第50話『お祖母ちゃんをカバンに入れて』

高安女子高生物語・50

『お祖母ちゃんをカバンに入れて』     



 お祖母ちゃんをカバンに入れて京都の山中に出かけた……。


 と言うても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケや無い。

 だれでもそうやけど、うちには二人のお祖母ちゃんが居てる。

 お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。

 お母さんのお母さんの方は、今里で、足腰不自由しながら健在。


 カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。


 このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるとこで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、うちのカバンの中に入ってる。


 家のお墓は、京都の東山にあるロッカー式のお墓。3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。

 お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズやったけど、三段に分けた棚には収まらへんかった。しゃあないんで、一段外して、なんとか収めた。

 これで、家の家族は学習した。

「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言うたら単身者用の1K」

「このセコさは、ほとんど詐欺やなあ」

 お父さんは、そない言うて、怒ってた。

「そのうちに、なんとかしよう」と、言うてるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。


 で、しゃあないんで、分骨用の小さい骨壺に入れてもろた。中味は500CCほどしかあれへん。

 ほんのちょっとしかお骨拾われへんかって、可哀想な気になった。

 そのペットボトルほどの骨壺が、うちのカバンの中でカチャカチャ音を立ててる。

 べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて文句言うてるわけやない。フタが微妙に合わへんので、音がする。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。


 うちは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。小学校に入ったころには、認知症で特養に入ってた。要介護の5で、喋ることもでけへんし、頭の線切れてるから、うちのこともお父さんのことも分からへん。


 ただ保育所に行ってたころ、お祖母ちゃんの家に行って、うちが熱出したとき、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。

 正確には、お父さんが、うちをせたろうて、お祖母ちゃんが先をトットと歩いてた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の大人の半分くらいの速さでしか歩かれへん。それが、そのときは、お父さんより速かった。


 せやから、うちの記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけや。


 その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音やいうのは分かってるけど、うちにはお祖母ちゃんの囁きやった。

 その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足らん。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれんなあ。

 そやけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえへんのは……うちの記憶が幼いときのもんやから……そない思とく。


 京都駅に着くと、初めて見る女の子が来てた。


「あ、未来(みく)ちゃんやないか。大きなったなあ!」


 お父さんが、昔の営業用の大きな声で言うた。その声で分かった。うちの従兄弟のオッチャンの娘や。

 うっとこは、お父さんが晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したんで、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。

 せやから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子ぉの方が歳が近い。


 せやけど、この子には見覚えが無い……思い出した。このオッチャンは離婚して、親権があれへん。それが、こうして連れてこれたいうのは……お父さんは、一瞬戸惑うたような顔になってから声かけてた。身内やから分かる微妙な間。なんか事情があるんやろ。


 納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。


「ちょっと腹痛い言うて、待合いで座っとる」

 従兄弟のオッチャンは、気まずそうに言うた。

 待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸なった未来ちゃんが居てた。

「大丈夫か、未来ちゃん?」

 うちが声をかけると、ビクっとして顔を上げた。

「う、うん……大丈夫」

 どこが大丈夫やと思た。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。この未来ちゃんは人慣れしてへん。おそらく学校にもまともに行ってへんねやろ。うちが、それ以上声をかけるのははばかられた。佐渡君と違うて、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。


「なんや、この時代の人間はひ弱やなあ」


 家に帰ると、正成のオッチャンが、うちの心の中で呟いた……。


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