2 どんな光も影をつくるように

「うぅ……」

 苦悶くもんの表情を浮かべた。

 まぶたを開くと木の壁が目に入った。

 少し上を向くと窓が見える。そこから明るい陽光がんでいた。

 チュン、チュン……と小鳥のさえずりが聞こえる。

 どこかの小屋のようだ。

 カミトは身をよじってみたが動けなかった。どうやら手脚てあしを縛られているらしい。

(どういうことだ。これは……。 グレイワースの婆さんの仕業か?)

 昨日はクレアと些細ささいなことで喧嘩けんかしてしまった。

 部屋を追い出されてしかたなく街をぶらぶらしていたわけなんだが、そこでばったりとグレイワースと出会った。

「学院長が真っ昼間から油売ってて良いのかよ」と質問してみたところ、「ああ。フレイヤに全て任せて来た」などとぬかしていた。いいのかそれで――

 それから、どんな風の吹き回しか、こんなことを言い出した。

「ところでおまえ、食事なんかどうだ? 特別に私がおごってやろう」

「どうしたんだ急に? 今日はずいぶんと気前がいいな?」

「フッ、たまには弟子の労をねぎらってやらなければと思ってな」

「やっとおれの苦労が分かったか、グレイワース。日々あんたの無茶むちゃに応えてるんだ、今日はとことん奢ってもらうからな」

(どうせ、食事にかこつけて何かを相談してくる気だろうがな……)

 ちなみに、いつもかたわらにいるエストだが、このときはいなかった。ラッカとレイシアを筆頭に、風王騎士団シルフィードのメンバーが連れて行ってしまったのだ。餌付えづけか、着せ替えか――?

 レスティアもレスティアで、気ままな性格の彼女はいつの間にかいなくなっていた。

 その後、クレアと喧嘩をして、こうして街に繰り出して魔女の前にいるわけだ。

「目の前に美人がいるというのに、浮かない顔だな」

「ぬかせ」

「他の女のことでも考えていたか?」

「……ッ!?」

「分かるさ、おまえと何年共にいると思っている」

 この発言には驚かされた。流石さすがは魔女だ。

 グレイワースの選んだ店は意外と高級店だった。

 運ばれてくる品は普段口にすることができないようなものばかりだった。

(これは……かなり面倒な仕事だろうな)

 だが、グレイワースはこちらを見つめたままで、何かを相談してくるような素振りは見せなかった。

(食後に話すつもりなのか? 仕事を受けないのならば食事の代金を払えとか言い出しそうだ)

 カミトは警戒しながら食事を摂った。

 ――しかし、記憶に残っているのはここまでだ。

 食事のさなか、急に睡魔に襲われたかと思うと、気付けば日付が変わっていた。

(眠り薬でも盛られたか? それとも飲み過ぎたのだろうか?)

 アルコールは摂っていないつもりだったが、ジュースだと思って飲んでいたものが実はお酒だったという可能性もある。

 食事の前に桃色の飲み物が運ばれて来たが、あれが実はお酒だったのかもしれない。ああいったところでは、食前酒なるものが出てくると聞いたことがある。飲みやすかったため、お酒ではないと思っていたのだが……

 高級料理店などには縁がなく、お酒も積極的に楽しむことのないカミトには判断がつかなかった。

(食事中に寝てしまったとなれば、後でグレイワースにどやされるだろうな……)

 もしくはこの有り様が、魔女の逆鱗にふれた結果だろうか。

 ロープを引っ張ってみたが千切れそうにはなかった。精霊魔術で短剣を作ったとしても、ロープに力をかけられないような結び方になっているため、切り込みを入れるのは難しそうだった。

 カミトはため息をつくと小屋の天井を眺めた。

(エストかレスティアがいればこんなロープ、なんてことないんだが……)

 誰にも添い寝されていない状態で目を覚ましたのは久しぶりだった。

 たいてい朝は騒がしい。

(拘束された状態で朝を迎えることもそうそうないけどな――)

 そのときだった――


 ドオオオオオオンッ――――という轟音ごうおん耳朶じだを打った。

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