乱獲

知多山ちいた

第1話

 今日も無数の宇宙船が空を覆い尽くしていた。

 銀色の物体は雲のようにゆっくりと上空を漂っていたが、そのうちの一つが地上へ急降下した。

「見つかったか」

 僕は脇に置いてあったロケットランチャーを手にすると、急いで降下した宇宙船の方角へ向かった。

 危険な目に遭っても構わない、ひとりでも多くの人を救いたい。僕の頭にはそれしかなかった。

 宇宙船が降下した付近にたどり着くと、金髪の男が逃げ惑っていた。追いかけているのは、人の形をした半透明の薄い緑色の物体――宇宙人だった。人の形をしてはいたものの、頭部だけが肥大していた。目や耳、口のようなものが見られたが人間のそれとは似ても似つかず、頭部の中に漂っていた。

 宇宙人は銃のようなものを取り出し、金髪の男に向けた。僕は咄嗟にロケット弾を宇宙人に向けて発射した。

 命中し、宇宙人は消え去った。緑色の液体があちらこちらに飛び散っている。この液体がまた一箇所に集まって元の姿に戻るんじゃないかという恐怖を抱えつつも、僕は金髪の男の方に目を向けた。彼の股間のあたりは濡れていて、怯えきった様子でこちらを見ている。

「おい、大丈夫か」

「ひぃ……」

「落ち着け。もう大丈夫だ」

「仲間が……いるんだ! 仲間も助けてくれ!」

 ようやく言葉を発した金髪の男は、必死になって仲間の救出を訴えた。

「どっちに逃げたんだ、お前の仲間は」

 僕はロケットランチャーを片手に、金髪の男が指さした方向へ駆け出した。

「お~い、待ってくれよ~」

 置き去りにされるのが嫌だったのか、金髪の男も立ち上がって付いてくる。

 真上に宇宙船が現れて発見されてしまえば、仲間を助けるどころか、僕たちが危険な目に遭う。しかし二人ともそんなことは気にもかけず走り続けた。

 駅前の広場に辿り着いた。そこには半径10メートルほどの球形をした宇宙船が、木や看板を薙ぎ倒して着陸していた。一人の人間が宇宙人につかまれながら宇宙船の方向へ向かっている。

「ヒロトだ!」

 金髪の男が宇宙船の方向へ向かっていこうとするのを僕は制した。

「馬鹿野郎! お前も捕まりたいのか」金髪の男の腕をつかんで僕は言った。「あの宇宙船の中には武器を持った宇宙人がうようよいるんだぞ。そんなところへ飛び込むなんて自殺行為だ」

「でもよぅ……」

 金髪の男は不満を口にしたものの、すんなりと納得した。宇宙人に対しては全く歯がたたないわけではなかった。こちらが数で勝っていて、それなりの武器を持っていれば十分に勝つことができる。ただし、相手の拠点――宇宙船の近くで戦って勝つことは困難だった。尋常ではない数の宇宙人警備兵が武器を持って宇宙船の周りを徘徊していたからだ。

 ヒロトと呼ばれた男が宇宙船の中に入っていった。外に出ていた宇宙人も宇宙船に戻り、しばらくすると東の方へ飛び去っていった。

 金髪の男はまだ泣きじゃくっていた。見捨てることができず、彼を連れて僕の拠点――アジトへ戻った。


「タカヤだ」

 アジトに戻ると、金髪の男はそう名乗った。

「小久保だ」

 僕は一応の礼儀として自分の名前を名乗ったが、すぐにタカヤを問い詰めた。

「お前、なんで真っ昼間から出歩いてたんだ!」

「……今日はヒロトの誕生日だったから、どうしても遊びに行きたかったんだ」

「もう二度とこんなことはするなよ」

「……わかった」

 命よりも遊びたいという衝動を優先する彼らの愚かさを言及するつもりはなかった。この世界は合理的な判断さえも虚しくなってしまうほどの絶望に覆われていた。

「お前、これからどうするんだ?」

「……どうしよう」

「よかったら僕たちと一緒に行動しないか?」

「いいのか?」タカヤの目が輝いた。「仲間とは連絡が取れないし、行く宛もなかったから助かるよ」

「そのかわり、お前にも戦ってもらうぞ」

「へ?」

「僕たちはただ逃げ回るだけの集団じゃない。宇宙人に対して戦いを挑んでいる」

 タカヤの顔が青ざめた。


 宇宙人が突如地球へ侵略してきてから一年になる。

 映画に出てくる宇宙人のように街を破壊したり人間を虐殺するようなことはしなかった。彼らはひたすら地球人を”捕獲”していた。

 地球人の捕獲は凄まじいスピードで進み、一年で地球の人口は一割程度まで減っていた。もはや街に人の姿は見られなくなり、捕らえられずに生き残った人々は屋内や山の中でひっそりと生活をしていた。

