まれよ」

「うん、俺はその為に呼ばれたのだから、それしか無さそうだ」


 俺がステータスを確認すると、ちゃんと貴族を選択できた。

 言っただけですぐ貴族って。

 皇帝、やはり凄いな。


 カサードとの話は以上で、簡単な昼食を済ませて別れた。

 彼は会食後、かなりご機嫌のようだったが、その理由を知るのは後になる。


 俺はリム達が帰ってくるまで、ゆっくりと痛む身体を癒す。

 食事とかは、廊下の見張りに頼むと持って来てくれた。



 俺の予測通り、リム達は次の日の夕方に戻ってきた。

 ミツルも連れている。


 こいつは連れて来なくてもいいのだが、成り行き上仕方無かったのだろう。


「皆、お帰り。無事なようで何よりだ」


 俺はすっかり身体の痛みも引いていたので、立ち上がって皆を出迎える。


「只今、アラタ。ちゃんと約束は守って貰うわよ。明日だからね!」

「アラタさん、只今帰りましたわ。寂しかったですわ」

「アラタさん、只今です。若干足手纏いが居ましたが、楽勝でした」

「アラタさん、只今っす! リムさん、やっぱ凄いっす! 勇者で無くなったのに、勇者さんより…、いや、何でもないっす」


 ふむ、これも予想通りだな。

 ミツルは能力値こそ高い物の、場数では今の彼女達に敵う訳が無い。

 そして、その唯一の取り柄も、追い越されるのは時間の問題だろう。


 皆に遅れてミツルが挨拶する。かなり戸惑っているようだ。


「え、えっと、君がアラタちゃん…、いえ、アラタさん? リムちゃんから聞いたけど、元は男だったとか。そ、その何も知らずにごめんなさい!」


 ミツルはあれ以来、かなり素直になっている。

 うん、いい傾向だ。


「あ~、隠していて悪かった。もっとも、あの時お前に話しても聞き入れてくれたかどうか。それで、どうする? まだ俺を守ってくれるのか?」


 俺は意地悪く質問してみた。

 ミツルには申し訳ないが、ここではっきりとさせるべきだ。

 俺がカサードに頼んで、ミツルに合ったパーティーを作らせるのもいいだろう。


「何を当たり前のことを。僕はこれからも、アラタさんを守ることを生き甲斐にするよ!」


「「「「え?」」」」


 俺達は固まった。


「い、いや、ミツル君? お、お前も知っての通り、俺は男だぞ? それにお前はそこのリムの容姿に惚れたんじゃなかったのか?」


 俺は思わず、ストレートに聞いてみた。


「アラタさん、流石にこの僕でも怒るよ。僕を外見だけで判断するような人間に見ないで欲しいね。僕が惚れたのは、そこの生意気な女じゃない! 中に居たアラタさんだ!」


 リムがにやにやしてやがる。

 そう言えばこいつ、以前意味深なことを言ってた気がする。

 しかも、この場で唯一びびっていない。

 こうなることを予測してたな!


「あ~、その、なんだ、お前を軽い男のように言ったのは悪かった。何度も言うけど、俺は男だぞ? 前にも言ったと思うのだけど、気持ちは嬉しいけれど、俺にその気は無い!」

「アラタさん、僕はこの世界に来て、そしてアラタさんを見て気付いたんだよ。人間は器じゃない。そう、中身なんだ。男だとか女だとかは些細な器の違いなんだよ。その中にある魂のみに価値があるんだ。だから僕がアラタさんを慕うことには何の問題も無いよ」


 ミツルは、いきなり雄弁に語りだした。

 これは、もはや悟りの域に達しているな。

 俺ごとき、凡人の手に負える範疇では無さそうだ。


 俺はリムに助け舟を求める為、彼女に視線を向ける。

 皇帝をも手玉にとった、こいつの口先に期待だ。


「アラタ、お困りのようね」

「お、おう。かなりお困りだ」


 すると、リムは俺に近寄って来た。


 おい、近いぞ。


 いきなりリムが背伸びして、俺の首に腕を回す!

 そして、俺の唇を奪った!


「「「え? え?」」」


 確かに彼女の口先三寸に期待はしたが、この口先では無い!

 美女軍団はもっと驚いたようだ。

 リムがまさかこんな行動に出るとは、俺も思わなかった。


 ミツルも呆気に取られている。


「勇者橘様、こういう事ですので、諦めて下さい。アラタは私にぞっこんなのよ!」

「な、な! この淫売女め! ちょっと可愛い顔しているからっていい気になるなよ! ぼ、僕は諦めないからな!」


 ミツルは捨て台詞を残し、乱暴に扉を開けて飛び出して行った。


 ふむ、ミツルもリムが可愛いことは認めていると。

 これはどうでもいいか。


 嵐が去った後、皆が呆然と立ち尽くす中、リムは俺の首から腕を外す。


「その、アラタ、ごめんなさい。あなたのことは、す、好きだけど、あたしはいやらしい女じゃないから! 誤解しないでね! でも、これで良かったでしょう?」


 どうやらミツルの淫売という言葉が効いていたようだ。


「う、うん、分かっている。お前のおかげで助かった。ありがとう。だが、あそこまでしなくても、何とかなったような気もするけど?」


 そこで美女軍団も正気に戻ったようだ。


「そうですわ! リムさん、ずるいですわ!」

「リムさんもまだまだですね。私ならもっと凄いことしました!」

「全く油断できないっすね。でも気に入ったっす。ライバルとして認めるっす!」


 まあしかし、リムではないが、これで良かったのだろう。


 ミツルは、色々な意味で気の毒としか言えないが。

 そういや、あのカサードの娘さんはどうなったのだろう?

 かなりミツルを気に入っていたようだったが。

 ミツルに毒を盛る準備ををしてなきゃいいのだが。

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