第15話 和口翔太
月日というものは残酷にも速く進んでいるようだった。だからといって、個展の日をだるいとは微塵も思っていない。だが、3人で行く筈が4人に増えているのが少し気掛かりだが。
「なんで、お前がいるんだ。」
個展会場へと向かう道中、隣にいる鴨川に言った。
「あぁ、希望ちゃんに聞いたらOKが出た。」
鴨川はスマホを片手に淡々と答えた。まさか、鴨川が行きたいと言い出した時はびっくりした。そういうタイプとは思わなかった。
「駄目だった?」
この前の鴨川デートがあれば、希望の声が一段と新鮮に感じた。
「いや、大丈夫だよ。只さ、急だったから。」
「申し訳ないね。希望ちゃんを責めんでやってくれ。」
相変わらずスマホから手を離さず何か調べているようだった。全く悪びれている様子も無く、勝手に口が動いたと言わんばかりの態度だ。よし、今日は放っておこう。鴨川は勝手に一人で楽しめるような人間だ。
もう1人一緒に行く友人、理々果は知らぬ男と歩いているのか少し強張っていた。大して気にはならないが、そこまで強張らせる相手でもないのだが。この言葉は親しくしている万尾の言葉であり、きっと初対面の理々果には理解し難いことだろう。
今日は鴨川デートかっら何週か越しての休日であり、皆私腹を着ていた。制服のときとは違い気持ちの問題なのかそれぞれの足音が違う音に聞こえていた。鴨川に関しては何も感じなかった。
「楽しみだね、今日。」
希望が俺を見上げながら胸を躍らせた。そんな中、後ろで理々果と鴨川が肩を並べて歩いている。二人とも口を聞いていない。
「そうだな。和口さん、どんな人なんだろうか。」
「前にも言ったことあるけど、『超』が付く程の変人よ。」
後ろから理々果が口を挟む。きっと、鴨川と肩を並べて歩く緊張感に耐えられなかったのだろう。俺と希望の間に体を乗り出した。鴨川はスマホを閉まって、向こうのビル群などを遠巻きに眺めていた。
歩いているうちに目的地の個展会場に着いた。さすがでかい会場なだけあって迫力がある。入口をくぐり中へと進む。前売り券は買っていなかったので、チケット売り場で当日券を4枚買う。チケットが渡され左へと誘導される。俺が先導し3人が後ろに付いてきた。会場の受付前で各自にチケットを渡した。受付に版権を切ってもらった。いよいよ、だ。俺が胸を躍らせながら、個展会場へと足を踏み入れた。
中には一歩踏み出せばそこには圧倒されるものだった。
各ブースには説明書きなどが設置されていて、どういう経緯でその作品が作られたのか、どういう考えの元作られたのかを事細かに記載されていた。
作品スペースは主に3つに別れ、絵画いわゆる二次元表現、立体などの三次元表現、そして映像などの表現であった。今回の個展では絵画が大半を占めているという話であった。僕にとっては好都合だった。
みんなから先導し、一人早歩き、前のめりになりながら作品を見た。
やはり、和口翔太の作品はどことなく狂気じみている感じがした。内側から人間の何かを生み出すか、それとも殺すかの二択にしか思えない。テーマは「再生」がテーマであるためか、幾分か明るいトーンの絵が多かったが、それでもその中にあるどぎつい影や陰に身を落とさずにいられなかった。
どれも眼球から奪われるもので何より僕のもつ狂気と俺の持つ芸術家としての興奮がそうさせているに違いなかった。地面を踏むならす度、俺たちは夢中になっていた。
夢中いなり続け、ついには映像の世界に身を投じた。
そこは、三次元に展開された映像であった。空中に糸を引く玉みたいなものが動いている。激しい、鮮やかな光源と静かに沈み行く闇の中どこか親近感を湧かずにはいられなかった。
暗怪か店内を回っていたら、一つの作品の間で和口翔太――本人が立っていた。茫然と作品を見ており、体一つ動かしていなかった。本人を前に祖全と緊張が高まった。
「あれが、和口翔太か。」
白髪頭の僕が視界に入って来た。僕は作品を舐める様に見ながら「よくわからないないな。」と呟いた。
「芸術家というものは傲慢だな。自分の世界を押し付けてきやがる。」
鋭い目つきで作品を深く覗きながら毒づいた。
「よせ。押し付けじゃない。」
「押し付けだよ。考えてもみろ、評価を受けて素晴らしいと言われたら、どんなに下品で下手な絵でも素晴らしいとされるんだ。そんなの偉い人たちの印象操作じゃないか。もっと、価値があってワクワクするような作品が脚光を浴びるべきだ。今のアートは腐っている。」
少し怒りを感じたが、こんなところで怒るわけにもいかないので冷静を装った。しばらくして、怒りが消え、僕に近づいた。
「なんで出てきた。」
小さい声で言った。和口さんとの距離はさっきよりも近くなっており、声が聞こえるのではないかと思った。だが、思いとは裏腹にまだ作品の前に立っており、足を動かす様子も無かった。
「別にいいじゃないか。僕もアートに触れたいんだ。だから、少しほっといてくれ。大丈夫、希望ちゃんを襲ったりしないから。説得力は無いと思うが信じてくれ。」
犯罪者の言葉とは打って変わって人間としての切実な願いのように感じられた。信じられない、というか信じたくない。彼を許容するということは殺しを許容することと同じであると思う。そんなことになれば、希望が危険に晒されてしまう。そんなことは避けたかった。だが、希望を殺すということは何よりも僕自身、伊藤裕翔の願いだ。これは、何よりも動いてくれぬことだろう。これだけで俺の心は憂鬱になる。
「仲いいんだね。」
音もなく隣に人影が伸びていた。見れば和口翔太だった。
「まぁ、人のいざこざに首を突っ込むことは好きじゃないが、大丈夫、ここの中は安全だから、その子自由にさせてやれば?」
軽い口調の和口さんに流されそうになる。僕と俺の間に体を滑り込ませ、僕の両肩に手を触れた。そう、触れたのだ。
「まぁ、ゆっくり楽しんでくれ。後で、帰るとき声を掛けよう。ほんじゃ、いってらっしゃ~い。」
そうして僕の背中を押された。気が進まないのかいきなり話しかけられびっくりしているのか、驚きの目で和口さんを見ていた。だが、それもしばらくしたら消え一人歩いて行った。別れ際、不審な顔をしていたのが印象に残る。
「さぁ、おしゃべりでもしようか。芸術家さん。」
体が反射的に震えた。この人は一体、何を言ったのか。
「は、はい?」
初対面の人に嘗めた口調をききたくないが、焦燥がより拍車をかけ聞かずにはいられなかった。何故、焦っているのか分からなかったが。
「あぁ、あれ君だろ。」
笑いながら、和口は言った。
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