夜は永き 乙女は大闊歩

二十八

第1話 乙女 歩き出す

道行くお嬢さんは今日も一人、ハイカラな矢絣の着物に袴を履いて、チャームポイントの大きなリボンを揺らして夜の街を闊歩する


『ヤァ オジョウサン ヨイツキヨデスネ』


カタカタと口蓋を震わせながら喋る、一見 陶器と見間違うほどすべすべとした不思議な白さを持つ骸骨紳士は頭に乗せたたシルクハットを手に取り胸に当て、優雅に礼をする

生前はさぞや 育ちの良い紳士だっただろうな


『コレヲ オヒトツ イカガカナ?』


手にした革のバックから取り出したるは、香ばしく 微かに甘い匂いの漂う小包


『あら ありがとう紳士さん』


『ヨロコンデイタダケタナラ 光栄デス』


小包の中身は最近通りに出来た ろくろ首の姐さんが営む 外つ国の甘味を扱う大人気店【長く美の浪漫】が人気商品 犬神もぞっこんだという骨くっきーだった!


『本当にありがとう』


きちんと礼をすることは淑女への第一歩

深々と頭を下げ、骸骨紳士が通りの雑踏に紛れて姿が見えなくなるまで見送り また歩き出す。夜はまだ長い


『ニャンでぃ お嬢ちゃん!ちぃとばかり見てかニャイか?』


どこから声がしたの?と周りをきょろきょろと見渡せば ここだ ここにゃ!と必死に声を上げる二股の三毛猫が飛び跳ねていた


『あら ごめんなさい。気が付かなかったわ。

こんなに小さく 可愛らしいもの』


三毛猫はこっちだこっちだと、建物と建物の隙間にある小さなテントに案内する


『ここはにゃんでも揃うのにゃ!』


『なんでも?』


そう言えば 家の爺やかお母様が言っていた気がする。化け猫のお店には入っては駄目と


けれど駄目と言われたら入ってみたくなるのも淑女のさが!お年頃なのよ 私


お母様、爺や ごめんなさい

なんて呟きながら誘われるまま露店に足を踏み入れる


『まぁ...!!なんて美しいの!!』


目を惹くのは様々な美しい石の飾りがついた簪や、櫛、無骨な剣でさえも輝きを放っている


『お嬢さんお目が高い!


これは天の川から汲み取った星の欠片でできた それにゃうつくし〜い簪にゃ


これは海の欠片を磨いて作った首飾り

どうにゃ?耳をすませてご覧!海のさざめきが聞こえるにゃろ?


はたまたこっちは 数々の戦を無傷で渡り歩いたという歴戦の剣を加工して作った簪にゃ

安全祈願にどうにゃ!』


星の欠片で出来た簪は美しく宵闇色で、光に翳すときらきらと優しげな輝きを放つ。それはさながら夜空に浮かぶ星のようで


海の欠片の首飾りはなんとも言えない、様々な蒼を重ねて作ったよう。どの角度から見ても、光に翳しても、全て別の青色に見える

そっと耳を当ててみれば 子守唄のような海の波音が耳をくすぐる


『猫さん。この首飾りを耳飾りに変えてもらうことは?』


『もちろんにゃ!』


『なら これを貰おうかしら』


『まいどにゃり!』


あぁ、本当にお母様ごめんなさい

この前は無断で耳に穴を開けてしまったし、猫のお店にも入るなと言わたのに入ってしまった。私はなんて親不孝なのだろう?


変えてもらった耳飾りを早速耳につけ、さようなら猫さんと店を出る

耳に飾られた石が丁度いい塩梅に重い

歩けば 時折優しい波の音が耳を撫でる

ふと、振り向けばもうあのお店も猫さんもいなかったけど また会えるのかしら?


『あっお嬢!! いいもんつけてやすね!』


『あら 小次郎』


小次郎は九尾の狐だ

化けるのがとても下手だから、変に人の顔にお髭が生えてるよ


『いつ帰ってきてたの?』


『ヘイ 昨日の夕方でやんす』


強くなりたい だから旅をしよう

その一心で全国各地を渡り歩く小次郎は、剣術はめきめきと上達したらしいのだけれど 誰か彼に化け学を教えてくださらないのかしら


『お嬢には 拾ってもらった恩がありやすから.... お土産でござんす!』


彼が子狐の頃、母狐を殺され もう死ぬしかないと街の灯りの下で震えているところを犬と間違えて拾って帰ってしまったのが縁の始まり。今思うと 随分と立派になったものだ


『どこだったか、街の女将さんに女の子が喜ぶもんはないか、と聞いたらこれがいいと教えてくださったんだす!』


...嬉しいのは山々だけど、小次郎の語尾もなんとかならないかしら?


『ありがとう』


小次郎が背中の背嚢の底から慎重に取り出した大きな箱

道の端に寄りベンチに腰掛けてから、その箱を開けてみる


『どすどす?かわいいでやしょう?』


『本当にかわいらしいわ…!』


沢山のちり紙のクッションから出てきたのは、革の編上げブーツ!シックな暗めの赤いリボンがひとつついていて、それがまた大人、な感じがして凄く心がときめく


早速 今はいている草履を脱ぐと それに履き替え くるりと回ってみせる


『どうかしら?...小次郎?』


『うっ...うっ...』


『...どうして泣いてるの?』


『お嬢が、なんちゅう可愛らしくて、どこのご令嬢かと見間違うほど綺麗で...感激でやん』


顔を覗き込むと本当に小次郎は泣いていた

鞄からはんかちを取り出し 小次郎の涙を拭ってやったらまた泣き出した

呆れるやら嬉しいやらで 戸惑いが大きいけれど 嬉しいのには間違いない


夜は またまだふけていく

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夜は永き 乙女は大闊歩 二十八 @donbengaesi

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