第23話〔佐渡君……〕 

高安女子高生物語・23

〔佐渡君……〕        



 今日は休日。


 何の休日?……建国記念の日。カレンダー見て分かった。英語で言うたらインディペンスデー。昔観たテレビでそういうタイトルの映画やってたんで、うちの乏しい「知ってる英単語」のひとつになってる。

 建国記念というわりには、それらしい番組やってへんなあ……そう思て新聞たたんだらお母さんのスマホが鳴った。

「お母さん、スマホに電話!」

 そう叫ぶと、お母さんが物干しから降りてきた。


 で、またお祖母ちゃんの病院へ行くハメになった……。


「病院の枕は安もんで寝られへん!」


 ババンツのわがままで、布施のお祖母ちゃん御用達の店で新品の枕買うて病院に行くことになった。

 今日は、一日グータラしてよ思たのに……。



 お母さんが一人で行く言うたんやけど、途中でどんなわがまま言うてくるか分からへんので、うちも付いていく。うちがいっしょやとババンツは、あんまり無理言わへんから……言うても、インフルエンザの影響で、会えるわけやない。ナースステーションに預けておしまい。それでも「明日香といっしょに行く」いうだけで、お祖母ちゃんのご機嫌はちゃう。


 商店街で枕買うて、表通りで昼ご飯。回転寿司十二皿食べて「枕、食べてから買うたほうがよかったなあ」と、母子共々かさばる枕を恨めしげに見る。枕に罪はないねんけどなあ。

 西へ向かって歩き出すと、車の急ブレーキ、そんで人がぶつかる鈍い音!


「あ、佐渡君(S君のことです)!」


 佐渡君はボンネットに跳ね上げられてた。車はあろうことかバックして佐渡君を振り落とした!

 うちは、夢中でシャメ撮った。車は、そのまま172号線の方に逃げていきよった!

 佐渡君は、ねずみ色のフリースにチノパンで転がってた。まわりの人らはざわめいてたけど、だれも助けにいけへん。

 うちは、昨日のことが蘇った。

 どこ行くともなくふらついてた佐渡君に、うちは、よう声かけへんかった。偽善者、自己嫌悪やった。


「佐渡君、しっかりし! うちや、明日香や、佐藤明日香や!」


 気ぃついたら、駆け寄って声かけてた。



「佐藤……オレ、跳ねられたんか?」

「うん、車逃げよったけど、シャメっといたから、直ぐに捕まる。どないや、体動くか?」

「……あかん。口と目ぇしか動かへん」

「明日香、救急車呼んだから、そこのオッチャンが警察いうてくれはったし」

 お母さんが、側まで寄って言うてくれた。

「お母さん、うち佐渡君に付いてるさかい。ごめん、お祖母ちゃんとこは一人で行って」

「うん、そやけど救急車来るまでは、居てるわ。あんた、佐渡君やな。お家の電話は?」

「おばちゃん、かめへんねん。オカン忙しいよって……ちょっとショックで動かへんだけや、ちょっと横になってたら治る」

 佐渡君は、頑強に家のことは言わへんかった。


 で、結局救急車には、あたしが乗った。


「なあ、佐藤。バチ当たったんや。佐藤にもろた破魔矢、弟がオモチャにして折ってしまいよった。オレが大事に……」

「喋ったらあかん、なんや打ってるみたいやで」

「喋っといたって。意識失うたら、危ない。返事返ってこんでも喋ったって」

 救急隊員のオッチャンが言うんで、うちは、喋った。

「バチ当たったんはうちや。昨日……」

「知ってる。車に乗ってたなあ……」

「知ってたん!?」

「今のオレ、サイテーや。声なんかかけんでええんや……」

「佐渡君、あれから学校来るようになったやん。うち嬉しかった」

「嬉しかったんは……オレの方……」

「佐渡君……佐渡君! 佐渡君!」


 あたしは病院に着くまで佐渡君の名前を呼び続けた。返事は返ってこうへんかった……。


 病院で、三十分ほど待った。お医者さんが出てきた。



「佐渡君は!?」

「きみ、友だちか?」

「はい、クラスメートです。布施で、たまたま一緒やったんです」

「そうか……あんたは、もう帰りなさい」

「なんで、佐渡君は、佐渡君は、どないなったんですか!?」

「お母さんと連絡がついた。あの子のスマホから掛けたんや」

「お母さん来はるんですか?」

「あの子のことは、お母さんにしか言われへん。それに、あんたは帰って欲しいて、お母さんが言うてはるんや」

「お母さんが……」

「うん、悪いけどな」

「そ、そうですか……」


 そない言われたら、しゃあない……。


 うちは泣きながら救急の出口に向うた。



「跳ねた犯人は捕まったわ。あとで警察から事情聴取あるかもしれへんけどな」

「あ、うち住所……」

「ここ来た時に、教えてくれた。あんたがな。警察の人にもちゃんと話してたやないか」


 うちの記憶は飛んでしもてた。全然覚えてへん。うちは、救急の出口で、しばらく立ってた。


 タクシーが来て、ケバイ女の人が降りてきた。直感で佐渡君のお母さんやと感じた。

「あ……」

 言いかけて、なんにも言われへんかった。ケバイ顔の目ぇが、何にも寄せ付けへんほど怖うて、悲しさで一杯やったさかいに。


 ヘタレやさかいやない。うちの心の奥で「声かけたらあかん」という声がしてたから……。

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