音人
秋穂碧
第1話 始まり
「もう、朝か…」
この日はめずらしく枕元の目覚まし時計が鳴るより早く、目が覚めた。
ふと、勉強机に置いた卓上カレンダーに目を向ける。4月8日、今日から俺、
ベッドからゆっくりと体を起こし、まだ少し
眠い目をこすりながらリビングへ行くと、もう家族全員が揃っていた。
「おはよう、快都」
キッチンから笑顔の母が出てきて、食卓に手際よく朝食の皿を並べていく。父は難しい顔で新聞を読みながら、時折、コーヒーを啜っている。
いつもと同じ朝の光景だ。
「遅いよ、兄ちゃん!」
「いや、今日は“早い方”だろ」
6歳下で小学生の弟・
「ごちそうさま」
すぐに食べ終え、身支度を整えて真新しい制服に袖を通すと、なんとなく気が引き締まった。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。
母がドアを開けると、幼馴染みの
「あら、昂ちゃんおはよう!似合うわねえ、制服」
「おはようございます」
「高校でも快都のこと、よろしくね。昂ちゃんが一緒で心強いわ」
快活に笑う母と少し照れくさそうな昂。昂とは幼稚園の頃からずっと一緒で、母親同士はもちろんのこと、家族ぐるみで仲が良い。
「じゃあ、お母さんも後で行くからね」
「うん、行ってきます」
高校までは電車で2駅。そこから。ひたすら長い坂道を登った丘の上に俺たちの高校があった。
「これから、毎日3年間もこの坂道を登るとか、地獄だよな」
「朝からしんどいよね」
昂と口々に言い合いながらも、俺たちはこれから始まる新たな生活にそれぞれ胸を高鳴らせていた。
俺がギターを始めたのは小学5年生の頃だった。当時、高校生だった兄貴がバンドを組んで学祭に出ていたので、ギターが家にあった。兄貴は俺がギターに触るとものすごく怒るので、留守のときにこっそりギターを借りては、徒歩3分の祖父宅で見様見真似で弾いていたら、見かねたじいちゃんがその年の誕生日にギターをプレゼントしてくれた。ものすごく嬉しかった俺は、その日から寝る間も惜しんで練習した。
いつの間にかギターを弾くことをやめた兄貴を尻目に、俺はどんどんギターにのめり込んでいった。
そのうちに、父親の影響で3歳からドラムを叩いてきた昂と、昂の家のガレージでセッションをするようになった。オリジナル曲も持っていないし、ボーカルもベースもいなかったので、演奏を披露する場所はなかった。
だからこそ、高校に入ったら軽音楽部に入ると決めていたのだ。
高校のHPも確認して、軽音楽部のある高校に入学した。
なのに、だ。
「軽音楽部がない!?」
俺の悲痛な叫びが職員室中にこだました。
「そうだ」
「えっ、だって、HPにもちゃんと軽音楽部って書かれて…」
「そのページ、更新日が2年前だろ?」
よく見てみると、確かにページの右下に小さく2年前の日付が書かれていた。
「嘘だろ…」
俺は思わず、その場にしゃがみ込んでしまった。
心配そうに見守る昂と、何とか立ち上がった俺は失意のまま職員室を後にした。
1年生の教室は4階にある。真ん中の中庭を囲むように、ぐるりと教室が並んでいた。俺たちのクラスは4組。幸いにも、昂と同じクラスだった。
翌日、昼休みに校内探検をしていた俺たちは、4階から上に続く階段を見つけた。
好奇心で登ってみた先に、頑丈そうな扉があった。
「なあ、これって屋上に出れたりすんのかな?」
「さすがに、鍵とか締まってるんじゃない?危ないし」
「だよな」
笑いながらドアノブに手をかけた俺は、そのまま開いた扉の先に一歩踏み出してしまった。
「はっ?えっ?開いてんだけど??」
混乱したまま、屋上に足を踏み入れる。思ったより広いな…と思いながら、屋上を歩いていると、ダンボールに囲まれた一角が目に入った。
「何だ、あれ?」
そう思って目を凝らした瞬間、そのダンボールが動いた。気がした。
「ちょ、昂!動いたんだけど!!」
「えー?動くわけないでしょ、ダンボールがさ」
半信半疑の昂。俺だって、信じたくない。
でも、確かに動いたんだって。
もう一度、目を凝らす。やっぱり、動いてる。
「やばいって、これ」
「先生に言ってくるか。誰か、こっそり猫でも飼ってるのかもしれないし」
「そうだな」
俺たちは慌てて職員室に行った。
「そりゃ、“主”だな」
「ぬし?」
「お前ら、1年生は知らないよな」
もったいぶった調子でいう担任。
「屋上を居場所にしてる3年生がいるんだよ。まあ、厳密には3年じゃないんだけどな」
「何すか、それ?」
「俺の口からは、ちょっとな。まあ、本人に聞いてみろよ。あいつなら、軽音楽部のことも詳しいんじゃないか?」
まったくわけがわからない。3年だけど、3年じゃないって何者だ?
でも、軽音楽部について知ってることに違いはないらしい。
俺たちは混乱したままの頭で、再び、屋上へと向かった。
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