終章 青嵐に花は舞う
終章 青嵐に花は舞う(一)
わたくしが身ごもっていることを知って、いちばん喜んでくださったのは夏陽公子でした。いえ、その頃はもう陛下とお呼びしなければなりませんでしたね。あの変事があった年が明けぬうちに、ときの乾王陛下が崩御され、夏陽公子が即位なさったのですから。
喜んでくれたのは叔母も同じにございましたが、どちらかといえば不安のほうが
わたくしに夏陽公子――失礼、陛下のお手がついたわけではないと明かせば、叔母の曇り顔もすこしは晴れていたでしょうか。いえ、なおさら心配をかけただけだったでしょうね。
そもそも陛下がわたくしを側仕えにされたのは、わたくしがお気に召したからではなく、わたくしを監視するためでございました。わたくしが巴公子にお仕えした間に見聞きしたことを、陛下は無理に聞きだそうとはなさいませんでしたが、みだりに余人に話さぬよう目を光らせておられたのですよ。
ともあれ、おもてむき腹の子の父親は陛下ということになっておりましたので、本来であれば、わたくしは妃のひとりとして後宮に居を賜わるはずでした。ですが、そこでわたくし
「たしかに、そなたにはそちらが似合いか」
陛下はそううなずいて、わたくしに小さな離宮をくださいました。はからずもいつか叔母が慰めてくれたとおり、わたくしは雪どけとともに青華宮に戻ることができたのです。
青華宮での日々は平穏に過ぎてゆきました。華やかさとは無縁の暮らしでございましたが、それを寂しいと思ったことはありません。幸いにも
ときおり、陛下も顔を出されました。たいていは
ですから、あの春の日、満開の桃の木の下にたたずむ殿方の姿を見て、あの子はきっと陛下だと思ったのでしょう。まだおぼつかない足どりで駆け寄り、案の定転んでしまったあの子の名を、わたくしはとっさに呼びました。
「――
その方がふりむいた瞬間、すべての音が遠のきました。夢に引きずりこまれたように、まわりの景色が輪郭を失い、あえかな光にかすむ中、ただあの方の青い双眸だけが鮮やかでございました。
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