睡魔には潔く負けを認めよう

霧沢夜深

睡魔さんの仕事

 こないだ知ったんだけど、人間には『睡魔に襲われる』とかいう失礼極まりない言葉があるらしいね。

 からすれば心外もいいとこだよ。あたしは人を襲ったりしない。こうして夢にお邪魔するだけさ。

 ところで君、いい夢見てる?


 zzz


 ドラゴンが暴れてる。


 人々は悲鳴をあげながら逃げまどうけども、そこはドラゴンなので無事で済むわけがない。家は踏み潰されるわ人は喰われるわのカタストロフだ。

 と、その時!

「……待たせたな!」

 セリフとともに『勇者』が登場した。

 いや『待たせたな』じゃねえよ。遅れておいてなにカッコつけてんだ。

 とかあたしが思ってる間に、勇者くんの持ってた剣がビカーッと光って伸びたかと思うと、うおおおっつってドラゴンを真っ二つにした。弱っ。

 まあ何はともあれ、めでたしめでたし。

 救われた町の人々は勇者くんを取り囲んで褒め称える。ありがとう、あなたのおかげです、あなたは救世主だ。万歳! 勇者万歳! いやいや皆さんよう考えてみ? こいつがもっと早く倒してりゃ町の被害0で済んだよ?

 笑顔で歓声に答えていた勇者くんは突然ふらついて倒れかける。人混みの中から女の人が飛び出して抱き抱えられた。

「勇者様! どうなさったのですか!?」

 あ、ちなみにこの巨乳の女の人はこの町の巫女さんだそうです。ドラゴンってことはヨーロッパが舞台じゃないの? でもなんだ。へえ。

「へへ……さすがに、『力』を使いすぎちまったようだな……」

 秒で倒してたじゃん。

「大変……私たちで癒さなくては……!」

 はい。ここまでが要するにAVの導入部で、ここからが本番でございます。

 お城に帰った(城持っとんのかい)勇者くんを迎えたのは集めに集めたり美少女6人。

 元奴隷の金髪少女。最年少。

 黒髪長髪の大和撫子。世界観合ってない。

 巨と貧の双子。贅沢感ありますね。

 獣耳枠の子。自分のことをボクって言いそう。

 普段は厳しい女騎士。ベッドの上じゃ立場は逆転するそうですけどね。

 で、さっきの巫女さんを加えて8人で、これから勇者くんのお楽しみタイムが始まるわけですが……


「はいっ! しゅーりょー!」

 あたしがパンッと手を打つと、その途端かわい子ちゃんたちもお城も全部消え去り世界は白紙に戻った。爽やかなイケメンだった勇者くんも腹が気になり始めた30代前半日本人男性に戻った。

「嘘だろ……もう30分経ったのか?」

 勇者、もとい川島武春かわしまたけはるくんは突然の夢の終わりに狼狽うろたえた。正確にはまだ夢は終わってないんだけど。

「最初の『どこだここは……? まさか俺は異世界に……!?』ってくだり絶対いらなかったと思うけどね」

 あたしは武春くんにアドバイスしてあげた。すると武春くんの顔がサッと青くなった。

「あ、あんたまさか……今の全部見てたのか?」

「まさか! 最初の方だけだよ」

 ホントは初めからさっきのハーレムエンドまでこっそり全部見てたけど、さすがにそれはかわいそうなので言わないでおいた。

「で、どうだったかな? あたしの能力を使ご感想は」

「……最高だ」

「なら良かったよ。ちなみに今の続きするんなら一回につき一ヶ月ね」

「一ヶ月!? さっきは一日だけって……」

「さっきと今のじゃ全然シチュが違うじゃん。君風俗行ったことないの? プレイに合わせて値段は変わるんだよ」

「……」

「別に嫌なら無理にとは言わな……」

「する」

「そんな食い気味に」

 まあそうでしょうけどね。あんなタイミングでおあずけ喰らって我慢できる男なんているわきゃない。あたしは『契約書』を取り出した。

「そ。じゃ、ここにサインして。……はいどうも。じゃあ以後は自由に使えるから。分かんないことあったらいつでも呼んでね。そんじゃ、ごゆっくり〜」

「今度は見るなよ!」

「わかってるって、勇者様」

「そういうイジりやめろ!」

 誰が見るかっての。あたしは武春くんの『夢』から出た。だだっ広く真っ白な世界から一転して真っ暗で狭い寝室にいる。足元の布団では武春くんが寝ていて、その寝顔が見る見るうちに恍惚の表情に変わっていった。今ごろ8Pの最中なのでしょう。

 うわうわ「うへへ……」とか言ってるよ。見ちゃらんねえな。

 あたしはいつものように『ご契約ありがとうございました♡ 睡魔』と書かれた紫色のカードを枕元に置いた。これで武春くんは明日目を覚ましたとき、悪魔あたしと契約したってことが夢じゃないと分かるだろう。

