夕日と共に靡く風

日々ひなた

夕日と共に靡く風

 焼け落ちた建物、薄暗い空、生物の気配一つ無い寂しい荒野。そして無数に朽ちた建造物の間から顔を出す太陽は不気味に黒光りした海だったものへ沈む。赤と紫に染まった夕空を僕は一人眺めていた。今すぐにではない、しかしきっと近い内に滅ぶこの世界で。


 僕らの生きている世界はじきに終わる。余りにも汚れてしまったこの世界に命は宿らない。海や陸だけでなく空や宇宙でさえも僕らを壊すもので満たされてしまっているからだ。


 哀れな生き物は無慈悲に終わらせられ、残忍な僕らは自分達だけ生きようとした。外界から隔絶された高い塔、地球の奥底まで繋がった大穴、永遠に潜り続ける巨大な船。


 けれど逃げることは出来なかった。地球は僕らを守り育む事を辞め、ひたすら無慈悲にとどめを刺しにきた。次第に僕らの仲間は謎の病に狂い倒れ、子供は何か大切なものが欠けて産まれるようになった。鳴き声一つ上げずに気が付くと灰になっていた。荒んだ心は僕らに絶望をもたらし、いつの間にか僕らは足掻く事が億劫になっていた。


 その結果がこの悲しい風景なのだ。周りの環境は全てが毒で満たされた。新しいものは生まれず過去の遺産がただただ朽ちていく寂しい世界へと変わっていった。


 今の景色に過去の栄光を見るのか、現状を見て狂気と化した精神をさらに狂わせるのかは分からない。だが僕は少なくとも悪い気分では無い。ややヤケクソな気もするが清々しいと思うのだ。


 錆に塗れ、赤茶けたあの塔であった名残りを見るたびにどこか落ち着く。崩れ落ちて見る影もないあの没落の象徴が僕には美しく見えるのだ。無機的な世界を彩るある種のオブジェであるみたいだ。壊れたものに価値を見出し、こともあろうに美しいとさえほざく僕の頭もきっと世界の汚れに毒されているに違いない。


 でも僕は自分を疑わない。儚さと栄光の残渣であるあの塔は美しいのだ。照りかえる夕暮れの日差しが僕の目に届き、心をグラグラと沸き立たせている。


 もう少し遠くを見ると太陽の沈む先の海がぼんやりとだが見える。子供の頃に習った話では海はしょっぱくて、数えきれない程の生き物に溢れた巨大なプールだと聞いた。この遠さだからはっきりとは言えないがあそこにあるのはゴールを失った方舟の残骸と汚れに塗れた漆黒のドロリとした液体だけなのだ。


 舐めようものなら世界から物理的に排除されるに決まっている。そんな得体のしれぬものも、太陽が沈む場所だと考えると案外悪くない。太陽が二度と昇って来ないのではないかというほど重たいイメージを持った海ではあるが、それはそれで良い。


 いっその事こんな世界なんて日の当たる価値すら無い。終わりはまだなのかと無意識にあの海に期待する僕がいるが、結局明日も世界をぼんやり薄暗く照らすのだろう。


 そうこうしている内に日がどんどん下がっていった。心なしか目もチカチカしてきた。気がつくと防護服のアラームが規則的に鳴っていた。酸素が足りなくなったらしいがここを終着点と決めていた僕にはただただ煩わしいだけだった。


 もうあの死の広がった穴倉へは戻らない。縮こまって自分の命を少しでも伸ばす輩には淀んだ時間が少しずつ苦痛を与えるだけなのだと分かっている。しかもその終わりは自分の想像の範疇を超えていつ訪れるかも分からない。それならいっそ大切な場所で幕を降ろしたかった。


 そろそろ立っているのがしんどくなってきたので僕は隣の墓標に寄り添うようもたれかかった。石の表面は黒ずみ文字などとうてい読めまい。それでも中央にはまっている鈍色の大きい輪っかと小さくくすんだ小瓶が他の誰でもない君達なのだとすぐ分かる。こういう時のため奮発した甲斐があったと僕は少し微笑んだ。


 いい加減警報が耳障りだったのでようやく僕はマスクを外した。頬を撫でる初めての風は生温く少し砂混じりでむず痒かった。思い切り吸った空気は酷く苦く、ほんのり鉄錆の味がした。途端に視界が急激に歪む。息を吸おうとするが肺に酸素が入らない。既に滅ぶ運命の星と一体化したからには僕が生き残る道は存在しない。僕は今絶望の袋小路に在る。


 だが世界の終わりは自分でつける。次第に暗く黒くなる視界の奥に僕は違う世界を見た気がした。これがよく本で語られる走馬灯とかいう奴なのだろう。楽しかった事より悲しかったことの方が多い人生ではあったが確かにこれは僕の生きた世界だとはっきり理解出来た。そしてなによりも大切なものの隣で僕は自分の世界に終わりを告げた。


ありがとう。

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夕日と共に靡く風 日々ひなた @tairasat9

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