第九章 拘禁 -3-
誰もが言葉を失っていた。ロメスは〈アハ・イシュケ〉が襲撃されるという情報に、〈グレムリン〉や
「い、一体、どうして?」
数分の沈黙を経て、自分がなぜ命を狙われるのか
そんな彼に対し、ウィルは皮肉めいた笑みを浮かべ、昨日ロメス自身が吐いた台詞をそっくりそのままお返しする。
「准尉が〈エビネ家〉の末息子だからだよ」
「え?」
「
「あ……」
噛み砕くように説明され、ようやくロメスは事態が呑み込めたようだ。彼は自分の行動がいかに迂闊なものだったかを知って、うろたえた。途端に、自分は悪くないと弁明を始める。
「だ、だがそのような連中はいくらでも抑えられる、とカワカミが……」
「カワカミ?」
唐突に飛び出した名前に、
「土星方面軍総司令部・統合作戦室のカワカミ中佐だ。実はエビネ准尉の抜擢も、彼の提案なのだ。私はただ、その提案を受け入れただけで――」
「もう結構」
延々と自己弁明を続けそうなロメスを、ウィルはうんざり顔で制した。
「カワカミ中佐とやらの提案であっても、それを『名案だ』と判断して、受け入れると決めたのは、あんた自身だ。いまさらそんなことをぐだぐだ言っても始まらんだろーが。それよりも、この一連の事件の実行犯、特に『これから動く予定』の奴を割り出すのが先だ。何か心当たりはないのか?」
「こ、心当たり……心当たり……」
ウィルに言われて、ロメスは大急ぎで記憶を手繰る。しかし追い詰められて平静を失った頭では、思考の歯車も空転するばかりだ。結局三〇秒と経たないうちに、ロメスは力なく首を横に振った。
ウィルは予想どおりのロメスの反応に、苦笑して口元を歪めた。しばらくロメスは放っておくことにし、
「そりゃやっぱ、いまの時点で一番怪しいのは、〈アハ・イシュケ〉のシステム管理者だろう。とりあえずそのシス管をとっ捕まえて、〈アハ・イシュケ〉襲撃の実行部隊や、『後ろで指図している』奴らを吐かす――と」
即座にイザークが答えた。しかしその意見に、警務隊長が難色を示した。
「いや、できればそいつは泳がして、もっと大物を釣る餌にしたい。ここまで大規模な動きをするとなると、それなりの命令系統があるはずだ。そのシス管は恐らく下っ端だろうから、組織の全容を知っているとは思えない。我々警務隊としては、その上、さらにその上で指揮している連中を暴きたい。いくら雑魚を釣り上げたところで、親玉を何とかしないと、結局イタチごっこになるだけだからな」
プロフェッショナルの自信をもって、キェットは力説する。だがそこへまた、凝りもせずにヴァルトラントが茶々を入れた。
「でもさ、いままで同じようなことを繰り返していながら、土星方面軍の警務隊や軍政管理部にも尻尾を掴ませなかったんでしょ? シス管一人を泳がしたぐらいで、うまく釣れるかなぁ?」
「我々木星方面軍警務隊を、土星方面軍の連中と一緒にしてもらっては困る! 反〈見守る者〉だか何だか知らんが、この木星圏で事件を起こしたのが運の尽き。我々が必ず連中の尻尾を掴み、一網打尽にして、〈機構軍〉内の治安維持に努めてみせよう!」
木星方面軍が誇る優秀な警務隊員を率いるキェット大佐は、ヴァルトラントの茶々に腹を立てるどころか、固く結んだ握りこぶしを少年に突きつけて挑発した。ヴァルトラントは胡散顔で息巻く男を見上げたが、ただ小さく肩をすくめただけで何も言わなかった。
別に彼ら警務隊の実力を疑うつもりなど、ヴァルトラントにはない。だが、それでも今回の件に関しては、キェットが考えるほど簡単に解決するとは思えなかった。
そして同じ懸念を、父であるウィルも抱いているのだろう。
ウィルは床に視線を落とし、同僚たちの意見を聞きながら何やら考えに耽っていたが、ふと難しい顔のままポツリと呟いた。
「俺には、反〈見守る者〉派の連中が、〈ワーム〉を使って〈機構軍〉の情報を得ようとする意図が
「ウィル、何が言いたい?」
