私は高身長女子

北森アヤ

第1話


 身長が170センチを越えたのは高校の時。

 これが男子だったら喜ぶだろうが、私の性別はなにを間違えたか女だ。


 そんな私は卑屈なものの考え方をするようになった。


 周りは「モデルみたいだね」と褒めてくれるが正直この言葉はとても便利でずるい言葉だと思う。

「可愛い」や「綺麗」という褒め言葉は一見して分かり、偽りづらい。

 しかし、この言葉は本当にモデルのようなのか、「モデルみたいに身長が高いね」という言葉なのか分からない。


「細いね」とも言われるが、この身長だからそう見えるだけで、実際はそこそこ太い。

 肩幅などこんなに要らない。

 身体を支えるためには仕方がないのだが、同じくらいかそれ以下の身長の男子と並べば女としての体質上どうしても脂肪があり太く見える。

 そして私の身長以下の男子は日本の同年代男子の半分近く居るだろう。


 結局のところ身長だけ高くても、スタイルと顔、特に顔の方が良くなくてはモデルになることはできないのだと自覚している。

 スタイルも顔も良くない私はただただ身長が高いだけの女でしかない。


 この身長で運動ができればよかったのだが、あいにくそんな才能はない。

 パレーボールやってた?という質問は聞き飽きた。

 運動は苦手だといえば、身長高いのにと言われる。

 この身長も、運動音痴も遺伝なんだから仕方がないではないか。


 だがまだ高校時代は良かった。

 私達には制服があった。

 指定だからそれを着ていればよかったのだ。

 髪型も長ければ結ばなくてはいけないし、色も染めてはダメ。

 身長に合ったオシャレということをあまり考えずに済んだ。


 大学生になった今、そんなことは言ってられなくなった。

 当たり前だが私服登校に、化粧、ヘアメイクも考えなくてはいけない。


 そんな私の身長は173センチになっていた。

 未だ伸び続ける身長。

 そろそろ止まって頂きたい。


 ハイヒールが履きたい。

 普通にヒールの高い靴が好きなのもあるが、足を綺麗に見せたいのだ。

「足が長いね」と言われるが当たり前だ。私は他の子よりも10センチも20センチも高いのだから。

 これで同じ長さだったらマズイ。

 問題は体の比率と足の細さだ。

 体型をカバーしようと思って何が悪い。

 多くの男性を見下ろして何が悪い。

 だからほとんどの持っている靴はヒールが3センチ以上のものだ。

 ただハイヒールはあまり持っていない辺り、どれだけ言い訳を心の中でしていても気にしている証拠であり、小心者の証だ。

 笑ってしまう。


 髪もショートは男っぽく見えるからロングにする。

 長い髪にはすぐ痛むので、時間をかけて手入れする。

 髪を乾かす時が一番憂鬱だがショートにする勇気が出ない。

 これまた小心者だ。


 ヒールを履き、曲がってしまいそうになる背筋を伸ばし、姿勢を正しながら歩けば注目を浴びる。

 背が曲がっていても変に思われるので厄介この上ない。

 いったい私にどうしろと言うのだ。


 そんな私に何かと話し掛けてくる同じサークルの男の人がいる。

 普通なら何かに発展しそうだが、私の場合はない。


 男の人は身長175センチほどだろう。

 私がヒールを履けば見下ろすし、珍しくローヒールを履けば少し見上げる程度。

 こんな私を隣に置きたくはないだろう。


 ただ、目線が近い分、女子の友達よりは話しやすいかもしれない。

 いいお友達くらいにはなりたいものだ。


 あと10センチ低かったならもう少し違う感情も抱けたかもしれない。


 そんな叶わぬ夢に想いを馳せる。


「そういえば、凛ちゃんって身長高いのにヒール履くんだね?」


 この前、友達に言われたことを思い出す。

 小さくて可愛い女の子に言われた言葉だ。


「うん。へん? デカすぎ?」

「ううん。そういうとこ好き。」


 ありがとうと笑って言ったが、私はこんな自分が嫌いだ。

 自分をよく見せることに必死になっている自分が嫌いだ。


 私もこの子のように小さくて可愛かったならと心の何処かで妬んている。

 そんな自分が心底嫌だ。


 こんな私に相変わらず彼は話しかけてくる。

 連絡をしてくる。


 話は弾むので話していて苦にはならない。

 寧ろ楽しいのでありがたい。

 趣味が合ったのが大きいのかもしれないと思う。

 いいお友達認定くらいはされたかな?

