睡魔さんの質問
仕事が終わったところだったから、ってわけじゃないけど、あたしは景くんの誘いを受けた。って言っても、特になにかをするわけでもなく、単に二人で九份を歩いて見て回っただけだった。景くんはずっと周りを興味深そうに見回していた。目えキラッキラさせながら。
「これ綺麗ですね!」とか「あれなんなんですかね?」とか何度か景くんはあたしに話を振ったけど、あたしは「あー、そだね」とか「さあー、なんだろうね」とかマグロな返事をするだけだった。
エロい夢を見るわけでもない、それどころか世界の絶景を見たり、映画やアニメを楽しむだけにあたしの能力を使い、それどころか、悪魔であるあたしを観光に誘う。悪魔のあたしが言うのもなんだけど、景くんはかなり『奇妙』な人間だった。本当一体どういうつもりなんだろう……
ま、まさか……?
あたしか? あたしそのものが狙いなのか? 人外フェチなのか?
だとすれば人間向けのエロを求めてないことも、こうしてあたしを誘ったことも納得だけど……マジで? こういうのが好きなん? 人って見かけによらないなあ……。
でもごめんね……あたし人間には興味ないんだ。男はツノの大きさで決まると思ってるし。淫魔みたいな商売もしてないし、景くんの期待に沿うことはできないや。
悲しませちゃうかな……でも、もし無理やりコトに及ぼうとした時はこっちも容赦しない。悪魔と人間の格の違いってやつを……。
「睡魔さん!」
「やろうってのか!」
あたしはとっさに臨戦態勢に入ったが、景くんは「はい?」と目を点にした。完全にあたしの一人相撲だったようだ。
「ご、ごめん。どしたの?」
「見てくださいよ。すごいですよこの夜景!」
いつのまにかあたしたちは高台に来ていたようだ。眼下には見事な夜景が広がっている。まるで夜空の星が大地に注がれたかのようだった。
夜景なんて毎晩見てるけど、こんなシチュエーションで見るのは初めてだった。ふーん、なかなかいいもんだな。
あたしは思い出した。そうか、あたしの能力ってこういう綺麗なものだって作れるんだよな。罵倒してくれる幼女とか巨乳で半裸のチャンネーだけじゃないんだよな。人間の後ろめたい欲望を叶えるだけがあたしの力じゃないんだ。
あたしは隣の景くんを見る。ウユニ塩湖を見たときのように、景くんは目を見開いて目の前の光景を眺めていた。その瞳には夜景が反射してやはりキラッキラ輝いている。
彼は本当に、ただ
その時、唐突にぐう〜っという音が鳴った。景くんだった。
「あ……すいません。なんかお腹空いちゃって……」
景くんは恥ずかしそうに頭をかいた。
「あそこにレストランがあるみたいですし、良かったら一緒になにか食べませんか?」
「あたしでいいならお供するよ」
zzz
香辛料の香りが漂う騒がしいレストランのテーブルの一つに、あたしたちは向かい合って座った。それと同時に、景くんの前に料理が置かれた。湯気が立ち昇るそれは、海鮮系のスープのようだ。
「まだ何も言ってないのに……」
「忘れた? ここは君の夢の中なんだから君が望んだものはすぐに出てくるよ。このレストランだって、景くんが何か食べたいなあ、って思ってたから現れたんだよ」
「……本当に凄いですよね、睡魔さんの力」
「へっ、よせよ。褒めても何にも出ないよ?」
あたしは炒飯を注文した。すぐに出てきた。
「あの、睡魔さん。ひとつ質問してもいいですか?」
「ん? なに?」
あたしは炒飯を口に運びながら聞き返す。うっま。うっめえなコレ。
「なんで目を隠してるんですか?」
「今更?」
「ずっと気になってて……どうしてなんですか?」
「……」
あたしは両目を黒い布で覆って隠している。悪魔同士の時は取ることもあるけど人間に対する時は必ず着けている。理由は単純で、あたしの目はキモいのだ。
