第五話 近しい関係(2)

 シャワーで溶剤を洗い流し、全身を乾燥させてから長衣に着替えたユタは、そのまま博物院の食堂に向かった。毎回のことだが“タンク”に浸かった後は喉が渇く。現像機プリンターから炭酸水の入ったタンブラーを取り出して、中庭のテラス席に向かうと待ち受けていたのは、ウールディと博物院長のフォンであった。


「君の双生児性精神感応力は、基本的にはウールディのそれと変わらない」


 フォンの言葉を聞き流しながら、ユタは炭酸水を喉の奥へと流し込んだ。適度な刺激に渇きを癒やされて、ようやく溶液の中の奇妙な浮遊感が払拭された気がした。


「N2B細胞に因らない、天然の精神感応力ってこと? それはもう随分前からわかってたでしょう」


 ウールディが言う通り、双子の精神感応力が天然由来であることは、早い内から推察されていた。


 ファナとユタの《繋がり》と、《スタージアン》や《クロージアン》の《繋がり》は、本質的なところで相当な差異がある。有効距離はその最たるものだが、もうひとつは有効距離を超えた場合に生じる症状だ。


《スタージアン》たちN2B細胞に由来する《繋がり》は、有効距離を急に超えた場合には少なからぬ負担が生じる。ひとりで《繋がり》から切り離された場合には、ほとんどの場合精神的ショックから死に至る。


 だがファナとユタの場合、《繋がり》が途切れたとしてもそれぞれに影響は見受けられない。距離の制限はあるものの、有効距離内に近づけばふたりの《繋がり》は容易に復活する。N2B細胞由来の精神感応力ではありえないことである。


「推察の裏付けがようやく取れた、ということだよ。ふたりが《繋がって》いる状態こそ深く知りたいのに、その間は我々の精神感応力も受けつけないんだから。観測データを集めて検証を重ねて、やっと確証が得られたんだ」


 肩をすくめるフォンに、ユタはタンブラーで顔の下半分を隠しながら、ぼそりと言う。


「その、受けつけないって言われても、俺たちよくわかんないですよ。物心つく前からずっとこうですから」


 体質に文句を言われても仕方がない、そう言わんばかりのユタの物言いに、フォンは細い目をなおさら細めてみせた。


「いいんだよ。君たちのその特徴こそ興味を引く部分なんだから。さて話を戻すと、天然由来の精神感応力は従来、N2B細胞保有者ノーマルでは発現しにくいとされてきた。N2B細胞が本来持つ精神感応力が天然由来のそれを上回るため、発現する前に退化してしまうというのが、我々《スタージアン》のこれまでの見解だ」

「でもユタとファナはN2B細胞保有者ノーマルなのに、発現しないどころか強化されてる。ふたりの間に限っての話だけど」

「そうだ。そこでこの力の特徴を整理すると、次のようになる」


 その一、天然由来の精神感応力である。

 その二、双子の間でしか発揮されない、双生児性である。

 その三、N2B細胞保有者ノーマルである。

 その四、精神感応力の有効範囲が複星系に及ぶ。

 その五、《繋がって》いる間は、N2B細胞由来の精神的感応力を受けつけない。


「このうちN2B細胞保有者ノーマルである点を除けば、どれもこれも《スタージアン》や《クロージアン》の精神感応力とは異なるということが、よくわかる」

「私だって、天然由来ってことしか共通点はないよ。その五はちょっと似てるかもしれないけど、そもそもN2B細胞保有者ノーマルじゃないから、なんか違う」

「俺たちが自覚してたのは、ほかの人には通用しない、俺たちふたりだけの間の力ってことだけです。有効範囲がどうとか気がついたのは、中等院に入ってからだし」


 ウールディとユタの反応を見て、フォンはつるりとした顔を右手でひと撫でした。


「これはまだ推測に過ぎないが、天然由来であること、双生児性であること、N2B細胞保有者ノーマルであることは、おそらく要因、条件だ。この三つが揃って初めて、その四と五が発現したのではないだろうか」

「その三つが揃えば、ほかにも似たような能力を持つ者が現れる可能性があるってこと?」

「そういうこと……いやもうひとつ、肝心な条件を挙げるのを忘れていた」

「なんです、まだあるんですか」


 自分の能力が特殊であるということを何度も強調されるのは、あまり気分の良いものではない。うんざりした顔で尋ね返すユタに、フォンは軽く口角を上げながら頷いた。


「その一につけ加えるべき条件だがね。つまり“強力な”天然由来の精神感応力である、という点だ」

「強力な……」

N2B細胞保有者ノーマルであれば、通常天然の精神感応力は未発のまま終わるということは先ほど言った通りだ。ところが君たちはそうではない。ということは君たちの天然由来の精神感応力が、N2B細胞由来のそれを上回っていたということだろう」


 フォンの言葉を受けて、ウールディは己の思考を確かめるように一言一言噛み締めながら、質問を口にする。


「N2B細胞のもうひとつの役割は、ヒトの身体からだを万全に保ち、補強すること……その機能が、ユタたちの精神感応力をさらに強化したってわけ?」

「あくまで推測だがね。そして強化されたのは精神感応力だけではない。双生児性という特性も、おそらく補強されている。その五――《繋がって》いる間は我々の精神感応的干渉を受けないのも、そのためだろう」


 自分に関する話題だというのに、目の前で交わされる会話に理解がついていかない。所在なげに短髪の頭を掻きながら、ユタはふと思いついたことを尋ねてみた。


「“強力な”って言ってたけど、どれぐらい強力なんですか」

「そうだね。数値化したわけではないから単純な比較は難しいが、君たちの能力はウールディはもちろん、おそらくあのシャレイド・ラハーンディすら凌駕するだろう」


 フォンは、まるで我がことのように自慢げな顔で、そう答えた。ウールディの曾祖父であり、トゥーラン自治領創設の貢献者に名指しされる偉人と比べられて、ユタにはぴんと来ない。むしろ驚いた顔を浮かべているのはウールディの方だった。


「それってかなりとんでもないんじゃ」

「千年近く永らえる我々も、天然の精神感応力者に関する記録はほとんどない。サンプルが少ないから断定は出来ないが、シャレイドの精神感応力自体かなり図抜けていただろう」

「そんなに数の少ない天然の精神感応力者が、ファナも入れれば三人も顔を合わせているなんて、凄い偶然ね」

「実は、我々もそう思ってね。そこでひとつ調べてみた」


 その瞬間、ウールディはフォンが口を開くより先に彼の思念を読み取ってしまったのだろう、両手を口に当てて大きな黒い目をいっぱいに見開いている。何が彼女をそこまで驚愕させるのか。ひとり事情がわからないユタに向かって、フォンの語る口調は端々から好奇心が滲み出ていた。


「君とウールディの遺伝子情報を比較してみたんだが、似通っている部分が多々見受けられる。君たちはおそらくそれほど等親の離れていない、親戚と言っていい関係にあるよ」

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