放課後はネットで待ち合わせ
星名柚花
01:ネットゲームの向こう側
高校入学を明日に控えた春休み。
私は自宅の二階にある自室でネットゲームをしていた。
ゲームタイトルは剣と魔法のMMORPG『黄昏のシャンテ』。
眼鏡越しに見るパソコンの中ではピンクの髪をツインテールにした私のアバター『アリス』が杖を振り、ときには味方にバフ(ステータス上昇効果)をかけたり、ときには回復したりと、休む暇もなく働いている。
パーティーメンバーは私を含めて四人。
一人は以前私と同じギルドに所属していた『ルビー』。
彼女は長い黒髪に紫色の目をした騎士だ。
残りの二人は『ルビー』を通じてフレンドになった『スノウ』と『紅葉』。
スノウは金髪碧眼の双剣使いで、紅葉は赤髪青眼の魔法使い。
スノウが男性、紅葉が女性。
もっとも、現実でも彼らがアバター通りの性別である保証なんてどこにもないけどね。
『布@5、みんなは?』
ルビーがパーティー用のチャットで尋ねてきた。
ちなみに『@』は『あと』という意味で使っている。
『布@5』は『布があと5枚必要です』ということだ。
『@3』
短い文章を打ち込む。
ルビーを回復していると、ルビーを攻撃していたうちの一匹のモンスターが狙いを変えて襲い掛かってきたため、HPゲージが少し減った。
すかさずルビーがヘイトを大幅に上げるスキルを放ち、モンスターがルビーの元へ戻って行く。
スノウがターゲットを切り替えてそのモンスターを集中攻撃し、倒した。
『仇は討ったぜ』
と、スノウ。
『ありがとう』
私はくすっと笑った。
彼らと一緒に遊ぶようになって二年近くが経つけれど、他のどんな人とパーティーを組むよりも楽しい。
私にとって、日常のストレスを発散できる場所がここだった。
『布@3』
『@2』
スノウと紅葉が言う。
ここで皆が言う布とは、イベントモンスターのドロップ品の一つ『青い布』。
青い布が集まれば収集クエスト終了、イベント完全クリアだ。
ただいま『黄昏のシャンテ』では春の特別イベント開催中。
獲得経験値やアイテムドロップ率が100%アップ、加えて期間限定クエストを全て達成すればアバターの帽子が手に入るということで、今年の春休みはほぼこのゲームをして過ごした。
心置きなくゲームに没頭できるように、高校の入学説明会のときに出された課題は全て済ませている。
ゲームをするのは自由だけど、成績を落としたらゲーム禁止という命令が下されているから、学業のほうも手が抜けない。
テストで赤点なんて取った日にはパソコンも家庭用ゲーム機も封印、スマホも使用制限を設けると母に通告されている。
スマホ禁止なんて考えるだけで恐ろしい。
多分、授業中も溢れたスタミナのことを気にしてしまう。
それくらい私はゲームを愛していた。
格闘系からアクション系、乙女ゲーム、なんでもござれだ。
『@1』
新たに
『いまので終わった』
『こっちも』
『私も』
『報告行こう』
『おk』
四人でイベント専用マップを出て、賑やかな街へ行き、広場にいる巨大ウサギをクリック。
ウサギの周りには数人のアバターが集まっていた。
私たちと同じくクエストクリアの報告に来ている人たちだろう。
ウサギとの会話を終え、インベントリを開いて確かめれば、新たなアイテムと限定アバターの帽子が入っていた。
可愛いウサギの耳がついた赤い帽子だ。
早速アバターに帽子を装着してみる。
『うん、可愛い。この帽子、色合い的にもアバターに似合うと思ってたんだよね』
ずれた黒縁眼鏡を左手で押し上げ、右手でカチカチとマウスを操作し、アバターの衣装を変更する。
この帽子に合わせるなら、いま着ている『マーメイドセット』よりも『ファンシーセット』のほうが合うな、うん。
ぴったりじゃないかと、私は悦に浸った。
『イベントも終わったし、そろそろ落ちるね』
と、紅葉が言った。
『え、もう落ちちゃうの』
紅葉はこの中で最もログイン率が低く、滅多に会えない。
パソコンの時計を確認する。
現在時刻は夜の九時過ぎ。
紅葉がログインしてまだ一時間しか経ってないのにな。
『俺も落ちるわ。風呂入らなきゃ』
スノウは一番のお喋りで、プライベートなことでも割とあっさり言う。
