04:美少女、転ぶ

 入学式や帰りのホームルームが終わり、放課後になった。

 ほとんど同時に隣の四組も放課後に突入したらしく、女子たちの声が開け放たれた扉を通して耳に飛び込んでくる。

 女子たちがあれほどまでに騒いでいる理由は、十中八九、風間くんにあるのだろう。


 休憩時間中、トイレまでの通り道である四組を廊下から覗いたとき、彼はハーレムを築き上げていた。

 風間くんはもちろん、新入生代表挨拶を行った青葉くんも大人気の様子だった。


 クラスメイトにも「四組になりたかった」と羨んでいる子がいた。

 美形が二人もいれば、そりゃあ目の保養になるよね。うん。


 でも、うちのクラスにだって、彼らに負けず劣らずの美少年がいる。


「じゃあさ、赤石くんの趣味って何?」

 遥か斜め前方――私の席は廊下側の後方、赤石くんの席は窓際の前方なので遠く離れている――から、甲高い女子の声がした。

 声の主は赤石くんの横に立つ橋本はしもとさんだ。

 イケメンの宿命とでもいうべきか、彼は橋本さんを始め、数人の女子から質問攻めにされていた。


「ゲームだけど」

 赤石くんは実に面倒くさそうな態度で答えた。

 信じていた彼女に三股をかけられた過去のトラウマ故か、彼は女子に冷たい。

 今朝、彼の笑顔を見ることができた私は非常にラッキーといえる。

 男子はともかく、女子に笑ってるところなんて、見たことないもんね。


「えっ、ゲームなんだ。意外。実はオタクだったりするのー?」

「だったら何。悪い?」

 揶揄するような口調で言われ、赤石くんは眼差しを鋭くした。


「ううん、そういうわけじゃ」

 睨まれた女子は怯んだけれど、橋本さんはここぞとばかりに身を乗り出し、赤石くんの机に両手をついた。


「私もゲーム得意なんだ。お兄ちゃんがゲーム好きでよく付き合わされたの」

「へえ。どんなゲームするの?」

 たいして興味もなさそうに、赤石くんが問う。


「『バーストクロック』とか。知ってる?」

 バーストクロックはアクションゲームだ。

 攻略難易度は高めなので、ゲーム初心者にはお勧めできない。


「ああ。家にソフトあるよ」

「本当!? じゃあ一緒に協力プレイしようよ!」

「えーずるーい! 私も赤石くんと遊びたーい!」

 女子たちが好き勝手に騒ぐ中、赤石くんは冷ややかな声音で言った。


「リザルト評価の平均は?」

「えっ。たまにBも取れるけど、Dのときもあるし……平均するとCくらいかな。なんで?」

「じゃあハードでS以上取れるようになったら誘って。おれ、足手まといは嫌いなんだ」


 うわあ、ハードでS以上って、無茶言うなあ。

 私は筆記用具やノートを鞄に詰め込みながら苦笑した。


 ゲームオタクの私なら可能だけど、多分その子たちには無理だよ?

 必死でコンボ練習するような気概もないだろうし。


「えー、そんなの無理だよー」

 冗談だと思ったらしく、橋本さんが笑う。

 赤石くんがうんざりしたようにため息をついた。

 もう解放してくれと顔に書いてあるにも関わらず、女子たちが彼から離れる気配はない。


 モテる人は大変ね。

 心の中で頑張れ、という声援を送ってから、私は鞄を片手に立ち上がった。


 教室のある三階廊下を歩いて階段を降り、昇降口へ。

 昇降口には数人の他に、江藤さんがいた。

 一足先に出て行った彼女に続き、私も靴を履き替えて外に出た。


 五メートルほど前方を江藤さんが歩いている。

 その周囲に生徒たちの姿はあるけれど、やはり教室と同様、彼女は一人だった。


 積極的に女子に話しかけていた私と違い、彼女は友達を作ろうとする意欲すら見せず、休憩時間はただ黙って本を広げ、自分の席にいた。


 江藤さんはこれから先、ずっと一人でいるつもりなのかな。

 他人事ながら心配になる。

 それとも、心配なんて余計なお世話かな?


 毅然と歩く彼女の姿を何の気なしに見ていた、そのとき。


 美少女は何の前触れもなく派手にすっ転んで、地面に顔面ダイブを決めた。


「!!??」

 まるでコントの一場面のような、見事な転倒。


 早すぎて何が起きたのかわからなかったけど、恐らくは地面の石に躓いたのだろう。


 江藤さんは潰れたカエルの如く、べちゃん、と地面に突っ伏した。

 身体の傍に手からすっぽ抜けた鞄が転がる。


「………………………………」

 周りの生徒たちも呆気に取られていた。

 ある生徒は口を丸くし、ある生徒は足を止め、ある生徒は硬直した。


 時間そのものが凍りつく。

 誰も何も言わない。誰も動かない。

 ただひたすらの静寂。


 ――って、呆けてる場合じゃない!


「大丈夫!?」

 私は急いで駆け寄り、屈んで声をかけた。


「え、ええ、大丈夫よ」

 江藤さんは地面に手をつき、大失態を恥じるようにあたふたと起き上がった。


「あ」

 やはり舗装されたコンクリートへの顔面ダイブは痛かったらしく、ちょっぴり涙目になっていた江藤さんの顔を見て、私は声をあげた。


 片方の鼻から血が垂れている。

 その声と感触で気づいたのだろう、江藤さんは顔色を変え、両手で鼻を押さえて俯いた。

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