 サークル終わりの帰り道、一緒にご飯行くくらいには仲良くなったので望みはあるだろう。

 まあ、断る必要も無いから行くだけだけど。


 ある日たまたま私がローヒールを履いて学校に行った。

 金曜なので明日明後日の休日に向けて気合が抜け始めたのだ。

 その日に友達がハイヒールを履いてきた。

 まだ私の方が少し高いが、目線はかなり近くなっていて不思議な感覚ではあった、だからといって人との話やすさが変わるわけではなかったのだが。


 何かが胸に突っかかるような感覚がしたが、知らないふりをした。


 その日の帰り道、サークルは無かったが彼と会った。

 今日は私が見上げる珍しい日だ。


「今日はいつもと違う靴だね。」

「そう。 気分がこっちだった。」

「ふーん? 俺、コッチもいいけど、いつものみたいに高いのもいいと思う。」

「そう? 次会う時はどっち履いてるか分からないけどね。」

「じゃあ明日映画に行こう。」

「じゃあ??」


 その流れは予想してなかったな。

 できないよな。


「バイトとか大丈夫?」

「順番逆じゃない?」

「ごめん、先走った。」

「よろしい。」

「で、行く?行かない?」

「バイトはないけど、観る映画によりけり。」

「今やってるアニメの映画の……」

「はい行きますー! 一緒に行ってくれる人居なくて初お一人様映画しようとしてたとこです!」

「釣れた。」

「釣られた。」

「靴どっちかな。」

「気分次第かな。」


 こういうのは仲間と見たほうがいいよね、うん。

 断じで映画一人で観に行く勇気がなかったとかではない。


「じゃあ明日の12:00に映画館で。」

「了解です!」


 そう言って別れた後に、別に話やすさ変わらなかったなと思ったのは胸の奥にしまい込んだ。


 これはデートではない。

 同じ趣味の仲間と映画に行くだけである。

 断じてデートではない。

 その日の夜、そう呟きながら部屋一面に広げられた服の山を見る。

 これは楽しみにしていた映画が観られるのでテンションが上がっただけに違いない。


 やっとのことで決まった服をハンガーに掛け小物を机に出しておく。


 問題は靴である。


『いつものように少しヒールのあるもので行く? でも横で並んで歩くのに私が高いって変じゃない? いつもののも良いって言ってたけど、お世話だと思うけど! 次会う時はどっちでしょう?みたいな会話してしまったから考えてるだけだから!』


