絵の具のひとたち

城黒 白助。

PATTERN.00 群青の貴方

ずんと体に重くのしかかるような暑さに、渋々と瞼を開ける。いつもの事だが、寝汗がひどい。しわしわになっているシーツの上を泳ぎながら、シャワーを浴びようと起き上がれば、横にいる彼女がよく分からない呻き声をあげた。

「ごめん、起こした?」

悪びれもせず問えば、彼女はゆっくりと首をふった。

「ずっと前に起きたけど、二度寝してたみたい」

彼女の動きに合わせて、栗色のウェーブがかった髪が無造作に散らばった。ふとスマートフォンを見ると、新着メッセージの報せが二件あった。

「シャワー浴びるんてしょう。一緒に浴びよましょうか」

確定の色を滲ませた台詞に、僕は無言の返事を送る。肯定と受け取ったのか、拒否権は受け付けないのか、彼女は振り向きもせずに脱衣所へ向かった。下着以外に脱ぐ物は無いのに、脱衣所と表現するのもなんだか不思議なものだと頭の隅で考えた。時刻はまだ朝の七時を回ったところだった。


シャワーを浴びて、ソファでスマートフォンをいじる彼女の横に腰掛ける。ぎしりとソファが鳴いた。彼女は少し焼けた、人より筋肉質な足をぷらぷらと踊らせている。僕が隣に来たのは気分が良いらしい。

「今は何人の彼氏がいるんだっけ」

氷の上を滑るように、なめらかに素早く画面上を走っていた彼女の細い指の動きが、一瞬止まる。人のちょっとした不幸を目撃してしまったような、むず痒い楽しさを感じる。

彼女の切れ長な目が、部屋をぐるりと一周する。おそらく、思案しているのだろう。

「今は五人、かな? 多分?」

「五人か、毎度のことながら大変だね、言い訳の連絡網。僕のところに来るの疲れないの」

なんて言いながら、彼女との関係が途切れるのは困るのが事実だ。恋人ではないから、余計な気は遣わないで済むし、面倒な事もない。お互いに期待していない、割り切った関係は、やりやすくて心地が良かった。適度に欲を満たせるのも魅力の一つだ。

「息抜きも必要でしょう? 貴方だって、ここで私が、じゃあもう辞めるわって言ったら、困るくせに」

くすくすと無邪気に笑う彼女が、いっそ悪魔のように思えてくる。何も知らずに彼女を愛し、大切にしている恋人たちは、画面の向こうで彼女の嘘を信じているのだろうか。はたまた、気付いてはいるが縋っているだけなのだろうか。どちらにせよ、憐れなものだ。

(こんな事を考える僕の方が、よほど悪魔だな)

彼女の複数人いる恋人たちに優越感を覚えているのもまた、事実だった。

「もちろん困るよ。でも、たまに気になるんだ。君にとって恋人ってなんなんだ? そんな数を相手にして、面倒じゃないの」

一通り連絡が終わったのか、スマートフォンを膝の上に乗せて、彼女はゆっくりと僕の方を見た。なにかに縛られたように、彼女の視線に捕らわれて、体が動かなくなった。それは、

「あのね? みんな簡単に嘘をつけるのよ。画面越しではみんな無表情で無感情なのに、愛してるだの好きだの言えるでしょう? 恋人だって同じよ」

SNSのアカウントをいくらか持ってるみたいな感じよ、と語る彼女があまりにも美しかったからだ。


「ねぇ、貴方って面倒な事が嫌いそう。息抜きの相手にぴったりかも。ねぇ、私のお友達にならない?」

彼女と初めて出会った時、挨拶もほどほどに彼女はそう言った。群青色の瞳に、吸い込まれるように「いいよ」と答えた。

何色にも染まらず、染められもしない。黒より自由で白より不確かで、灰より曖昧な彼女はーー群青。



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