 当初は巨大な掃除機のようなもので一度に多くの地球人を吸い込んで捕獲していたが、人の数が少なくなってくると宇宙人自らが地上へ降り立ち、武器で脅して捕獲するようになった。地球人を傷つけることはしなかったが、抵抗された場合はその限りでなく、容赦なく殺害していた。

 宇宙人は捕獲装置以外にも優れたテクノロジーを有しており、自衛隊をはじめとする各国の軍隊はあっという間に無力化された。

 僕は宇宙人に抵抗するため、ゲリラ部隊を組織し、リーダーになった。

 しかし数と装備で勝る宇宙人に敵うはずもなく、捕まりそうになった人を助けるぐらいの成果しかあげられていなかった。部隊の中にも捕らえられる者が出始め、宇宙人との戦いは次第に絶望感との戦いへと変化していった。

 捕らえられそうな人を助けるよりも、まずは自分が助かること――部隊の空気がそのように変化してきても、僕は仕方のないことだと思った。

「ヒロト……」

 夜になると、タカヤが悲しそうな表情で夜空を見上げながら呟いた。

 上空を覆っていた宇宙船の塊はもうない。美しい夜空だけは宇宙人がくる前から変わっていなかった。

「なあ、小久保さん」

「なんだ?」

「宇宙人に捕らえられたらどうなるんですかね?」

「それなんだがな……いや、やめておこう」

「なんすかなんすか? 気になるじゃないですか。教えてくださいよ」

「まだ確信はできないんだがな……どうやら……食べられてるんじゃないか……ってのが僕の仮説だ」

「うえっ」タカヤは顔じゅうを皺だらけにしてこちらを見た。「根拠はあるんですか?」

「抵抗活動をしているときに何度か骨だけになった死体を見たんだ。あれはひょっとして、殺してしまった人間がもったいなくてその場で食べてしまったんじゃないかと……」

「俺、強制労働でもさせられるのかと思っていましたよ」

「どちらにしろ、捕まらなければいいだけの話だ」

「そりゃそうですが……」

「今日はもう寝るぞ! 明日はこちらからも攻めるぞ」これ以上この話をしても仕方ないと思い、僕は強引に話を打ち切った。

「うっす」

 僕とタカヤは立ち上がり、アジトへと戻った。


 宇宙人への抵抗活動は順調とまでは言えないまでも、ある程度の成果をあげていた。

 タカヤが加入して二ヶ月後には、味方の損害なしに宇宙船の破壊に成功した。このこと自体はさして戦局に影響はなかったが、宇宙船の破壊という快挙をやり遂げた僕たちのグループに、他の抵抗組織から連絡が来るようになった。そしていつしか僕たちの組織を中心とした抵抗運動の巨大なネットワークが出来上がった。

 ネットワークは日本だけでなく世界中へと広がり、僕がリーダー的な存在となった。

 武器の貸し借りや宇宙人に関する情報の共有など、ネットワークができたおかげで組織間の連携が取れるようになり、地球人は徐々に宇宙人を押し返すようになってきた。

「小久保さん、大阪のグループが武器を貸してほしいって連絡してきましたが、どうしますか?」

「手配する。しばらく待つように伝えておいてくれ」

 抵抗組織ネットワークのリーダーになってから、僕が外で活動することは少なくなった。各組織への計画の伝達、攻撃の指示、武器の手配などが主な仕事になった。タカヤは僕の右腕となり、立派に任務をこなしてくれている。

「俺たち……ひょっとしたら勝てるんじゃないっすかね」

「油断はするな。まだ僕たちが圧倒的に不利なことに変わりはないんだ」

 実際そうだった。いくら地球人がまとまっても、宇宙人に対する不利は変わらない。しかし組織のメンバーは希望を取り戻しているようだった。以前のような絶望感は消え失せ、悲観的なタカヤから前向きな発言が出るほど明るい雰囲気になっていた。

