第30話〔最後の授業〕

高安女子高生物語・30

〔最後の授業〕



 授業が次々に終わっていく。


 三学期の最終週やさかいに、ほんまに二度と帰ってけえへん授業たち。



 と……特別な気持ちにはなれへん。強いて言うなら「サバサバした」いう表現が近い。


 学校で、うっとしーもんは人間関係と授業。両方に共通してんのは、両方とも気い使うこと。しょーもないことでも、しょーもない顔したらあかんこと。

 学校でのモットーは、休まずサボらず前に出ず。一番長い付き合いがクラス。完全にネコ被ってる。おかげで、一年間、シカトされることも、ベタベタされることもなかった。


 授業もいっしょ。


 板書書き写したら、たいがい前向いて虚空を見つめてる。それが、時に大人しい子やいう印象を持たれ、こないだの中山先生みたいに「黒木華に似てるねえ」なんちゅう誤解を生む。あの月曜日の誤解から、うちはいっそう自重してる。せやから昨日はなんともなかった。ただ虚空を見つめてると意識が飛んでしもて、関根先輩と美保先輩は夕べ何したんやろ……もっと露骨に、ベッドの上で、どんなふうに二人の体が絡んでるのか、美保先輩が、どんな声あげたんやろかと妄想してしまう。


 あかんあかん、顔が赤なってくる。適度に授業聞いて意識をそらせよ。


 で、これが裏目に出てしもた。現代社会の藤森先生が、なんと定年で教師生活最後の授業が、うちのクラスやった。



「ぼくは、三十八年間、きみらに世の中やら、社会の出来事を真っ直ぐな目で見られるように心がけて社会科を教えてきました……」

 ここまでは良かった。適当に聞き流して拍手で終わったらええ話。授業の感想書けて言われたら嘘八百書いて、先生喜ばしたらええ話。


 ところが、先生はA新聞のコラムを配って、要点をまとめて感想を書けときた。


 コラムは政府の右傾化と首相の靖国参拝を批判する内容……うちは困ってしもた。うちは政府が右傾化してるとも思えへんし、靖国参拝も、それでええと思てる。「そこまで言って委員会」の見過ぎかも、お父さんの影響かもしれへんけど。A新聞は大嫌いや。


 困ったうちは、五分たっても一字も書かれへん。そんなうちに気いついたんか、先生がうちのこと見てる。

「藤森先生は、いい先生でした!」

 苦し紛れに、後ろから集める寸前に、そない書いた。


 先生は、集め終わったそれをパラパラめくって、うちの感想文のとこで手ぇ停めた。


「佐藤。誉めてくれるのは嬉しいけど、先生は、コラムの感想書いて言うたんやで。ま、ええわ。で、どないな風に『いい先生』やねん?」

「そ、それは……」

 あかん、またみんなの視線が集まり始めた。

「なにを表現してもええ、せやけど、これでは小学生並みの文章や」

 ちょっとカチンときた。せやけど、教師最後の授業や。丸うおさめならあかん……あせってきた。

「先生は、どうでも……」

 あとの言葉に詰まってしもた。どうでもして、生徒に批判精神をつけてやろうと努力された、いい先生です……みたいな偽善的な言葉が浮かんでたんやけど、批判か批評かで、ちょっと考えてしもた。

「先生は、どうでも……」

 先生が、促すようにリフレインしてくる。切羽つまって言うてしもた。


「先生は、どうでも……いい先生です!」


 この言葉が誤解されて受け止められたことは言うまでもない。藤森先生は真っ赤な顔をして、憮然と授業を終わった。

 放課後、担任の毒島(ぶすじま)先生に怒られた。せやけど、言われたように謝りには行かれへんかった。


 ブスッとして帰ったら、高安の駅前で、くたびれ果てた関根先輩に会うた。


「どないしたんですか?」


 思わず聞いてしもた。心の片隅で美保先輩と別れたいう言葉を期待した。



「自衛隊の体験入隊はきついわ……」



 思わぬ答が返ってきた。



「美保は、いまお父さんが車で迎えにきはった……オレは、しばらくへたってから帰るわ」


 うちの妄想は、いっぺんに吹き飛んだ……。


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