あたしの目はヤギのように瞳孔が横に伸びている。悪魔にはままある目だけど、人間にとっては不安を感じるらしい。だからあたしは仕事で人間に接するときは、基本的に目を隠すことにしたのだ。ちなみにあたしからはサングラスみたいに透けて見えてる。
「……別に大した意味はないよ。ファッションっていうか、キャラ作りみたいなもんさ」
「見せてもらうことってできます?」
「えっ……見たいの?」
「すいません。ダメならいいんです。ちょっと気になって」
「別にダメじゃないけど……びっくりしないでね」
あたしは後頭部の結び目を解いた。人間に自分の目を見せるのは随分久しぶりだった。
『なんだその目? 気持ちわり。やっぱバケモンなんだな、あんた』
胸糞悪いことを思い出してしまった。あたしがこの仕事を始めてすぐの時に出会ったこのクソ野郎はヘラヘラ笑いながらこう言った。あたしが人間相手に目を隠すようになったのはそれ以来だった。
布を取ってあたしは景くんに両目を晒す。同時にあたしの心を後悔が襲った。景くんに気持ち悪がられたらどうしよう。
……いや、仮にそうなったとしてそれがなんだ? もう契約は取れてるんだからいいじゃないじゃないか。あたしは何を恐れているんだ?
「へえ、かわいいですね」
景くんは、そう言った。
「え……?」
「僕、この間夢の中でカエルを見たんですけど、それに似ててかわいいと思います。隠さない方がいいんじゃないですか?」
「カエルって……」
「あ、す、すいません! 僕まだ『かわいい』ってどういうことかよくわかんなくて……失礼なことを言ってしまいましたか?」
まあ確かに人間の女子はなんでも『かわいい』って言うけどさ……
「失礼なんかじゃないよ。ありがとう」
景くんはホッとしたような顔をして、また料理を食べ始めた。
やっぱこの子、人外フェチなんじゃないの? あたしの目をかわいいだなんて。でも、あたしはどうしてこんなに嬉しいんだろう? 勝手に口元がにやけるのはなぜだろう?
「ねえ、あたしも質問していい?」
それを景くんに悟られないようにあたしは口を開いた。
「何ですか?」
「なんでわざわざあたしを誘ったの? 望んだ人は誰でも夢の中に現れるのに」
「ん〜……でも、僕が夢の中で作った人は現実の人とは違うんですよね?」
「まあそうだね。本人そっくりのアンドロイドみたいなもんだね」
「だから、それよりは本物の人と一緒に観光したかったんです」
あたしは『人』じゃないけどね。と言おうと思ったその時、騒がしかったレストランもテーブルも料理も消えて無くなった。いつもの白い世界に戻った。
「あ……」
「時間、だね」
「そうみたいですね。でも見たいものは見れたので良かったです」
「もういいの?」
「はい。こんな時間に付き合わせてもらってありがとうございました」
「いいよ。あたしも……その、楽しかったし」
「本当ですか? 良かったです!」
屈託のない笑顔で景くんは言った。
「……それも、もうやめていいよ」
「え、何をですか?」
「敬語。なんかよそよそしいじゃん。別にあたしの方が偉いわけじゃないし」
「そうですか? ……じゃあそうするよ、睡魔さん」
あたしはあれ? と思った。なんでこんなこと言ったんだろう。悪魔と人間が必要以上に馴れ合うのはどっちかと言えば避けた方がいいのに。
「……じゃあ、あたしはこれで帰るね。誘ってくれてありがとう。おやすみ」
「おやすみ。……ねえ、睡魔さん! また一緒に、観光したり映画を見たりできる?」
あたしは驚いて振り返る。
「いいよ。暇ならね」
「ありがとう! じゃあまたね!おやすみ!」
「おやすみ」
気づいたらあたしは事務所にいる。タブレットの画面には景くんの寿命が減ったことを知らせる通知が表示されていた。と言っても一時間も減ってないけど。
誰もいない事務所の中であたしは目隠しを巻き直す。
「本当に……変なやつだな、君は」
あたしはそう呟いていた。
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