 やれるかもしれない――僕自身もそんな思いをかすかに抱くようになっていた。


 しかしそんな希望は数ヶ月で打ち砕かれることになった。

 原因は世界的な食糧不足だった。人類は戦うことと逃げることに精一杯で食糧生産にまで手が回らなかった。

 慢性的な食糧不足は士気の低下を招き、いつしか僕たちのアジトにも厭戦感が漂うようになっていた。

「あー……腹減った……」タカヤが虚ろな目をしながら呟く。

「ここの食料はあとどのぐらい持ちそうだ?」

「あと一ヶ月ってところですかね……」

「そろそろ何とかしなければな」

「そうっすね……だけどこれ以上の配給制限は無理ですよ。俺だけじゃない……みんなもう限界ですから……」

 近場の食料貯蔵庫はもう空になっていたので、遠くまで足を運ぶしかなかった。遠距離の食料調達は宇宙人に襲われる危険も格段に高まる。食料調達と戦闘を同時に行うことはほぼ不可能だった。しかし空腹感に苦しむメンバーを目にすると、多少の危険は顧みずに決行するしかなかった。

「ここから十キロ北にまだ手付かずの食料貯蔵庫があるという情報をつかんでいる」

「そこに行くしかないっすね」

 食料調達のための遠征が決まり、メンバーの中にも多少の安堵感が見られた。


 決行は深夜だった。夜のほうが宇宙人に発見される確率は低くなる。食料を抱えた状態では宇宙人との戦闘はままならない。確実に調達するためには宇宙人に発見されないことが絶対条件だった。

 僕と数名のメンバーは四台の車でアジトを静かに出発した。ヘッドライトはもちろん点灯させず、低速で食料貯蔵庫への道をひた走った。

 食料貯蔵庫へあと200メートルという地点、突如空が明るくなった。

「しまった――」

 空には見慣れた宇宙船が浮遊していた。中型の宇宙船が3機、こちらをライトで照らしている。

「逃げろ! すぐに引き返すぞ!」

 僕はメンバーに命令した。戦力差は歴然としていたのでここでの戦闘はあり得なかった。

 僕らはアジトに向かって車を猛スピードで走らせた。

 待ち伏せされたのかもしれなかった。自分たちの姿を消すことだけに目が行って、敵が姿を消している可能性にまで気が回らなかった。

 宇宙船からの攻撃が僕たちの車を襲う。避けるなんてことはできない。ただ車を全速力で走らせる以外に対処のしようがなかった。

 激しい爆発音が後方から聞こえる。一台の車が敵の攻撃によって大破していた。それでも僕たちは走り続けるしかない。

「くそっ」

 先回りをしようというのか、宇宙船のうち一機が車の向かっている方向へ凄まじい速さで移動していく。

 万事休すだった。逃げ場はなくなっていた。仮に無事戻れたとしても、彼らにアジトの場所を教えることになってしまう。この場で宇宙人を全滅させる――それしか解決方法はなかったのだが、到底無理な話だった。

 諦めるしかなかった。観念した僕は車を止めた。宇宙人も僕らが抵抗しないことを察知したのか、それ以上攻撃をすることはなかった。

 やがて一機の宇宙船が地上に降りてきて、中から宇宙人がぞろぞろと出てきた。僕は車から出て両手を上げた。そんなことをしても運命が変わらないということは分かっていたが、僕にはもう先のことを考える余裕はなかった。

 宇宙人は僕たちを取り囲んでいたが、特に警戒している様子はなかった。するとリーダーらしき宇宙人が僕の方へ歩み寄ってきた。

「はじめまして。地球人のリーダー――」

 喋った――。

 僕の中から恐怖感が消え去った。言葉が理解できる――地球にまでやってこれる高度な文明を持つ宇宙人なら想定できることではあったが、その兆候は全く無かったので、驚愕した。さらに僕がリーダーだということも認識していた。宇宙人は僕らの想像以上に僕らに関する情報を得ているということで、そんな宇宙人に勝とうなんてそもそも無理な話だったのではないかという思いがした。それと同時に、なぜこちらのことを理解できながら一方的に侵略しているのか、やはり地球人は虫のようにしか思っていないのかという思いもした。

「こちらの言葉が理解できるのか」

「だいぶ苦労しましたがね。あなた方は場所によって異なる言語を使用しているようでしたから――」

「お前たちの目的は何だ」僕は単刀直入に聞いた。得体のしれぬ生物に囲まれた状態でとりとめのないおしゃべりをする余裕などなかった。

「地球人を食べることです」

 正直だなと思ったが、考えてみればここで嘘をつく理由などない。もう彼らの勝ちなのだから。

「そうじゃないかと思っていたよ」

「あなた方は非常に美味しい」

「そりゃどうも。で? ここでこうして会話をする理由は何だ? さっさと僕たちを連れ帰って煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃないか」

「それがですね……本国からあなた方をむやみに捕らえることを禁止されたのです。どうやら我々はあなた方をたくさん食べすぎてしまったようです」

 僕は自分の中に行き場のない怒りがこみ上げてくるのを感じた。なんだこれは? 僕たちは絶滅危惧種の動物か? ふざけるな。しかし正直なところ、これで助かるかもしれないという希望も同時に湧いていた。

