02:もしかして?

 入学式が行われる翌日は晴天だった。

 私はうららかな春の日差しを浴びながら、新品の制服に身を包んだ生徒たちに混じって坂を上っていた。


 というのも、霧波高校は山の中腹にあるのだ。

 運動不足の引きこもりにこの坂はキツイ。


 散歩でもしよう。明日から。


 若干息を切らしつつも上り坂を制覇し、校門を通過すると、短い桜並木の向こう――校舎入口前に生徒たちが集まっていた。


 校舎の壁にクラス名簿が掲示されている。

 私は吸い寄せられるように近づき、名簿を見上げた。


 山科萌やましなもえ、山科萌……あった。三組か。

 数少ない友達の名前を探したけれど、みんなクラスが違う。


 三組で早急に新しい友人を作らねばならないと、私は密かに冷や汗など流しながら拳を握った。


 せっかく入学式に備えて髪を切り、眼鏡をコンタクトに変え、見た目を整えたのに、ぼっちになるのは嫌だ。


 ところで、ルビーは何組なんだろう。

 名簿を見上げたところで、私は彼女の本名も知らないし、探しようがないんだけど。


 私にはルビーのイメージ像がある。

 ルビーと関わるうちに作り上げた、勝手なイメージ像だ。


 リアルのルビーはルビーが使っているアバターそっくりの、髪が長くて背の高い、大和撫子風の美少女で――


 ふと、花も似た良い香りが鼻をくすぐった。


 反射的に視線を向ければ、クラスの確認を終えて立ち去った女子と入れ替わりに、一人の女子が私の傍に立った。


 彼女を見て、私は瞠目した。


 理想的なラインを描く柳眉。

 長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。


 シャギーの入った濡羽色の長い髪に白いリボンを結っている。

 滑らかな肌は白磁のよう。


 ――なんて綺麗な子。


 まさに私が思い描いていたルビーのイメージそのもの。

 ううん、イメージ以上に綺麗だ。


 彼女の放つオーラに魅せられ、呆然と突っ立っていると、彼女が視線に気づいてこちらを向いた。


 黒曜石のような瞳が怪訝そうに細められる。


「あ、じっと見てごめんなさい。私、山科萌っていいます。あなたの名前を聞いても良いですか」

「……江藤芹那えとうせりなだけど。なんで敬語なの。あなたも新入生なんでしょう」

「うん、そうなんだけど」

 私も敬語は必要ないかなと思ったけれど、江藤さんがあまりにも美しすぎて恐縮してしまったのだ。


「ルビー」

 不意打ちで口に出してみた。


「は?」

 江藤さんは眉根を寄せた。

 うん、これは外れだ。


「ううん、なんでもないの。変なこと言ってごめんね。私は三組だったんだけど、江藤さんは?」

「私も同じだったわ」

「わあ」

 これは凄い。七分の一の確率だ。


「私、中学で仲の良かった子とみんな離れちゃって、友達作り頑張らなきゃって思ってたところだったの。良かったら仲良くしてね」

 私は手を差し出し、とっておきの笑みを浮かべた。


 これから一年間は同じクラスで過ごす仲間なのだから、愛想でも「よろしく」と応じてもらえると思ったのに、江藤さんは微笑むどころか、顔をしかめた。


「私と仲良くするのはお勧めしないわ。悪いことは言わないから他の人を当たって」

 そう言って、江藤さんはさっさと立ち去った。


 ……馴れ馴れしかったかな。

 遠ざかる背中を見つめて、私は行き場を失くした手を引っ込めた。


 初対面で握手を求めるのはやり過ぎたか。

 でも、『私と仲良くするのはお勧めしない』ってどういうことなんだろう?


 不思議に思いつつ、その場を離れようとした私の耳に「わ、格好良い」という女子の呟きが聞こえた。


 首を捻って見れば、多くの生徒――ほとんどは女子だ――の目を一身に集め、桜並木を歩く美少年がいた。


 ノンフレームの眼鏡をかけた、中性的で端正な顔立ち。

 陽に透けた茶髪は艶やかで、そよそよと風になびいている。


 紺色を基調としたブレザーの制服は他の男子が着ているものと全く同じなのに、彼が纏うとまるで貴族の礼装だ。


 幻想的に舞う桜すら、彼の登場を演出する舞台装置のよう。


 彼はただそこにいるだけで、他の全てを圧倒していた。


 ひゃー……。

 私は目を何度も瞬いた。


 超絶美少女の次は超絶美少年のおでましだ。

 江藤さんと彼が並んで立ったら、それはそれは絵になるだろうな。

 口を半開きにしたまま呆けていると、美少年は掲示に近づき、私のすぐ傍で見上げた。


 ちょうどさっき、江藤さんが立っていた場所だ。


赤石あかいしくんだ」

 生徒たちの中から、そんな声が聞こえた。


 声の主は彼と同じ中学に通っていたんだろう。

 そうか、彼は赤石くんっていうんだ。


 赤石……赤い石……ん?


「ルビー?」


 なんとなく連想して呟いた途端、赤石くんがこちらを見た。

 軽く目を見張り、驚いたような顔をしている。


 え。

 ルビーは女性だったはず……いや、ネカマなんて珍しくもなんともない話だ。


 これは、もしかして?


 疑惑が確信に変わる前に、彼は真顔に戻り、昇降口へと向かった。


 私は逃がすまいと後を追いかけ、足早に歩きながら言った。


「すみません、突然ですが私の話を聞いて頂けませんか」

「お断りします」


 ぐっ、ガードが堅い!

 でも、私は負けじと食い下がった。


「いいえ聞いて頂かねば困ります。このままでは私の好奇心が疼いて収まらず、眠れなくなります」

「おれの知ったことじゃないです」

 私と目を合わせようともせず、赤石くんは歩く速度をあげた。

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