何かに思い当たったのか、ハフナー中将が顔を強張らせて問い質した。ウィルは顔を上げると、真剣な目を中将に向けて答える。
「〈機構〉と〈機構軍〉を混乱させるのが大好きな連中が、〈機構軍〉の中に何食わぬ顔をして紛れ込み、反〈見守る者〉派の中にも入り込んでいる可能性が高い、ということです。いや、そもそも反〈見守る者〉派というグループ自体が、『奴ら』なのかも。土星を混乱、分断させておくのは、『奴ら』にとっても好都合でしょうから。慎重に取りかからないと、『奴ら』を逃すことになります」
ウィルの説明に、中将と
六年前の〈天王星独立紛争〉収束の折、〈機構軍〉が〈地球へ還る者〉の代表者と密かに取り交わした天王星不可侵協定の期間は一五年。確かにそれ以降、〈地球へ還る者〉たちは派手な活動をやめ、鳴りを潜めている。
だからといって、それで「彼らが何もしていない」と考えるのは短慮である。彼らは協定期限の切れる「その時」に向けて、着々と準備を整えているに違いない。〈機構軍〉がそうであるように。
「もちろん、その辺りのコトも充分考慮させよう。それと、カワカミ中佐とやらにも、探りを入れた方がよさそうだな」
ややあって、中将は重々しく口を開いた。言いつつ警務隊長に目配せする。キェットも心得たとばかりにうなづき返すと、警務隊本部に捜査網を敷くよう要請するために出て行った。
だが警務隊長は、数分もしないうちに苦虫を噛み潰した表情で戻ってくると、唸るような声で
「今朝
「あちゃ……」
「口封じしやがったな!」
しかし「このカリストで事を起こされた」ことが、却ってキェットのやる気を煽ったようだ。
「ナメた真似をしてくれる。我々の管轄で事件を起こして、逃げ切れるとでも思っているのか!」
不敵な笑みを浮かべた
そんな彼を苦笑しながら見送ったウィルは、ふとロメスを振り返って目を丸くした。
驚愕に顔を引き攣らせたロメスが、そこにいた。
「ロメス大佐?」
訝しげに眉を顰めたウィルが声をかける。すると、驚きのあまり放心状態に陥っていたロメスは、我に返り、ヒステリックに叫んだ。
「エンドーは、私の無実を証明できる人間だったのに! 彼が死んでしまったら、一体誰が私の無実を明かしてくれるというのだっ!?」
「エンドー?」
またも飛び出す聞き慣れない名前に、一同は首を捻り、ロメスに注目する。
「エンドー一等軍曹。〈アハ・イシュケ〉のシステム管理官だ」
「知り合いなのか?」
「〈アハ・イシュケ〉は小さな船だ。嫌でもクルーとは知り合いになるっ」
自分の振った問題が、議論したい方向からずれたのが気に入らなかったのか、ロメスは怒ったように言い捨てた。
ウィルはやれやれとばかりに首を振ると、感情のコントロールが下手な男を安心させてやるべく説明する。
「あんたの無実は、
ウィルは「〈ワーム〉の件については」という部分を強調して、意味ありげな視線をロメスに向ける。
その視線を、自分の出世街道の行末に不安を抱いている男は、恐怖の表情で受け止めた。
彼だって自分の置かれている立場は充分理解している。〈ワーム〉の件で無実が証明されたとしても、個人的な都合から中将に対して「圧力」をかけたことを告発されれば、自分の出世街道はそこで終わるのだ。
「言わないでくれっ」
思わずロメスが口走る。
「……何のことだ?」
ウィルはワザととぼけた。
「私と中将との『交渉』の件だ。それを統合作戦本部には言わないでほしい」
ロメスは、目下の者に命令はしても、頼みごとなどしたことがないのだろう。後任であるウィルの下手に出るという屈辱に顔を歪め、声を絞り出して訴えた。
しかしウィルは、わずかに口の端を持ち上げて薄く笑うと、彼の「精一杯の頼み」を一蹴した。
「自業自得だ。あんたはその襟についている
「しょ、処分……って?」
ゴクリと喉を鳴らすロメスに、ウィルはこれまで見聞きした「厄介者」に対する軍の扱いの中で、比較的ポピュラーなものを例に挙げてやる。