 ぐるぐる回る思考の中で靴入れから取り出したのは数少ないハイヒールだった。


『中間取っていこう!』


 思考が壊れていることに気づく頭はもう無かった。


 謎の緊張がある。

 待ち合わせには大体ぴったりに着いたが、彼が先に着いていた。

 結構紳士らしい。


 近くに寄れば自分の高さが明らかになる。

 間違えたかなと今更になって後悔したがもう遅い。


「お待たせ。早いね。」

「ちょっと勝っただけ。」

「負けたかー。」

「今日はいつもより高い靴だな。中間取られた。」

「そう、中間取った。」

「いいね。」

「ありがとう。」


 なぜか思考が合致してしまった。

 軽く見上げながら言われた褒め言葉は心底そう思っていると言わんばかりの笑顔だった。

 それが嬉しくて。


「そういや、ご飯食べた?」

「食べてない。」

「じゃあ何か食べてから行こう。」

「時間は?」

「まだ大丈夫。」

「なんと仕事が早い。」


 映画の時間を確認しておいてくれたのだろう。

 ナイス気遣い。


 軽くご飯を食べながら他愛のない話が続く。

 いつもと同じ。

 先程の緊張もほぐれ、代わりにもやもやしたものが胸の中に現れる。


『いつもと同じじゃん。』


 友達と遊びに来てるだけだ。

 もう大学生なのだ、いい歳してソワソワしてた自分が恥ずかしい。


 飲食店を出て映画館に行くとチケットは既に買ってあるという。

 イケメンかよ。


「お金払うね。」

「受け取りませんー。」

「受け取って下さいー。」

「いや、何でだよ。」

「さすがに悪いじゃん?」

「カッコつけさせてー?」

「えーじゃあここはお言葉に甘えて、ありがとう。今度何か奢るわ。」

「そーしよう!」


 妥協って大事だよね。


 あ、映画はどうだったかって?

 いやー良かったです。

 もう一回原作見ます。


 帰り道、駅まで送ってもらった。

 その間ずっと映画の話をし続けたが尽きない。


「原作持ってる?」

「もちろん!」

「まじかー俺も読みたい。」

「貸しましょうか? 読んでください是非!!」

「マジありがたい神様ありがとう……!」

「原作持ってなかったんだ?」

「そう。アニメしか観てなかった。」

「ほう。」

「原作欲しい。」

「買いな。」

「今月のバイト代入ったら買うけど、それまで待てない。」

「さすがかよ、喜んでお貸しします。」

「神かよ。」

「知ってる。」

「じゃあ、今から取りに行っていい?」

「ん??」

「学校持ってくるの重いし大変かなと。家には入らないし、嫌なら別に断ってくれていいし。」


 家を知られるのかー。

 別に嫌ではないけど、それでいいのか?女子大生としての危機感は?

 でも結構な量あるんだよな。

 数秒考え、答えを出した。


「んーいいよ。」

「いいの?」

「自分で言ったんじゃん。」

「女子大生としての危機感は?」

「まあ大丈夫でしょ。」

「そう。」


 一緒に電車に乗って家にまで着た。

 アパートを見た彼は眉をひそめた。


「……一人暮らし?」

「そう。」

「危機感は?」

「大丈夫だと思った。」

「そう……」


 何か言いただがアパートの前に置き去りにして貸すものを取りに帰る。


「はい。これ全巻だから頑張って持って帰ってね。」

「結構あるな。」

「マジいいから。」

「知ってる。」


 そんな会話をしながら最寄駅まで送る。

 駅に着いて今度感想聞かせてと言えば、語るから覚悟しといてと返ってきた。


「それとさ、もう少し危機感を持とう。」

「人は選んでる。」

「俺選ばれた?」

「選ばれた。大丈夫な人。喜んで。」

「……もう少し意識してもいいんやで?」

「ん?」


 今なんて??


「もう少し意識して下さいお願いします!!」

「え、ムリ。」

「え……」


 そんな悲しそうな顔しないで。

 誰だよ君。

 そんな顔初めて見たよ。


「だって……敵チガウ。」

「そう、敵チガウ。」


 怖くない怖くないと私をなだめ始める。

 私は野良猫か何かかな?


