睡魔さんの戦略

 

 ちょっとお時間いいですか? 簡単なアンケートです。

 もし、自分が望んだ通りの夢を見る事ができるなら、どんな夢がみたい?

 ……うん。なるほど……。

 嘘つくなエロい夢だろうが。何が「大空を飛ぶ夢」だ。淫夢が見たくて仕方ないんだろうがごまかすな。

 この仕事を始めて知ったのは、人の欲望なんて結局はみんな似たようなもん、ってことだ。「イケメン/美女になりたい」だの「アニメの主人公になりたい」だの、人によってその形は色々あるけど要するにエロいことしたい、人からちやほやされたい。この二つだ。

 あーあと最近は「気に入らない奴をギタギタにしたい」っていう奴も増えてきたかな。世相によって欲望も変わる。興味深いもんだね。

 とはいえ、あたしと契約した人間の99%以上は最終的にエロい夢を望む。人間なんて濃度が違うだけで全員変態なんじゃないかとすら思うよ。まああたしがエロ夢を見たそうにしてる奴を狙ってるってのもあるけどね。そっちの方が契約取りやすいから。

 どんな奴が淫夢を見たがってるかって? 例えば武春みたいにお世辞にもモテてるとは言えないような奴。そしてなんと言っても中高生男子! あの子達の脳内もうそれっきゃないから。社会経験の少なさ故にほいほい契約してくれるパターンも多いからね。

 さあて、今夜も楽しい労働だー。はあ……。


 zzz


 その夜、あたしはいつものように契約してくれそうな人間を探して夜の街を飛び回っていた。目についたタワーマンションにあたりをつけ、そのうちの一室に忍び込んだ。するとビンゴ。入った部屋はちょうど高校生ぐらいの男の子の寝室だった。

 あたしは部屋を見渡す。広い部屋はきっちりと片付けられていた。大きな棚が置いてあってCDがたくさん並んでる。逆に本は一冊も無い。うわ、キーボードまであんじゃん。バンドでもやってんのか? しゃらくせっ。

 ふむ、裕福な家庭の一人息子で甘やかされていると見た。ベッドの上ではまだどこか幼さの残る少年が規則正しい寝息を立てている。可愛い顔しやがって、頭の中ではどんなドスケベがうごめいているのやら。

 あたしは自分のほっぺたをパンッと叩いて気合を入れた。おし! 絶対契約取ったらあ!

 いつものように真っ白な何もない世界の夢を見せてから、あたしは少年の夢の中に侵入した。


「えっ……ええっ!?」

 白紙の世界の中心では予想通り少年が動揺していた。自分の両手や体を不思議そうにじろじろ見渡している。いやそれはいつも通りだろ。

「どうも〜こんばんは〜」

「うわっ!? なっ……!?」

 もう何万回も見たリアクションだった。あたしを初めて見た人間はまずその見た目におののく。あたしも悪魔なんで角生えてるし、ちょっと訳ありで目を布で隠している。ハロウィンじゃなければ怪しさ満点の格好だ。ひどい時にはあたしの姿を見ただけで怯えて話ができなくなる。

 フラミュみたいに人間に化けれる悪魔は、まず人間の姿で接触するらしいけど、あたしは変身できないから素材で勝負するしかない。

 この少年は驚いてはいるけどあたしを興味深く眺めている。これは充分に勝機がある! あたしは早速営業トークを始めた。

「いきなりお邪魔してごめんね。突然だけど、君、見たくない?」

「夢……?」


 zzz


「じゃあ睡魔さんは僕が見たい夢をなんでも見せてくれるんですか?」

「そーいうこと。正確にはあたしが持ってるそういう能力を貸してあげるってこと。あたしと契約すればね」

 一通りの説明を聞き終えた少年–––朝丘景あさおかけいくんは目を輝かせた。ちょっろ。

「睡魔」ってのは仕事用の源氏名みたいなもんだ。フラミュの「淫魔」と同じで悪魔はみんな持ってる。

 ところで淫魔は「夢魔」とも言うからややこしいけどあいつらは夢にだけであたしは夢そのものを操れる。こっちのが格上なんでそこんとこよろしく。

 悪魔が人間に本名を名乗らないのは、万一悪魔祓いエクソシストのオッサン共に本名が知られた場合相当厄介なことになるからだ。だから名前がバレるとそれだけで一方的に契約を破棄される恐れもある。