 よだれを垂らし始めた武春くんを尻目にあたしは窓から外に飛び出す。翼を広げ、夜の街を飛翔する。本日の東京も人の欲が渦巻いてやがるぜ。


zzz


 結局今夜は武春くん以外契約が取れなかった。仕方なくあたしは「事務所」に戻ることにした。どこにでもある雑居ビルの一室。まさか悪魔たちが間借りしてるとは誰も思わないだろう。

 いつもなら直帰できるんだけど、今日は金曜だから今週分の成果を提出しなくちゃいけない。

「ん〜……レムちゃんも頑張ってはいるんだろうけどねえ……」

 あたしが今週とった契約書を数えながら部長がため息をついた。

 がんばってはいるなんだ? 少ないなら少ないって言いやがれ殴るぞコラ。言ったら言ったで殴るけど。あとちゃん付けすんな鳥肌立つ。

 それらを飲み込んであたしは「はあ……すいません」と言う。悪魔の世界にも序列があって、それを覆すことは許されないんだよベイビー。

「すいまっせ〜ん! 遅れましたぁ〜!」

 甲高い声で入ってきた女は私の5倍はありそうな紙の束をどんっと部長の机に置いた。マスクメロンでも二つ抱えてんのかっていうバストには黒い布が引っかかってるだけで、ほぼ裸みたいな格好だった。

「おほーっ! 相変わらずすごいねえフラミュちゃんは」

 あたしとは明らかに違う態度で部長は契約書を数え始めた。

 すごい? そりゃそうだろうよ淫魔サキュバスなんだから。この女–––フラミュは、肌の色が薄い青で、頭には立派な角が二本生えている。瞳は白と黒が逆転してて、腰からは先の尖った尻尾が生えている。

「淫魔」で画像検索したら一番上に出てくるまごう事なき淫魔だ。このままの姿じゃ一部のマニアにしか受けないだろうけど、こいつは契約した人間が望む姿に変身する事ができる。そういう能力がある。女優でもアイドルでもモデルでも、果ては二次元のキャラクターでも変幻自在だ。あとは淫魔らしくどんなプレイでもなんでもござれ。フラミュのテクは特に絶倫で、名誉の腹上死を遂げた紳士もいるとかいないとか。

「じゃあレムちゃんも、フラミュちゃんを見習って精進するように。んじゃ、お疲れさん」

 余計としか言いようのない一言を残して部長は事務所を出て行った。

 フラミュは契約成功率90%超えのあたしの同期の中でもエリートだ。そんな奴と比べられてもって話ですわ。

 自分とフラミュの契約書の束を見比べて、あたしはため息をつく。

「すごいなあ。どうやったらそんなに契約取れんの?」

 あたしはフラミュに尋ねた。

「そーだなー。……ん〜あたし普通にやってるだけだからわかんな〜い。レムちゃんこの仕事向いてないんじゃないの? あはっ、じゃお先上がりまーす」

 ぶっころ……

 ……いや、あいつなんかに相談しようとしたあたしのミスか。なに自分からストレスためてんだ。

 あたしは一人残された事務所の中で盛大にため息をついて、イスにもたれて目に巻いてあった布をほどいた。あとは帰るだけ……。

 と、思うと同時にあたしのタブレット端末が鳴りだした。ふざけんな労働時間外だぞ。

 画面には先週契約をとった男の名前が表示されている。その下には『対応』、『拒否』の二つのボタンがある。あたしは一瞬迷ったけど、目に布を巻き直して『対応』をタップした。

 あたしの体は光に包まれて、次の瞬間にはどこかの家の寝室にいる。

「なに? 仕事終わって帰るとこだったんだけど」

 イラついてるのを隠そうともせず、あたしはあたしを『召喚』した男に聞く。

「ふむ。それは失礼した。なに、簡単な質問だ」

 紳士然とした壮年の男はあたしに尋ねる。

「女子中学生に罵られたいんだが、寿命何日分だ?」

「……一週間ってとこかな」

「そうか……安いな」

 紳士は顔を綻ばせた。安いな、じゃねえよ。いい年こいてなに考えてんだこのジイさん。

「呼び出して悪かった。もう帰っていいぞ」

 言われなくても帰るっつーの。あたしはタブレット画面の『帰宅』をタップしようとした。

「待った! 女子高生の場合は……?」

「……同じだよ……」

「excellent!」

 あたしはげんなりしながら『帰宅』を押す。再び光があたしを包み、一瞬で事務所へと戻る。

 荷物をまとめて事務所を出る。空はすでに白み始めていた。


 変態どもに夢を売る。これが素敵なあたしの『仕事』ってわけ。


 

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る