「敵とか、味方とかじゃなくて、分かって!!」

「分からない!!」

「っ……!」


 目線が近くて話しやすいとか、同じ趣味だから話しやすいとか、高い身長を気にしないで接してくれるから良い友達とかしか分からない。

 自分が傷つかないようにそれ以上考えないように、わざとそうしてきたのだ。

 それ以上聞かないで欲しい。


 だから私は分からないと言う。

 それを聞いた彼が少し怯んだが立て直し、私の腕を掴み自分の元に勢いよく引き寄せる。

 突然のことに転びそうになる私を支え、抱きしめた。

 思わず固まってしまった私の身も元で彼が意を決したように話す。


「さすがに気づいただろうけど、俺、お前が好きだ。」

「……順番逆じゃない?」

「それはごめん、また先走った。」


 また、とは映画のお誘いの時のことだろう。

 ワンクッションすっ飛ばす。


「クソ……かっこ悪いとこ2回も見せた。」

「……緊張してたの?」

「……めちゃくちゃした。」

「そっか。」

「今日とか、ちゃんと……」

「ちゃんと?」

「ちゃんと服とか褒めるつもりだったけどできなかった……」

「いいねって言ってくれたじゃん。」

「靴だけじゃん。」

「十二分。」


 そう、私にとってハイヒールを認めてくれるのはとても嬉しいことなのだ。


「あの、そろそろ離してくれないかなー?」

「あ、ごめん!」


 慌てて離してくれる。

 無人駅なのが幸いして周りに人は居なかったが、誰かに見られたらと思うと恥ずかしい。


「返事はまた今度で……」

「私!こんなデカイ女だよ!」


 彼が言い終わるまでに言葉を発する。


「気にしないし、むしろカッコいいし。綺麗だ。」


 そのハッキリとした返答にたじろぐ。

 それでも私は止まらなかった。


「今日みたいにヒールの高いの履いて、身長抜かすよ?」

「似合ってるからいいんじゃない?」

「こんな人によく見られようと必死に髪とか服とか化粧とか……」

「よく見られるようにするのは普通でしょ。 」

「こんな自己嫌悪の塊みたいなやつ……」

「それでも俺は好きだ!!」


 びっくりして我に帰る。

 私今、めちゃくちゃ卑屈なことに言っていなかったか??


「私今、めちゃくちゃ愚痴った気がする……」

「いつだって、何だって聞くけど?」


 真っ直ぐ見つめられた目にやっと納得した。

 私は前からこの人が好きだったのだ、と。


 話やすいのも、話していて楽しいのも、昨日ソワソワしたり、今日いつもと同じようで少しガッカリしたのも、全部私がこの人を好きだったからなのだと。

 本当は知ってたけど気付かないフリをした。

 こんなの横に置きたくないと言われるのが心底怖かった。

 気づいたら顔が赤くなった。

 それを隠すように下を向く。


 しかし一度認めてしまったこの思いはもう止められなかった。


「……私も、好き、だと、思う。」

「だと思う?」

「だって、自覚したの、今だから。」


 途切れ途切れの返事をする。

 俯いているので、長い髪が顔にかかり反射的に耳に掛け、顔が見えてしまうと気づき髪を下ろすということを繰り返す。


「……いつもカッコよく綺麗にしてるのに、今のそれずるくない?」

「え?」

「……可愛いすぎじゃない?」

「っ……!」


 その言葉に両手で顔を覆った。


 その様子を見て彼が抱きしめようと伸ばした手をが、外だと気付き引っ込め行き場の失った手で頭を抱える。


「あーもっとデート重ねてからカッコよく言うつもりだったのにー!誰かさんの危機感が何処かに行ってしまってるから焦ってこんなことに!!」

「危機感はあるよ!」

「何処にー!?」

「ここに!大丈夫だと思ったって言った!あんたなら家知られても良いって思ったの!!」

「はー?だからそういう可愛いこと、可愛い顔していうの反則じゃね??」

「知るかバカ! アホ! 早く帰れば?!」

「この状況で帰れないし帰せないんですけどー? とりあえず晩御飯食べに行こうか?

 !」

「良いよ!」


 お互いヤケクソだ。

 近くのレストランに行こうという話になりその頃には冷静さを取り戻す。


 正直消えたい。

 向こうもそう思ってるらしく、片手で顔を覆っている。


「あの、これからよろしくお願いいたします?」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします?」


 お互いに頭を下げる。

 そのお貸しな光景に思わずお互いに吹き出す。


 ああ、この人となら楽しそうだな。

 そんなことを思いながらレストランに向かった。


 そんな2人が手を繋いで歩くようになるのはもう少し後の話である。

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私は高身長女子 北森アヤ @kitamoriaya

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