第4話〔稽古始めは電車の中で〕 

高安女子高生物語・4


〔稽古始めは電車の中で〕 





 昨日から定期で電車に乗ってる。


 と言うても、学校へ行くわけとちゃう。台詞を覚えるため。

 先月の27日に台本もろてから、ろくに読んでない。稽古は5日から始まる。せめて半分は覚えとかなら申し訳ない。


 台本を覚えるというのは、稽古中にやってるようではあかん。稽古は台本が頭に入ってることが前提や。


 一つは、去年のコンクールでの経験。台詞の覚えが遅かったんで、100%自信のある芝居にはなってなかった。去年の「その火を飛び越えて」は南風先生の創作で、初演は、なんと八月のお盆の頃。塚口のピノキオ演劇祭が最初。

 コンクールは十一月が本番やから台詞はバッチリ……と、いいたいけど。創作劇だけあって書き直しが多い。南風先生も忙しいんで、なかなか決定稿になれへん。

 で、できたんが十月の中間テストの後。


 なんと台詞の半分が新しなってしもてオタオタ。


 行き帰りの電車の中と、授業が始まるまでの廊下の隅やら、昼休み食堂でお昼食べながら覚えたけど。なんとか入ったいう程度。当たり前には入ったけど、身にしみこむいう程や無い。

 台詞いうのは、算数の九九と同じくらいどこからでも自動的に言えるようにしとかんと、解釈やら演技が変わったら出てこうへんようになる。


 う~ん、歌覚えるように覚えたらあかん。メロディーといっしょやなかったら歌詞が出てけえへんかったり、最初から歌わなら途中の歌詞が出てこうへんようやったらあかん。


 覚えた台詞は、一回忘れて、その上に刷り込んで、自動的に出るようにせなあかん。つまり算数の九九みたいに。これは、経験と……あとは、もう一個。別の機会に言います。

 コンクールは、そこそこの出来やったけど、あの浦島に文句つけられるような弱さはあったんやと思う。難しい言い方で『役の肉体化』が出来てへんかった。ヘヘ、難しいこと知ってるでしょ。あたしは、そんじょそこらの演劇部員やないという自負はある。


 その割には、五日間も台本読まんと正月気分に流されてしもて反省。     


 で、昨日から電車に乗って台詞覚えてる。

 

 駅前のコンビニでパンとおにぎり買うて、電車に乗る。

 準急で榛原まで行って、榛原から、上六行きの準急に乗って戻ってくる。上六のホームでお昼にして、また榛原まで行って高安へ戻ってくる。

 これで、だいたい半分入る。

 うる覚えやけど。

 で、ぶつぶつ台詞を喋りながら高安銀座を外環まで歩いて、詰まったら、台本開けて確認。外環沿いに北に歩く。スシローまで来たら五月橋の方に向かって西へ。恩地川渡って川沿いを歩くころには、なんとか一本通せた。


「あたしのやっつけも大したもんや!」


 せやけど、これはテスト前の一夜漬けといっしょ。ちょっとしたことで飛んでしまう。


 恩地川沿いを歩いてたら、関根さんに会うてしもた。


 関根さんは中学の先輩。


 軽音やってて、勉強もできるし、スポーツも万能。高校は、うちの学校の近所の美章園高校。うちの中学からは二人しか行かれへんかった府立の名門校。あたしは卒業式の日に必死のパッチで「第二ボタンください!」をかました。


 その関根さんとバッタリ会うてしもた。心の準備もなんにもなしに……。


「おう、佐藤、アケオメ。正月そうそう散歩か」

「あ、あ、あけましておめでと……」

 そこまで言うと。

「せや、自分とこお婆ちゃん亡くならはってんやったな。喪中にすまんかった」

 なんという優しさ。孫のあたしが年末まで忘れてたこと覚えててくれはった。感激と自己嫌悪。

「あ、あの……」

 次の言葉が出てこないでいると、横の道から真田山高校にいってる田辺美保先輩が来る。

「おまたせ、セッキー!」

 田辺さんは関根さんと同期のベッピンさん。あたしよりカイラシイ。せやからニクタラシイ!

「ほな、いこか?」

 関根さんは、軽く手で挨拶していってくれたけど、田辺さんは完全シカト!


――佐藤明日香なんか、道ばたの石ころ――


 そんな感じで行ってしもた。くそ! 外環のどこかのファミレスでディナーデートか、遠回りして山本八幡に初詣えええ!?


 そんなん思てたら、台詞みんな飛んでしもた!      


 で、今朝は、上六まで出て名張桔梗が丘行きの快速二往復。帰りは山本で降りて、玉串川沿いを歩いて家に帰る。

 今年は、正月の三日目から、ショボイ一年の予感。   


 初稽古まで、あと二日……。

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