第9話 布施の残り福
休みの日に家に居てるのは好きやない。
住まいとしての家には不足はあらへん。二十五坪の三階建てで、三階にあたしの六畳の部屋がある。
お母さんは、学校辞めてから、テレビドラマをレコーダーに録って、まとめて観るのが趣味。半沢直樹やら相棒やら映画を録り溜めしたのを家事の合間に観てばっかり。で、家事のほとんどは洗濯を除いて二階のリビングダイニング。
お父さんは自称作家。
ある程度名前は通ってるけど、本が売れて食べられるほどやない。共著こみで十何冊本出してるけど、みんな初版第一刷でお終い。印税は第二刷から10%。印税の割合だけは一流作家やけど、初版で終わってたら、いつまでたっても印税は入ってけえへん。劇作もやってるから上演料が、たまに入ってくるけど、たいてい高校の演劇部やさかい、高校の先生辞めてから、やっと五十万あったかどうか。で、毎日一階の和室に籠もって小説書いてはブログで流してる。どうせお金になれへんねんやったら、この方が読者が付く言うて。
お父さんは、去年還暦やった。
見果てぬ夢いうたらかっこええけど、どことなく人生からエスケープしてるような気ぃがする。せやから、先生辞めてから五年にもなるいうのに、精神科通うて薬もろてる。まあ、両親のことは他でも言うとこあるさかい、あたしに関わるとこだけ言う。
あたしは、たった三人の家族がバラバラなんがシンキクサイ。まさか家庭崩壊するとこまではいけへんやろけど、家庭としての空気が希薄や。
で、あたしは用事を作っては外に出る。明日と明後日はクラブの稽古がある。取りあえず今日一日や……で、布施のエベッサンに行くことにした。
大阪のエベッサン言うたら今宮戎やけど、あそこは定期では行かれへん。よう知らんし、知らんとこいうのは怖いとこと同じ意味。あたしは、基本的には臆病な子。
それに、もう一つ目的がある。けど、今は、まだナイショ。
休日ダイヤの電車て、あんまり乗れへんよって、高安で準急に乗り損ねて各停。山本で一本、弥刀で二本通過待ちして二十分かかって布施へ。
八尾よりショボイけど、布施も堂々たる都会。まあ、高安を基準に考えたら、たいていのとこが都会。
で、今日は人出がハンパやない。駅の階段降りたとたんにベビーカステラやらタコ焼きの匂いがしてくる。露店に沿って歩いてみたかったけど、いったん別のとこにハマってしまうと、本来の道に戻られへん性格。せやから、脇目もふらんと布施のエベッサンを目指す。
商売繁盛で笹持ってこい 日本一のエベッサン 買うて買うて福買うて~
歌うような招き文句に釣られて商店街の中へ、小さな宝石店のところで東に曲がると布施のエベッサン。
まずは、手水舎(ちょうずや)で作法通り左手から洗い、右手、口をすすいで拝殿へ。気ぃつくとたいがいの人が、手ぇも洗わんと行ってしまう。あたしはお母さんから躾られてるんで、そのへんは意外に律儀。お賽銭投げて、まずは感謝。いろいろ不満はあるけど感謝。これもお母さんからの伝授。それから願い事。芸文祭の芝居が上手いこといきますように、それから……あとはナイショ。
それから、熊手は高いんで千円の鏑矢を買う。これがあとで……フフフ、ナイショ!
福娘のネエチャンは三人いてるけど、みんなそれぞれちゃう個性で、美人から可愛いまで揃ってる。こんなふうに生まれついたら人生楽しいやろなあと思う。
ふと、馬場さんに「モデルになってくれないか」言われたんを思い出す。あたしも捨てたもんやないと思う。同時に宝石店のウィンドに写る自分が見える。ふと岸田 劉生の麗子像を思い浮かぶ。
――モデルはベッピンとは限らんなあ……――
そう思って落ち込む。
北に向かって歩いていると、ベビーカステラの露店の中で座ってるS君に気づく。学校休んで、こんなことしてんねんや……目ぇが死んでる。
「佐渡君……」
後先考えんと声をかけてしもた。
「佐藤……」
こんな時に「学校おいで」は逆効果や。
「元気そうやん……思たより」
佐渡君は、なに言うたらわからんようで、目を泳がせた。あとの言葉が出てこうへん。濁った後悔が胸にせきあがってきた。
「これ、あげる。佐渡君に運が来るように!」
買うたばっかりの鏑矢を佐渡君に渡すと、あたしは駆け出した。近鉄の高架をくぐって北へ。あとは足が覚えてた。
「ええやんか、たまには他人様に福分けたげんのんも」
事情を説明したら、お婆ちゃんは、そない言うてくれた。
「かんにん、お婆ちゃん」
「なんや世も末いうような顔してたから明日香になにかあったんちゃうかと心配になったで」
「たまにしか来えへんのに、世も末でかんにん」
「まあ、ええがな。明日香、案外商売人に向いてるかもしれへんで」
「なんで?」
「ここやいうときに、人に情けかけられるのは、商売人の条件や」
お婆ちゃんは、お祖父ちゃんが生きてる頃までは、数珠屋を構えて商売してた。子どもがうちのお母さんと伯母ちゃんの二人で、結婚が遅かったから、店はたたんでしもたけど、根性は商売人。
「ほら、お婆ちゃんからの福笹や」
お婆ちゃんは諭吉を一枚くれた。
「なんで……」
「顔見せてくれたし、ええ話聞かせてくれたさかいな」
年寄りの気持ちは、よう分からへんけど、今日のあたしは、結果的にはええことしたみたい。
チンチンチン
「これ」
景気づけにお仏壇の鈴(りん)三回叩いたら、怒られた。
ものには程というもんがあることを覚えた一日やった。
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