第71話『夏も近づく百十一夜・1』
高安女子高生物語・71
『夏も近づく百十一夜・1』
「明日香、ちょっと放課後あたしのとこ来てくれる」
久々で廊下で会うた南風爽子先生が声かけてきた。
もう忘れてる人も多いやろから、もっぺん説明。
うちは、この2月3日で演劇部を辞めた。理由は、バックナンバー読んでください。
「……はい」
ちょっと抵抗あったけど、もう3カ月も前のことやし、うちも17歳。あんまり子どもっぽい意地はることもないと思て返事した。
ほんとは、ちょっとムッとした。「来てくれる」に「?」が付いてない。「絶対来いよ」いう顧問と部員やったころの感覚で言うてる。生徒とは言え退部した人間やねんさかい、基本は「来てくれる?」にならならあかん。
「今の教師はマニュアル以上には丁寧にはなられへん」
元高校教師のお父さんは言う。南風先生は、まさに、その典型。コンビニのアルバイトと大差はない。これが、校長から受けたパワハラなんかには敏感。前の民間校長辞めさせた中心人物の一人が南風のオネエチャンらしい。らしい言うのは、実際に校長が辞めるまでは噂にも出てこうへんかったんが、辞めてからは、自分であちこちで言うてる。校長を辞職に追い込んだ先生は別にいてるけど、この先生は、一切そういうことは言わへん。授業はおもんないけど、人間的にはできた人やと思う。
で、南風先生。
「失礼します」
うちは、教官室には恨みないんで、礼を尽くして入る。
「まあ、そこに座って」
隣の講師の先生の席をアゴでしゃくった。そんで、A4のプリント二枚をうちに付きだした。
「なんですか、これ?」
「今年のコンクールは、これでいこ思てんねん」
A4のプリントは、戯曲のプロットやった。
「今年は、とっかかり早いやろ」
うちは演劇部辞めた生徒です……は飲み込んで、二枚のプロットに目ぇ通した。タイトルは「あたしをディズニーリゾートに連れてって」やった。
「先生、これて四番煎じ」
さすがにムッとした顔になった。
「元ネタは『わたしを野球に連れてって』いう、古いアメリカ映画。二番煎じが『わたしをスキーに連れてって』原田知世が出てたホイチョイ三部作の第1作。似たようなもんに『あたしを花火に連れてって』があります。まあ、有名なんは『わたスキ』松任谷由実の『恋人はサンタクロース』の挿入歌入り。
で、先生が書いたら、四番煎じになります。まあ、中味があったらインパクトあるでしょうけど、プロット読んだ限りでは、ただ、ディズニーリゾートでキャピキャピやって、最後のショー見てたら大きな花火があがって、それが某国のミサイルやった……ちょっとパターンですね」
「鋭いね明日香は」
「ダテに演劇部辞めたわけやないですから」
「どういう意味?」
「演劇のこと知らんかったら、残ってたかもしれません。分かるさかい、うちは辞めたんです」
「それは、置いといて、作品をやね。とにかく、この時期から創作かかろいうのはエライやろ」
うちは、この野放図な自意識を、どうなだめよかと考えた。
「確かに、今から創作にかかろいうのはええと思います。大概の学校はコンクール一カ月前の泥縄やさかい」
「せやろ、せやから、まだ玉子のこの作品をやな……」
「ニワトリの玉子は、なんぼ暖めても白鳥のヒナにはなりません」
「そんな、実もフタもないこと……」
「それに、このプロットでは、人物が二人。まさか、うちと美咲先輩あてにしてはるんとちゃいますよね?」
あかん、やってしもた。南風先生の顔丸つぶれ。それも教官室の中でや……。
「ま、まだプロットなんですね。いっそ一人芝居にしたら道がひらけるかも。それにタイトルもリスペクトすんのはええけど、短こうした方が『あたしを浦安に連れてって』とか」
ああ、ますます逆効果。
「……勝手なことばっかり言うて、すんませんでした。ほな失礼します」
あかん、南風先生ボコボコにしてしもた。もっとサラッと受け流さなあかんのに。うちは、やっぱしアホの明日香や。
そやけど、これは、うちのアホの入り口でしかなかった……。
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