第7話〔ドリーム カム スルー〕
高安女子高生物語・7
〔ドリーム カム スルー〕
ここのとこ、我が町高安はちょっとした新築ブーム。
あたしの中高安町らへんも、築二十年ちょっとぐらいの家に足場が組まれて、外壁の塗装工事かと思たら、解体。更地になった明くる日には、もう新築工事にかかってるようなとこが、あっちこっちにある。消費税のさらなる引き上げを見越した駆け込み需要かは、ようわからへん。けど、庶民のドリーム カム トゥルーやねんやろなあ。
高安だけかと思たら、電車の窓から見えるあちこちで似たような工事をやってることに気ぃついた。
車窓から見える都心が日ごとに変わってていくのは楽しみやけど、自分の身の回りの景色が変わっていくのは寂しい。
新学期が始まった今日は、中学生やら小学生も道でいっしょになったけど、子どもは新築が他人事ながら楽しいみたい。あるいは、そないやって建て替わっていくのが当たり前いうような顔で歩いてる。
あたしは、まだ十六歳やけど、変化にはついていかれへん。
高安のホームで、関根先輩を見かけてしもた。
ちょうど通学のラッシュ時で、ホームは高校生で一杯。
当然その半分が女子高生で、その子らが、みんな関根先輩のこと見てるような気がする。そこに田辺美保なんかが来たら、精神の平衡が保たれへん。せやから、ちょっと車両を外す。関根先輩が隣の車両に居てるの分かってるから、どうしても意識がそっちに行ってしまう。それで外の景色を見てしもて、さっき言うたみたいに、あちこちで新築工事やってるのに気がついた。
三学期の始まりは、冬休みが短いせいもあって、一学期の新鮮さも、二学期のうんざり感もない。
ああ、始まったんやなあ……それだけ。
学校には、クラブの稽古で二日前から来てる。稽古は始まってしもたら……まあ、まな板の鯉。と、言うときます。ほんまは頭打ってるねんけど、今日は、それには触れません。
体育館で、寒いなか校長先生を始め生指部長、進路部長の先生のおもんない話と諸連絡。
話いうのは、エロキューション、つまり滑舌と発声。それとプレゼンテーション能力。演劇部やってると、先生らのヘタクソなんがよう分かる。音域の幅が狭うて、リズムがない。つまり声が大きいだけ。終わってホームルームかと思たら、保健部長のオッサンが最後に出てきた。
「今から、大掃除やります!」
七百人近い生徒のため息。
ため息も、それだけ揃うと迫力。なんや体育館の床が瞬間揺れたような気がした。オッサンはびくともせんと大掃除の割り振りを言う、ただ一言。
「教室と、いつもの清掃区域!」
わたしは思た。大掃除やるんやったら、つまらん話なんかせんと、チャッチャとやらせて、ホームルームやって、さっさと終わって欲しかった。
だれですか、お前らもう終わってるて……?
あたしらは、学校の北側校舎の外周。下足に履き替えならあかん。
下足のロッカー開けて……びっくりした。来たときには入ってなかった封筒が入ってた。
直感で男の手紙やと思た!
すぐにポケットにしもて、校舎の北側へ。掃除するふりして、薮に隠れて手紙を読んだ。
――放課後、美術室で待ってます。一時まで待って来なければ、それが返事だと諦めます――
最後にイニシャルでHBと書いてある。一瞬で頭をめぐらせて、そのシャーペンの芯みたいなイニシャルの男を考える。クラスにはおらへん……あたしも捨てたもんやないなあ。一瞬関根先輩の影が薄なった。
ホームルームが終わると、あたしは意識的に何気ない風にして、美術室へ行った。
美術教室は、ドアに丸窓があって、そこから小さく中が見える。そこから見た限り人影は見えへん。
ちょっと早よ来すぎたかなあ……そう思て、こっそりとドアを開けた。
「あ……!」
思わず声が出てしもた。
そこには、美術部のプリンスと、その名も高い馬場さんが居てた。
ほんで目ぇが合うてしもた!
馬場さんは、三年の始めに東京から転校してきたという珍しい人で、絵ぇも上手いし、チョーが三つぐらいつくイケメン。どないくらいイケメンか言うと、イケメン過ぎて、誰も声掛けられへんくらいイケメン。声かけるんはモデルのスカウトマンぐらいのもん。
その馬場さんが声を掛けてきた。
「なにか用?」
「あ、あ、あ……」
声聞いただけで、逃げ出してしまいそうになった。
「あ、その手紙!?」
やっぱり、手紙の主は馬場さんやった! で、次の言葉で空が落ちてきた。
「間違えて入れちゃった……オレ、増田さんのロッカーに入れたつもり……ごめん!」
増田いうのんは、あたしのちょうど横。NNBの選抜に入っていてもおかしないくらいかいらしい子。今の段階では、なんの関係もないので、詳しいことは言いません。
「増田さんが趣味やったんですか!?」
「あ、絵のモデルとしてだけど……」
と、言いながら、馬場さんは、あたしの姿を上から下まで観察した。なんや服を通して裸を見られてるみたいで恥ずかしい。
「失礼しました! あたしクラブあるよって、失礼します!」
あたしは、いたたまれんようになって、その場から逃げた。
あたしのドリームは、こうやってカムスルーしていく……。
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