第73話『夏も近づく百十一夜・3』
高安女子高生物語・73
『夏も近づく百十一夜・3』
通り雨 過ぎたあとに残る香りは夏 このごろ……。
お父さんの好きな『夏この頃』の歌い出しみたいな昼休みや。
バラが盛りになって、紫陽花が小さな蕾を付け始めた。ピーカンの夏空の下、となりのオバチャンにホースで水を撒いてもらうと、水のアーチの中にけっこう大きな虹がたつ。その虹の下を水浸しになりながらキャ-キャー言うて、友だちとくぐった。オーバーザレインボウやのうてビヨンドザレインボウ。その時に舞上げられる焼けた土と、跳ねる水の香り。それが、この時期の通り雨の香りといっしょ……というのはお父さんの子どもの頃の話。お母さんも水撒いてもらうとこまではいっしょやけど、お父さんみたいにビチャビチャになりながらビヨンドザレインボウはやらへんかったそう。で、砂埃と水の混じった匂いは、お母さんには臭い。同世代でも、感性がちがうもんやと思う。
この高安もコンクリートとアスファルトになって、この夏の香りはせえへん。せやけど、夏を予感させる五月の下旬は好きや。
雨上がりのグラウンド眺めながら食堂のアイス食べてたら急に校内放送。
――2年3組の佐藤明日香、職員室岩田のところまで来なさい。くりかえします……――
繰りかえせんでも分かってる。これは、前の校長(パワハラで首になった民間校長)の人事で生指部長から我が担任に天下ってきた(本人曰くけ落とされた)ガンダムの声。
「明日香、なんかやったん?」
「ガンダム、ストレス溜まりまくりやから、このごろ、ちょっとしたことでも怒りよるからな」
「明日香のこっちゃ、ちょっとしたことではないんやろなあ……」
「あ、一昨日南風先生凹ましたん、バレたんちゃう?」
このデリカシーのない励ましの言葉は美枝とゆかりです。
「失礼します、2年3組の佐藤明日香です……」
そこまで言うて、うちはびっくりした。よその制服着たメッチャかいらしい子ぉがガンダムの前に座ってた。
美女と野獣……そんな言葉が頭をよぎった。
「おお、明日香、こっちこっち!」
ガンダムのデカイ声に職員室の目がいっせいにうちに向く、そんで職員室中の先生らが、うちと、そのかいらしい子の比較をやって、全員が同じ答を出したのに気ぃついた。
「この子、新垣麻衣さん。来週の月曜からうちのクラスや」
「転校生の人ですか?」
「はい、ブラジルから来ました。どうぞよろしく」
アイドルみたいな笑顔の挨拶に早くも気後れ。
「住んでるとこが八尾でな。おまえの近所や。ブラジルからの転校生やから、慣れるまで明日香が世話係」
「は、はい」
「喋るのには不自由ないけど、漢字が苦手。とりあえず、ざっと校内案内したってくれるか」
「は、はい」
「どうぞよろしく佐藤さん」
「は、はい」
あかん、完ぺきに気持ち的に負けてる。
「ほんなら、終わったら、また戻ってきてな」
「は、はい」
「おまえとちゃう。新垣さんに言うてるんや」
新垣さんは、タブレットを持って付いてきた。チラ見すると学校の見取り図が入ってる。やっぱり緊張してるせいか、職員室出るときに挨拶忘れた。
「コラ、失礼しましたやろ、アスカタン!」
「は、はい」
「失礼しました」
新垣さんがきれいに挨拶。遅れて続くけど「つれいしました」になる。職員室に、また笑い。ちなみに「アスカタン」いうのは、ガンダムがうちを呼ぶときの符丁。本人は可愛く言うてると言うけど、ちょっとも可愛いとは思わへん。
校内案内してても注目の的。本人がかいらしいとこへもってきて、胸が、どう見ても、うちより2カップは大きい。で、他のパーツも、それに釣り合うてイケテる。ブラジルの制服もラテン系らしい華やぎがある。もう、どこをどうまわったんか、分からんうちに終了。新垣さんは部屋の名前を言うたんびに、タブレットの名称をスペイン語に直してた。その手際の良さだけが記憶に残った。
「どうもありがとう。とても分かり易かった。わたしのことは麻衣って呼んで。佐藤さんのことは明日香でいい?」
「え、あ、はい!」
「ハハハ、明日香って、とても可愛い!」
「え、あ、ども」
「アスカタンて?」
「あ……かわいらしい女の子の名前に付ける接尾語。『~ちゃん』とか『~さん』とかね、親しみを込めた愛称になるんや」
「そっか!『あすかちゃん』といっしょなんだね!?」
「そそ」
「せんせい! まいたん戻ってきたよー(^▽^)/」
陽気に職員室のドアを開ける麻衣。
五時間目の休み時間には、麻衣とうちのシャメが校内に出回った。美枝とゆかりも撮ってたんや。
「うちには、おらへんかったタイプやね……」
「明日香と比較すると、よう分かるなあ」
まるで電化製品の新製品と型オチを比較されてるみたいで、気分が悪い。
「型オチちゃうよ。生産国のちがい」
それて、もっと傷つくんですけど。国産品を大事にしましょう……もしもし?
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