第77話〔宇賀先生のお見舞い〕

高安女子高生物語・77

〔宇賀先生のお見舞い〕        



 やっぱりプロは違うと思った。


 それまでは、美枝とゆかりの三人で、あーでもない、こーでもないと言い合いしていたんやけど。

「けが人さんのお見舞いに相応しい花を……」

 と、今まで三人で話し合っていた候補を言おうとしたら、間髪を入れずに花屋さんに聞かれた。



「女性の方ですか? 目上の方? お友だち? お怪我の場所は? で、ご予算は?」と、矢継ぎ早。



 待ち合わせのコーヒーショップで、話し合ったことが、みんな吹っ飛んでしもた。

「じゃ、こんな組み合わせでどうでしょう?」

 それは、カスミソウの中に赤やピンク、黄色などの明るい色のバラのアレンジやった。

「いやあ、この時期にまだバラがあったんですね!?」

 バラは宇賀先生に相応しいので、最初に候補にあがったんやけど、時季外れで無いやろということで却下になってた。


 値段の割にゴージャスに見える花束を抱えて病室をノックした。


 ハーイという声がして、個室のドアが開いた。


 声から、宇賀先生自身かと思た。出てきたのは宇賀先生のお母さんと思しきオバサンやった。

「まあ、あなたたち生徒さんたちね。わざわざ、どうもありがとう。さ、中へどうぞ」

 そない言われて能天気三人娘は「お見舞いにきました!」ただでも声の大きな三人が、いっぺんに言ったので、病室にこだまし、慌てて口を押えた。



「ありがとう、三組の元気印!」



 先生は明るい声で応えてくれたけど、うちらはびっくりして後悔した。

 あのベッピンの宇賀先生の顔が三倍ぐらいに腫れて見る影もなかった。

「あ、お見舞いなにがええかと思たんですけど、先生に相応しいのは、だんぜんバラやと思て、色は、まだまだお若い先生に合わせて子供っぽいぐらいの明るい色にしました。まわりのカスミソウがうちら生徒の、その他大勢です!」

「いや、ありがとう。あたし幼稚園のとき薔薇組で、漢字で薔薇て書けるのが自慢やったんよ」

 先生は、花束を抱きしめるようにして匂いを嗅いだ。

「いやあ、ええ香りやわ!」

「ほんなら、さっそく活けよね」

 お母さんが、そう言って花束を活けにいかはった。

「ガンダム先生が、ものごっつい心配してはりました。授業ほとんど一時間使うて、宇賀先生と人生について語ってくれはりました。なあ」

「はい、けっきょく体育の時間で体動かしたんは、体育館のフロアー五周しただけです」

「ハハ、なにそれ?」

「人生を一週間の授業日に例えて、人生感じながら走ってきました」

「ハハ、岩田先生らしい手の抜き方やね!」

 そんな調子で、アホな明るいだけがテーマのおしゃべりして二十分ほどして帰った。おしゃべりの終わりごろ、おかあさんがバラを見事に花瓶に活けて持ってきはった。バラの健康的な明るさが、先生の怪我の痛々しさをかえって強調してるみたいやった。


 廊下に出ると美枝が涙を流しだした。美枝は黙ったままやったけど、ロビーに出てから、やっと口を開いた。

「ありがとう明日香。あんた一人に喋らして。うち、喋ったら泣いてしまいそうで、よう喋らんかった」

「ううん、うちかて、なに喋ったんか、よう覚えてへん」

 うちは後悔してた。先生が怪我しはったんやからお見舞いは当然やと思てた。せやから親には「友達とお出かけ」としか言わんかった。言うてたら、お父さんもお母さんも止めてたやろ。


 駅まで行くと、偶然新垣麻衣に出会うた。


「大阪の地理に慣れておこうと思って、定期でいけるところ行ったり来たり。日本の電車って清潔で安全なんだね。もう麻衣電車楽しくって……あなたたちは?」

 宇賀先生のお見舞いうと、麻衣の顔が険しくなった。

「行った後になんだけど、行くべきじゃなかったわね。先生の顔……ひどかったでしょ?」

 言葉もなかった。麻衣の話によると、顔を怪我すると数日間は顔がパンパンになり、人相もよくわからないくらいになってしまう。そしてブラジルでは、よくそういうことがあるらしい。麻衣は言わなかったけど、言い方やら表情から、身内でそういう目に遭うた人がいてるらしいことが察せられた。ガンダムが授業で先生の怪我の話をしたとき怖い顔になったんも、そういうことがあったからやろ。

「麻衣は、てっきり人生のこと考えて怖い顔になった思てた」

「ハハ、ラテン系は、そういうことは考えないの。その時、その場所が、どうしたら楽しくなるか。それだけ」

 身内にえらい目に遭うた人が……とは聞けなかった。



「ええこと教えたろか」



「え、なに!?」

 麻衣は、うちが明るく話題を変えよとしてることが分かって、花が咲いたようなかいらしい顔になった。

「あのね、定期いうのは駅から外に出えへん限り、どこまでもいけるねんで!」

「ほんと!?」

「うん、ほんまほんま。うちの兄ちゃんなんか試験前いうと電車で遠くまで行って車内で勉強してたわ」

 美枝がフォロー。

「ただし、急行までね。特急は乗られへんさかい。それから新幹線も」

 ゆかりが付け足す。

「ありがとう。じゃあ、今日はお伊勢さんまで行ってみようかなあ!」

 と、どこまでも明るい麻衣やった。


 帰り道、一人になってから正成のオッサンに聞いてみた。



――オッチャンは知ってたん、顔怪我したらあないになんの?――

――当たり前。年中イクサばっかりやってたよってにな――

――言うてくれたらよかったのに――

――自分で体験するのんが一番の勉強や――

――そらそうやけど、いけずな居候や――

――まだまだ、これからもあるぞ……そやけど、今日の共通体験は、どこかで生きてくる。ワハハハ――


 ムカッとしたら、通りすがりの猫が変な顔しよった……。

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