「まあ、それなりにキャリアもあるから、よくて天王星――悪くても、海王星圏にある小基地の指揮官ぐらいで許してもらえるんじゃないか。反逆の罪を着た咎人として、極寒の地で強制労働させられないだけイイじゃないか」
「海――王星っ!」
海王星と聞いて、ロメスは絶句した。天王星はともかく、指揮官として海王星に赴任するなどもってのほかだった。
未だ開発の進んでいない海王星は、お尋ね者や荒くれどもの巣窟である。そしてそれを取り締まる〈機構軍〉の海王星部隊も、中身はそういった連中と大して変わらない。そんな海王星では、隊員たちの気に障ることがあれば、それが上官であろうと半殺しにされるのは日常茶飯事だという。これでは強制労働させられるのと、精神的、肉体的苦痛は大して変わらない。
そんな恐ろしい処へ放り込まれて、無事でいられる自信などロメスにはなかった。精鋭として赴くならまだ「はったり」もきくだろうが、左遷されていくとなると、そうもいかないだろう。着任してしばらくもしないうちに、自分を見下した隊員たちから手酷い扱いを受けるに違いない。
最悪の展開を瞬時にシミュレートしたロメスは、蒼白になって震えはじめた。絶望の色に染めたアイスブルーの瞳は、自分に「死刑判決」ともいえる宣告をした男を凝視している。
ロメスの口が戦慄くように動く。ただの呼吸音とも悲鳴ともつかない声が、彼の口から洩れる。そのまま一〇秒ほど苦しそうに喘いでいたが、不意に彼の声を塞き止めていた何かが外れた。かすかだが、確かな声が出たかと思うと、ロメスは一気に言葉を吐き出す。
「た、助けてくれっ、お願いだっ。きさ――いや、ヴィンツブラウト大佐、貴官は
ロメスはかつて憎んでいた男の胸に取りすがると、プライドも何もかも投げ捨てて懇願した。
ウィルの頬が一瞬ピクリと動いた。
ロメスは〈機構軍〉での立場を守ろうとするあまり、自分の首を締めようとしている。
そしてもう少し焦らしてやれば、こちらが着せてやらなくても、彼の方から恩を着たがるようになるだろう。
「本当にあんたは、胸クソ悪い男だな。誰かへの恨みなど、そう簡単に消えるものか。また口先だけのことを言って、自分の都合のいい展開に持ち込もうとしてるんだろう? 俺は騙されないぞ。自分のケツは自分で拭け」
そう言って、すがりつくロメスを乱暴に引き剥がした。引き剥がされた方は勢い余って尻餅をつく。しかし必死になっているロメスは、素早く身を起こすと、再びウィルの足元にすがりつく。
「そ、そんなつもりはない。本当だっ。助けてくれれば一生恩に着る! 金輪際、貴官の足を引っ張るようなことはしない。それどころか、私にできることがあれば何でもしよう。神に誓う!」
ロメスの言葉に反応して、頬の筋肉がもう一度動きかける。だが、ウィルはなんとかそれを堪えた。
胸中に、思惑通りの言葉を得ることができたという達成感が込み上げてくる。しかしウィルは、その気持ちを隠すためにことさら無表情を保ち、感情を一切排除した声で最後の仕上げに取りかかった。
「神ではなく、この場にいる者たちに誓え」
静かなバリトンが、ロメスの頭上に降り注がれた。一瞬息を呑んだロメスは、その言葉の意味を理解すると、誓約を求める者の気が変わらないうちにと声を張り上げた。
「ハフナー中将、ヴィンツブラウト大佐、ディスクリート大佐、クリストッフェル少佐、そして〈グレムリン〉――少年たちに、私は誓う!」
「あんたがその誓いを破った時、ここにいる誰かが必ず裁きを下すだろう」
もちろん異存はない、とロメスは何度もコクコクと首を縦に動かす。それを確認して、ウィルはハフナー中将に目を遣った。中将は目だけで「それでいい」と告げ、重々しくうなづく。ウィルはそれにうなづき返すと、もう一度ロメスに向かって言う。
「〈トロヤ〉辺りでも構わないか?」
「あ……ああ……」
ウィルの出した条件に、ロメスは安堵したようにへたり込んだ。
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