「景くん。ちょっと見ててみ」

 あたしは手のひらを上にして景くんの前に差し出した。瞬間、あたしの手の上に真っ赤なリンゴが出現する。

「なっ……!?」

「食べてごらん」

 あたしは景くんにリンゴを渡す。景くんは目を丸くして恐る恐るそれをかじった。

「わっ。これリンゴの味がする」

 そりゃそうだろ。なんじゃその0点の食レポは。

「味だけじゃなくて見た目も手触りも香りも本物と変わんないでしょ? このようにあたしの能力で見る夢はほとんど『実体験』と言っていい。そして今見てもらったようにの世界では行きたいと思った場所にはどこでもいけるし、欲しいと思ったものはなんでも手に入る。もちろん人も……ね」

 あたしは笑みを浮かべてほのめかす。景くんはごくりと唾を飲んだ。くくく、やはり思春期やのう。脳裏によぎったであろうゲスな妄想には触れないでおいた。

「……でも『契約』ってことはお金がいるんじゃないですか? 僕バイトとかできないし、お小遣いだけじゃ払えないと思うんですけど」

 景くんが不安そうにいった。ここが契約が取れるかどうかの山場だ。

「悪魔がお金もらってもしょうがないよ。君に払ってもらいたいのは『寿命』さ」

「寿命……!?」

 あたしの言葉に、景くんは明らかに身構えた。

「ままま落ち着いてよ、寿命っつっても10年20年もらおうってんじゃないのよ。見る夢の内容によって変わるんだけど、例えば『気になるあの子とデートする夢』を1時間で寿命1日分ね」

 景くんはまだ決めかねているようだ。あたしは畳み掛ける。

「景くん。よく考えてみ? 人間は人生の三分の一は眠ってるの。その時間を有意義に過ごしたいとは思わない? この長寿国じゃこんな代償ほぼノーリスクみたいなもんだよ? 」

「うーん……」

 景くんはまだ悩んでいる。しゃあねえ、を使う時が来たようだな。あたしはポケットから一枚の紙切れを取り出した。

「ま、そう言われてもピンとこないだろうしね。だからこのお得な『お試し券』をあげちゃおう」

「『お試し券』?」あたしが差し出した紙を、景くんは不思議そうに眺めていた。

「なんと! 今なら寿命たった30分でどんな夢でも見せてあげちゃう! これは試してみるしかないね」

 これはあたしの新しい武器だった。このあいだ、人間の商売人は新製品やサービスを売るときにまず『お試し』とか言って無料か安価で客に使わせる、そういう戦略があるという話を聞いて思いついた。

 人間も上手いこと考えるね。無料なら、とほいほい使わせて、それ無しじゃ生きられない体にしてやるってわけだ。

 自分の見たい夢が見れる。言い変えれば何でも自分の思い通りになる。一度でもその素晴らしさを知れば、いやでも契約するだろう。

「もちろん、あたしは夢を見てる間は出ていくから安心してね。こんなキャンペーン今だけだよ」

 今だけってのは嘘だが、人間たちはおしなべてこの言葉に弱いらしい。

「じゃあ……試してみます」

 もろた!

「ありがとう! どんな夢が見たい? もう能力は使えるからもちろん言いたくないならそれでもいいけど……」

 景くんに『お試し券』を手渡してあたしは尋ねる。まあ、中高生男子きみたちが見たい夢なんて大体想像つくけどね。

「そうですね、じゃあ……」

 さーて、純朴そうなこの少年はどんなプレイをご所望かな?

「ウユニ塩湖って知ってます?」

「は?」

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