第2話 こんなもんです大晦日

高安女子高生物語・2


〔こんなもんです大晦日〕           





 夕べのレコード大賞は法円坂46『シンクロにしてぇ!』


 二年連続!?


 まあ来年はないやろし、AKBでも三年連続はなかったし。『シンクロにしてぇ!』と言うのはシンクロニシティのモジリに違いなく、そのシンクロニシティはユングの提唱した言葉で「共時性原理」という意味らしいねんんけど、この意味がよう分からへん。ググると「意味のある偶然の一致」やそうで、なんか女子高生が好みそうなフレーズやね。 

 わたしと人生シンクロしてくれるオトコが現れたらねえ……これは願望。


 高校生をあなどったら、あきまへん。


 浪花高等学校演劇連盟のコンクールは、もっとひどい。

 信じられへんことに審査基準が無い。審査員の主観という名の好き嫌いで決まってしまう。

 うちのOGH高校の演劇部は、自分で言うのもなんやけどレベルは高い。過去三年間地区大会一等賞。で、本選では落ちてくる……その程度には。

 今年は『その火を飛び越えて』という南風先生の本をやった。いつも通り「すごいわ!」「やっぱ、勝たれへんわ!」などの歓声が上演後におこった。美咲なんかは「先生、本選は土曜日獲得してくださいね。うち、日曜は検定やさかい!」と、早手回しに息巻いてた。

 上演後の講評会でも、審査員は「演技が上手い」「安心して観ていられる」などと誉めちぎってくれたけど、審査発表では二等賞やった。

 会場が一瞬「なにかの間違い?」というような空気になった。

 一等賞は、府立平岡高校やった。せやけど、歓声も拍手も起こらへん。当の平岡の生徒たちも信じられへん顔をしてた。瞬間、会場はお通夜のようになってしもた。


 柳先輩が、パンフを見たときの言葉が浮かんだ。


「チ、審査員、浦島太郎やんけ……!」


 ちなみに柳先輩は、身長160センチのベッピンさんで、けして柄の悪いニイチャンとちゃう。

 そのベッピン柳先輩をしてニクテイを言わしめるほどに、劇団大阪パラダイスの浦島太郎は評判が悪い。一昨年の本選で、当時は統合前やった鳥ヶ辻高校の作品を『現代性を感じない』とバッサリ切った前科がある。現代性が尺度なら古典はおろか、バブル時代の本かてでけへん。

 問題は、いかに作品の中に人間を描きだすか。わたし的にはオモロイ芝居にするかが尺度である。


 浦島太郎は、こんなことも言うた。


「二年前もそうやったけど、なんで、今時こんな芝居するかなあ。バブルの時代の話しでしょ。それも不景気な大阪を舞台にして大阪弁でやんのん?」

 柳先輩、武藤先輩は、こう呟いた。

「あの芝居は東京が舞台で、東京弁で演った芝居やねんけど……」

 それだけ軽く見ているっちゅうか、思いこみの強いオッサンなのである。

 ちなみに浦島太郎というのはキンタローと同様に験担ぎの芸名。幼稚園の生活発表会で浦島太郎の役をやって当たったんで、そのまんまで、やっている。

 もっとも当たったのは、その日の弁当の食中毒で、本人はシャレのつもりでいてる。名前から来るマイナーなイメージには頓着してない……ところが、この人らしい。


 我が第六地区には、生徒の実行委員が選ぶ地区賞というのがある。


 我がOGH高校は金賞をもらった。通称「コンチクショウ」という。まさに字ぃの通り。

 平岡高校は銅賞にも入らへんかった。

「どうしようもないな」

 そう言ったら、南風先生に「アスカ言い過ぎ!」と怒られた。


 腹の納まらんあたしらは「アドバイスをいただきたい」ということで、浦島太郎を学校にお招きした。


 一応相手は、プロで大人やさかい、礼は尽くした。

「先生の審査の柱は?」「わたしたちに高校演劇として欠けているものは?」「演出の課題は?」「どうやったら先輩たちのように上手くなれるんでしょう?」「高校演劇のありようは?」「道具の使い方のポイントは?」

 浦島太郎は「道具を含むミザンセーヌのあり方が……」「演出の不在を感じた」「エロキューションはうちの劇団員よりいい。でも、それだけではね」などと言語明瞭意味不明なことを述べ、あたしらは、ただ「恐れ入る」ということを主題に演技した。


 あたしは思た。アカンと思ったら落とすための理由を審査員は探す。イケテルと思たら上げるための理由を探す。審査基準が無いためのダブルスタンダードの弊害や。


 西郷先輩が、帰りの電車で浦島太郎のオッサンといっしょになった。

「いやあ、君たちのような高校生といっしょに芝居がしたいもんだ」

 西郷先輩は、そのままメールでみんなに知らせてくれた。


――どの口で言うとんねん。ですわ!――


 あたしは、そない返した。

 なんか、がんばらなアカンという気持ちになって台本を読む。


「言いたないけどな、明日香、いつになったら部屋片づけのん!?」

 お母さんの堪忍袋の緒が切れた。

「あ、今やろ思てたとこ」

 白々しくお片づけの真似事を始める。

「今から、そんなんせんとって。ゴミ収集が来るのは五日やで!」

 大人の言うことは理不尽や。

「買い物行ってきて。これリスト」

「ええ、生協で買うたんちゃうのん!?」

「それでもいろいろ漏れるのん。それが年末いうもんや。さっさとせんと昼ご飯ないで!」

 あたしは、玄関でポニーテールが決まっていることだけを確認。

「よし!」


 ほんで、外環状のホームセンターと近所のスーパーをチャリンコで回った。


「ええ……ディスクのRWに電池、ベランダ用ツッカケ……たかが三が日のために、年寄りの正月はたいそうやなあ」


 そう思いながら、大事なものが抜けていることに気いついた。しめ縄がない。

 で、気を利かして1000円のしめ縄を買うた。


「明日香、アホか。うちは喪中でしめ縄なんかでけへんやろ」


 お母さんははっきり口に出して、お父さんは背中で非難した。

 そうや、この七月にお婆ちゃん(お父さんのオカン)が亡くなったんやった……。


 自己嫌悪で締めくくった大晦日やった。

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