第二話 融け合わぬ人々(4)

 外縁星系コースト諸国を銀河連邦直轄の自治領に再編するという、これまでにない試みを現実のものとするため、その後の交渉にはさらに丸一日が費やされた。


 自治領への加入・離脱の条件や、連邦加盟金の見直し期限の設定。既に外縁星系コースト各国に残る連邦四局の設備や、第一世代が債権回収のために接収した外縁星系人コースターの担保物権の扱いなど、その項目は多岐に渡る。


 一方で明文化されない、暗黙の合意というものもまた存在した。


 例えばジェネバ・ンゼマの初代自治領総督任命は、最たるものだろう。外縁星系人コースターをまとめ上げる役目を担うのは、既に外縁星系コースト諸国連合でリーダーシップを発揮している彼女以外には考えられない。


 だがいまひとつの新たなポストである外縁星系開発局長については、四人の間でもなかなか結論が出なかった。というよりは、シャレイドひとりが反対を続けた。

 なぜなら残る三人が初代局長に推したのは、ほかならぬシャレイド・ラハーンディそのひとだったのである。


「勘弁してくれよ。局長ってことはテネヴェに常駐するってことだろう?」


 ジノに局長就任を要請された瞬間、シャレイドは露骨にうんざりした表情を見せた。


「いくら和平を結んでも、テネヴェなんて外縁星系人コースターへの敵意剥き出しに決まっている。そんな居心地の悪そうな星でやっていけるほど図太くはないぞ。こう見えて俺は小心者なんだ」

「いや、俺はカプリ議員に賛成だね。シャレイドに務まらないようじゃ、ほかの誰でも駄目だろうさ」


 膝を叩いて太い首を縦に振るモズを、シャレイドはまるで裏切り者を見るかのように恨みがましい顔で見返した。


「モズ、お前、ここぞとばかりにそういうことを……」

「お前こそ、心臓に剛毛を生やしているような男が、小心者とか笑わせる」


 ふたりのやり取りに吹き出しそうになるのを堪えながら、ジノが口を挟む。


「シャレイド、別に俺は同窓だからとかそういう理由でお前を推しているわけじゃない。ましてや昔、立方棋クビカでやり込められた借りを返したいわけでもない」

「わざわざこの場で引き合いに出しておいて、そいつはあんまり説得力が無いぞ」

「それもそうだな。確かにお前をやり込めたい気持ちも、無くはない」


 シャレイドのげんなりした顔を見て、ジノは口髭の下で思わず笑みを浮かべた。だがそれもほんの一瞬のことだ。すぐに表情を引き締め直したジノは、会議卓の上に組んだ両手を心持ち前に突き出した。


「そんなことは置いても、お前が適任なんだ。外縁星系コースト諸国を渡り歩いて、見事に横の連携を築き上げたその交渉力。そして俺やモートンという伝手を持つという点でも、お前が相応しい。むしろ外縁星系人コースターのために、外縁星系開発局長にはお前が就任するべきだ」

「おい、モートン。このふたりになんとか言ってやってくれ」


 シャレイドに助け船を求められたモートンは、かすかに首を傾げて不思議そうな顔を見せた。


「なんとかと言われてもな。ジノにお前を推薦したのは俺だ」

「元凶はお前か!」

「お前の交渉力にしてやられたのは、何より俺が痛感している。外縁星系開発局長は、言うなれば自治領という複星系国家が連邦に寄越す全権大使みたいなもんだ。海千山千の常任委員会や評議会の連中を相手に渡り合うのに、お前以上の人材がいるのか?」


 モートンに訥々と説かれて、シャレイドは言葉を呑み込まざるを得なかった。内戦となる前から外縁星系コースト諸国は評議会に議員を送り出していたが、彼らでは第一世代の老獪な政治家たちに太刀打ち出来なかった。そして彼らに次ぐ世代の中では、シャレイドが実力も実績も飛び抜けている。


 ついに観念したシャレイドは、両手を頭の後ろに回しながら、どっかとソファの背凭れに身体からだを沈み込ませた。


「わかった、わかった。腹を括るよ。だがジェネバたちが納得しなかったら、この話は白紙だからな」

「ジェネバには俺からよく言っておくよ。きっとあいつも賛成してくれる」


 自信満々に胸を叩くモズの顔を、シャレイドは忌々しげな目つきで睨みつける。その横顔に向かって、モートンが付け足すように言葉をかけた。


「お前には無用かもしれんが、テネヴェでの身の安全は保障する」

「そいつは有り難いね」

「そうしょげた顔をするな。美味い店も沢山ある。お前にはとっておきを紹介しよう」

「とっておきか。そこまで言うなら期待させてもらうよ」

「きっと気に入るさ。何しろカナリーを連れて行くつもりだった店だ」


 その名を耳にして、シャレイドの目がおもむろに見開かれる。


 ジノは、モートンがまさかこの場でカナリーの名を口にするとは、思ってもいなかった。再びふたりの間に張り詰めた空気が満ちるのではないか。そんなジノの予感は、幸いにして杞憂に終わる。


 ただ室内にしばしの静寂が訪れたのも、また確かであった。


「……そうか」


 やがて沈黙を打ち破ったシャレイドの言葉には、ほかの誰にも計り知れないほどの、蓄積された想いが込められていただろう。その想いを汲むことが出来るのは銀河系でただひとり、モートン・ヂョウだけに違いない。


「俺がテネヴェに着いたら、真っ先にその店に連れてってくれよ、モートン」

「ああ、約束しよう」


 シャレイドもモートンも、互いの視線を受け止めながら、ゆっくりと頷き合う。ふたりがそれ以上を口にしなかったのは、言葉にせずとも理解し合えたからなのか。それとも余人には判然としない想いが、なお渦巻いているからなのか。


 昔からふたりを知るはずのジノでも、彼らの間にあるものを窺い知ることは出来なかった。


 

 銀河連邦と外縁星系コースト諸国連合の準備協議は、当初期待されていた以上の成果をまとめ上げて終了した。その後の和平交渉が比較的スムーズに進められたのも、準備協議によるところが大きいというのは、関係者の間では衆目の一致するところだ。


 銀河連邦常任委員長ヘレ・キュンターと外縁星系コースト諸国連合代表ジェネバ・ンゼマの間で和平協定が結ばれたのは、交渉が始まってから三ヶ月後のことである。


 ジャランデール大暴動に始まる、第一世代と外縁星系人コースターの十年に及ぶ対立は、外縁星系コースト諸国の自治領化という形で決着の目を見ることとなった。

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