スノウと紅葉とルビーが現実でも友達で、私と同学年だということを教えてくれたのも彼だ。
『そっか、残念だけど了解。二人とも、またね』
『うん、またね』
『またなー』
手を振るモーションをした後、紅葉とスノウがパーティから脱退し、消えた。
『ルビーはまだ遊んでて大丈夫?』
『うん。あと三時間くらいは』
日付が変わるまで遊ぶつもりなんだ。
さすがルビー。
彼女は私と同じ重度のゲーマーで、私がログインすると大抵はいる。
三人の中で私との付き合いは彼女が最も長く、深かった。
『良かった。どうしようか? 手伝えそうなクエストある?』
『なら月光の森の収集クエ手伝ってもらおうかな。あの森はアクティブモンスターだらけで、一人じゃちょっと大変だから』
『ガーネットウルフ十体とペダラ八匹倒すやつ?』
画面の右側に表示されているクエスト一覧に、思い当たるクエストがあった。
『そう。それ』
『私も受注してる。ちょうどいいや、一緒にやろう』
『じゃあついてきて』
長い黒髪を翻し、ルビーが走り出す。
私は追尾機能を使ってルビーの後を追った。
あとは目的地に着くまで放置で良い。
月光の森へ向かって突き進む二人の姿を眺めながら、パソコンの傍らに置いたお茶を一口飲み、私はキーボードを叩いた。
『私、明日高校の入学式なんだ』
オンラインゲーム上で個人情報を明かすのはタブーだけど、ルビーになら言える。
悪い人じゃないってことはもう十分にわかってるしね。
『私もだよ』
『そうなんだ。緊張しない?』
『する』
『だよねー。友達できるかなあ』
『できるよ。アリスは良い人だから』
『またまた。会ったこともないのに良い人かどうかなんてわかるわけないじゃない。良い人と見せかけて、実はすっごい悪人かもよ?』
『そんなことないよ。私が失恋したって言ったときも、踊ってみたり、景色の良いところに連れて行ったりしてくれた。あれ、結構癒された』
一年ほど前、ほぼ毎日ログインしていたルビーがぱったり来なかった時期がある。
二週間ほどして復帰した彼女から『付き合っていた人に三股かけられた挙句に振られた』という話を聞いた私は我がことのように怒り、あの手この手でどうにかルビーを励まそうと頑張った。
『友達が落ち込んでたら励ますのは当たり前のことだよ』
私は照れ隠しにそう打った。
『顔も知らない友達だけどね』
『いまの時代、そういう友達も全然アリでしょう』
話しているうちに、月光の森に着いた。
デフォルメされた芋虫が地面を這い、蝶に似たモンスターが空を舞う中、二人は森の奥へと進んでいく。
『でもオフ会とかあったら行きたいかも。リアルのルビーに会ってみたい。明日から通うのが同じ高校だったら面白いよね。私は』
私は
どこの学校に通うのか、なんて、さすがにプライベートに踏み込み過ぎだよね。
警戒されて距離を置かれるのが一番嫌だ。
『さすがにそんな奇跡は起きないんじゃない?』
『可能性としてはゼロじゃないよ。入学式も同じなわけだし』
私は逡巡した後、思い切って打ち込んだ。
『高校の名前教えてもらったらダメ?』
一分ほど空白の時間が流れた。
ルビーからの返事はない。
怒らせただろうか。
『ごめん、マナー違反だったよね。本当にごめん、忘れて』
焦りながら文字を打っていたとき、ルビーからのメッセージが流れてきた。
『アリスが教えてくれるなら教えてもいいよ』
『本当!?』
私は嬉々として返信した。
『私は霧波高校に通うの』
再び、ルビーは沈黙した。
そして数十秒の後、帰って来た言葉は。
『私も同じ学校なんだけど』
「嘘おおおおおおおお!!??」
私は椅子を蹴っ飛ばし、勢い良く立ち上がった。
全国に『霧波』という高校は一つしかないんだから、間違えようがない。
階下から「どうしたの」と母が聞き、隣室で妹が「お姉ちゃんうるさい」と苦情を言ったけれど、耳に入ってこない。
ずるり、と顔から黒縁眼鏡がずり落ちる。
机に置いた両手がわなわなと震える。
この二年近く、毎日のようにオンラインゲームで一緒に遊んできたルビーが、明日から私と同じ学校に通う……!?
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