ノスタルジックスノーマン
千ヶ谷結城
prologue《「会える」と言うあなた。「ごめん」という嘘。》
バス停の看板に積もった雪がどさりと落ちた。私がここに来てから既に30分が経過していた。バスはまだ来ない。
何度も何度も手に息を吹きかけるが、外気で冷やされた手は温もりを受け付けなかった。手袋をしなかった自分を憎んだ。
冷えた手で私はスマートフォンに触れた。
昨日、彼からメッセージが届いた。
『明日そっち行くから』
急に決められたことだったが、私は舞い上がった。長期休み以外は彼に会えなかったからだ。この短い休みに会いに来てくれるとは、想像もしていなかった。
『バス停まで迎えに行くね!』
私はテンションが上がったまま返信した。
しかし、そこでメッセージは途切れている。彼の既読もない。
未読のまま9時間が経っている。彼の身に何かあったのだろうかと心配するばかりである。
ただただ既読になることを願っている。彼からの返信がなくても、既読になってさえくれれば、それでいい。
ピリリリッ!
私のスマートフォンが煌いた。画面を見つめると、そこには彼の名前があった。返信をくれたようだ。
急いで私は確認する。寒さで震える手を液晶に触れさせる。
『ごめんやっぱり無理』
彼のその言葉を見た途端、目が潤んだ。
彼の既読を待ち続けて9時間、彼の乗ったバスを待ち続けて30分。私はいつになったら、何時間待てば、彼に会えるのだろう。
目いっぱいに溜まった涙が、頬を伝った。顎から落ちて、ジーンズに染みを作った。
彼にはもう一生会えないような気がした。まるで、私か彼が永遠の眠りについたかのよう。
私が次々と溢れ来る涙と嗚咽をわざと抑えずに、スマートフォンをタップした。
『気にしなくていいよ!また来れるとき言ってね』
今の気持ちを悟られないように、たった一行を工夫して返信した。
ぽたぽたといくつかの涙が液晶に触れた。歪んだ『いいよ』という文字が、更に私の感情を奮わせた。
「なんにも、よくないよ……」
嗚咽交じりの震えた声で呟いた。自分を励ます為ではない。彼を脳内から消す為だった。
スマートフォンを膝に置き、顔を冷えた手で覆った。視界を暗くすることで気持ちが和らぐ気がした。
私のすすり泣く音以外、何もなかった。雪が落ちる音も、車が通る音も、スマートフォンの通知の音も。
私はただ自分が作った暗闇に籠もり、脳内から彼が消えることだけを待った。
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