「もう僕たちを捕らえることはしないってことだな?」

「そういうわけにはいきません。我々は一度味わったこの快楽を手放すつもりはありません」

 僕の中で湧いていた希望が一瞬にして崩れ去った。それでも僕はダメ元で反論を試みた。

「矛盾していないか。地球人を捕らえることは禁止されたんだろ」

「むやみに捕らえることを禁止されたまでです。しかしながら我々はもうあなた方と争う気はありません」

 争う気がないと言いながら、結局は生殺与奪を握られていることに違いはなかった。僕は宇宙人の発する一つ一つの言葉に対して過敏になっていた。宇宙人は話を続けた。

「そこで、リーダーであるあなたに提案があります」

「どんな?」僕の額から流れる汗が量を増した。

「地球人の子供……そうですね……生まれてから2、3年の子供を定期的に提供してほしいのです」

「なんだと……」僕は言葉を続けられなかった。

「もちろん、全ての子供を提供してくれとは言いません。それではあなた方が滅びてしまいますからね。一定の割合で構わないのです」宇宙人は抑揚のない話し方で続ける。「どうでしょうか? 承服していただけますね?」

「それは……」

「これは我々にとってもあなた方にとっても、双方に利益のある提案だと思いますが……」

「一つ聞かせてくれ」

「どうぞ」

「どうしてそんな回りくどいことをするんだ? 子供のほうが美味しいということなのか?」

「そういうわけではありません。頂いた子供たちはこちらで育て、成長してから食べます。大人を提供となると、あなた方にも色々と不都合があるでしょう」

「そちらで成長した人間に子供を産ませればいいんじゃないか?」

「それは我々も考えました。しかしどうもうまく行かないのです。なぜか我々の環境では地球人は子供を作ろうとはしないのです。そこで、子供を作るのはこの地球でお願いしたいと」

 僕は丁寧な言葉づかいで残酷な要求をしてくる宇宙人を殴ってやりたいと思ったが、自分は今、地球を代表して地球の運命を決定する決断を迫られているということを十分に理解していた。この提案を蹴ったら恐らく宇宙人は強引な手法に訴えるだろう。そして僕たちは負けが分かっている戦いをこれからも続けなければいけない。それに比べれば提案に乗ってしまった方がはるかに幸せな未来を手に入れることができる。

 宇宙人が来る前からそうだったじゃないかと僕は思った。世界は一部の人間が犠牲になることによって多数の人間が利益を得るようにできていたじゃないか。戦争、災害、事故、どれもそうだ。犠牲者が出ることによって初めて社会は前進し、その後に生きる人間に幸福と安全をもたらす。この宇宙人の提案はそれと何が違うのだと言うのか?

 僕は決心した。

「約束は守るんだろうな?」

「もちろんです。よかったら我々の本国までお越しください。そこで条約に調印いたしましょう」

 終わったのか……。これまでの疲労が一気に僕を襲った。目がかすみ、どうやって宇宙人と別れたのか、どのようにしてアジトに戻ったのかもはっきりと思い出せなかった。


 宇宙人は約束を守った。

 僕たち地球人は長い抵抗活動から解放され、再び平穏な生活を取り戻すことができた。人口は大幅に減ったが、地球人は再び幸福な人生を送ることを許された。生贄となる幼児を除いては……。

 宇宙人に提供する幼児はランダムに決められた。毎年何百万という幼児が宇宙人に提供されたが、地球の総人口に対する割合で決められていたので、その数は一定ではなかった。

 多くの地球人はこれに異を唱えることはしなかった。平和な生活を営むために仕方ないことなのだと、半ば諦めの気持ちで淡々とルールに従っていた。

 僕とタカヤは久しぶりに食事を共にしていた。抵抗活動のときに僕たちを悩ませていた食糧不足の問題も解消されていた。

「小久保さん……これでよかったのかな」

「少なくとも僕にはこれ以外の解決方法は考えられなかった」

「うっ……」タカヤが突然涙ぐんだ。「小久保さん、ホント立派っす。こんな辛い決断、普通の人間にはなかなかできるもんじゃないですよ」

「褒めるようなことじゃないよ……」

 本心だった。僕の中に抵抗活動の達成感だったりとか、平和が訪れた安堵感というものは全く無かった。ただただ虚しさだけが僕の心の中を占めていた。

「ああ、ウナギうめえ……」

 タカヤの涙は美味しいものを食べた感動の涙に変わっていた。

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乱獲 知多山ちいた @cheetah17

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