第83話〔麻友の機嫌が悪い……〕

高安女子高生物語・83

〔麻友の機嫌が悪い……〕        



 おはようというとスマホが飛んできた!


 とっさに「なにをもったいない!」と、真剣スマホどり。


「どないしたん?」

 反射的に声をかける。教室の空気が割れかけのガラスみたいやいうことが、すぐに察せられたんで、間をおかずに聞く……というよりは、とにかく、落ち着かせる。



 新垣麻友が泣き崩れてて、副委員長の南ラファがなだめ、他のもんは凍り付いてる。

――なかなかの呼吸や――と、うちの中の正成のオッサンが合いの手。

「スマホにあたってもラチあかんで。南さんのん?」

「ううん、麻友の。スマホの画面見て」

 友だちの麻友とは言え、人のスマホ。かめへんか、という気持ちで麻友に目線を送る。泣いてるけど否定せえへんいうことは承諾のサイン。画面にはウィキペディアの「御堂筋パレード」の項目が出てた。5秒読んで意味が分かった。


――毎年10月の第2日曜日に、大阪のメインストリート・御堂筋で開かれていたイベント――


 御堂筋パレードが過去完了形で書かれてた。



「ああ、そういえば……」



 思い出した。御堂筋パレードは、橋下が知事やったころに廃止になってた。今は御堂筋カッポレ……いや、カッポいうショボクレたイベントに成り果ててたんや。うちも小さいころに保育所の仲間と観に行ったことがある。もっともマナブくん(関根先輩)のことが気になって、パレードそのものは、よう見てへん。高安あたりの河内人間には、あんまりピンとけえへんイベントやった。カッポになってからいっそうやけど。

 うちら河内の人間には、もう一つノリきれへんイベント。せやから、廃止になったことも、よう覚えてなかった。

 ほんで、もう一つ思い出した。一昨日のプールの授業前に更衣室で「今年の御堂筋パレードには出るから、観に来てよ!」言うてたことを。


 麻友は、パッと見では清楚な女子高生やけど、中身はバリバリのラテン系。一昨日のプールでは、いかんなく、そのラテンぶりを発揮してた。

「たしかKAPPOも21世紀協会がやってるから、問い合わせてみたったら?」

 登校してきた美枝が気ぃ利かして提案した。

「ありがとう、みんな。あたしの発作的なカーニバル熱に付き合ってくれて」

 朝礼が始まるころには、さすがに麻友は落ち着いた。せやけど納得したわけやない。クラスのみんなの友情的な対応が麻友を落ち着かせたんや。


 麻友応援活動は、一時間目の後の休憩時間に21世紀協会に電話するとこから始まった。結論はすぐに出た。


「カッポも今年は中止やて……」美枝が冷静な声で言うた。こういう手配と、行動力は美枝が、やっぱり一番や。ラブホのときもそうやった。

 麻友は、表面張力ギリギリのとこで、自分を保ってた。なんとかしたらならあかん!


「せや、人がしてくれへんねやったら、うちらでやったらええねん!」


 美枝が飛躍した……。


 うまい具合に二時間目の先生が来るのが5分遅れたんで、南ラファと中尾美枝の二人が教壇に立って決めてしもた。

「うちらで、文化祭でリオのカーニバルやろ!」

 勢いというのは恐ろしいもので、その場の熱気で決まってしもた。うちらの2年3組は全校で一番早う文化祭の取り組みが決まってしもた。まだ、文化祭の公示も始まってないのに!


 家に帰ってから、小さな疑問が湧いた。


 麻友のサンバ好きはよう分かる。なんちゅうてもブラジルの子や。そのわりにはサッカーに興味が無い。こないだから始まってるワールドカップも、あの子の口からサッカーの話題が出たことがない……。

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