空野雷火

第1話 序章

これは、俺が貧乏作家だった頃の話だ。

その年の春に親父が亡くなり、初盆を迎えようとしていた。


その日は家で執筆をしていた。

電気代を節約する為、クーラーをつけないその部屋は

安いアパートで蒸し風呂のように暑く、天然のサウナのようだった。

汗ばみながらもパンツ一丁で、月末のコンク−ルに向けて執筆をしていた。


汗ばむ服の濡れた感触、蒸しかえる暑い部屋でストレスは溜まる一方であった。


突如、携帯の着信が鳴る。


普段自分からかけることはあっても、着信があることは滅多にない。

あるとすればバイト先からだろう。


俺は無視しようとも思ったが、画面には母の文字。

仕方なく、俺は電話に出た。


「もしもし?どうした?」

「隆太?今年はあんたいつ帰ってくんの?今年は初盆なんだから

 ちゃんと帰ってきなさいよ。」

「ああ、そうだったな。でも月末のコンクールの締め切りがなぁ・・・。」

「何言ってんの。どうせ今月も入賞しないだろうし、大したアイディアも

 無いんでしょ?親の初盆くらい帰ってきなさい。」

「わかったよ。ちゃんと帰るから。」


俺は当時万年金欠だった。そんな俺にとって東京から実家のある宮城までの

交通費はもったいない。深夜バスで行ったとしても仙台まで片道約3000円。

そこから最寄りまで行ったとして・・・。


財布の中身を見る。財布の中には銀行の口座残高が書かれた紙とレシート、

そして現金10000円程度。


「これじゃあ往復でなくなっちまうな。」


悩んだ末に俺は原付で行くことにした。

燃料代を考えても往復3000円程度。これならどうにかなる。


迎え盆まであと3日。ゆっくり旅でもしながら行けば、何か新しいネタがあるかも。

そう思った俺は意気揚々と出かけたのであった。


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