第64話〔美枝が休み……!?〕

高安女子高生物語・64

〔美枝が休み……!?〕        



「……やめとき……明日からテストやし」


 と、ゆかりは言うた。



 せやけど、うちは、やっぱり行くことにした。どこへ……中尾美枝の家へ。

 今日は、めずらしいことに美枝が学校休んでた。普通の子やったら気にせえへん。せやけど、美枝は違う。

 美枝は、高校に入ってから休んだことがない。中学も忌引きが一回あっただけ。


 それに、美枝にはラブホで聞いた秘密がある……。


 美枝の家は寺田町にある。

――今からいくで――

 そうメールした。

――うん、どうぞ――

 なんとも、そっけない返事が返ってきた。せやけど「うん」やねんから行くことにした。で、ゆかりに声かけたら「……やめとき」の返事が返ってきたわけ。

 ゆかりは、うちよりも、ずっと美枝とは付き合いが長い。そのゆかりが「やめとき」というのは重みがある「……テストやから」いうのは付け足しの言い訳に聞こえた。それに、付き合いが長いから、短い人間より親身になれるとは限れへん。


 学校からは、駅一つ分距離があるけど、うちは歩いていくことにした。


 途中のコンビニでプレミアムチーズロールケーキをお土産ともお見舞いともつかん気持ちで買った。レジに持っていったら一瞬、大学生くらいのニイチャンに先を越された。うちは河内の子やから、こんなことでは負けへんねんけど、レジに置かれたのがコンドーさんやったんで、たじろいでしもた。ニイチャンはさっさと精算すると、柑橘系の……多分オーデコロンの香りを残していってしもた。柑橘系は好きやけど、今のニイチャンは、醸し出す雰囲気が好きくなかった。


 美枝のうちは、八階建てのマンションの八階。


 オートロックのインタホン押して呼びかけると、美枝の明るい声で「入っといで」


 エレベーターで八階に上がり、ドアのピンポンを押すと、同時に美枝がヒマワリみたいなに顔を出したんで、ちょっと拍子抜け。

 リビングに通されるまでの廊下を歩いて、4LDK以上の、ちょっとセレブなマンションやいうことが分かった。ファブリーズかなんかが効いてるんやろ、無機質なくらいニオイがせえへんかった。

「どないしたんよ、今日は?」

「今日はテストの前日やから、どうせ自習ばっかりやろ。それに昼までやし」

「え、ほなら、勉強ばっかりしてたん?」

 お土産のプレミアムチーズロールケーキを広げながら聞いた。美枝は要領よく紅茶を用意してくれてて、すぐにティーポットにお湯を注ぎにいった。

「あたしね、二年で評定4・0以上にしときたいねん。ほんなら三年になったら、特別推薦選びほうだいやろ。明日は、成績に差ぁのつきやすい数学あるやんか、あたし、これで点数稼ぐねん」

「わあ、ええなあ。うち算数は苦手やから、欠点やなかったらええねん」

「ココロザシ低いなあ」

 美枝は、小気味よくプレミアムチーズロールケーキをフォークで両断すると、トトロみたいな口を開けてパクついた。瓜実顔のベッピンが、そういう下卑た食べ方すると、なんとも愛嬌に見える。こんなことが自然にできる美枝が羨ましなった。

「そんなんやったら、三年でキリギリスになってしまうで」

「アホが一夜漬けしてもたかが知れてるしなあ」

「せや、明日の予想問題見せたげよか!」

「え、そんなん作ってるのん」

「ちょっと待っててな」


 美枝は自分の部屋にいくと、ゴソゴソしだした。で……ガラガラガッチャーンと美枝の悲鳴!


「ちょっと大丈夫!?」

 うちは、思わず美枝の部屋に駆け込んだ。美枝の部屋は美枝の雰囲気からは想像がつかんくらい散らかってた。

「見かけによらん散らかりようやな」

「アハハ、こんなもんやて。あたしは外面。はい、これ」

 渡してくれたプリントもろて気ぃついた。

「この柑橘系の匂い……」

「え……?」

 美枝の顔が、ちょっと歪んだ。うちはコンビニで会うたニイチャンの話をした。


「そう、コンドー買うてたん……」


 美枝の表情がみるみる嵐の気配になってきた。ほんで、びっくりした。

 ひっくり返ったゴミ箱から、未使用のまま鋏で切り刻まれたコンドーさんが一握り分ほど出てた。

「あたしのことが好きやねんやったら、こんなもん使わんといていうて、ケンカになってん……」


 そう言うと、目から涙がこぼれたかと思うと、机の上のもんを全部払い落として、美枝は突っ伏して号泣しだした。


 もう、秘密にでけへんね。


 あのときラブホで聞いた美枝の秘密は、リアル「おにあい」

 ただ、美枝はお兄ちゃんとは血のつながりはない。再婚同士の連れ子同士。戸籍上だけの兄妹。

 親は共稼ぎで、家に居ることが少ない。で、いつのまにか、そういう関係になってしもた。


 ゆかりの「やめとき」が蘇ってきた。ゆかりが正しかったんかもしれへん。せやけど、うちは、ここまで見てしもた。


 こんなときに限って、うちの中の正成のオッサンはダンマリや……。

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