第二話 融け合わぬ人々(1)

 シャレイドたちの乗る戦艦が恒星間航行を経てテネヴェ星系の極小質量宙域ヴォイドに現れてから、既に隣接宙域で待機していた連邦の宇宙船が接舷するまで、一連の作業はスムーズに進められた。

 宇宙船から乗り込んだ連邦側の人員は、ジノ・カプリ銀河連邦評議会議員にスタッフ一名を加えた、計二名。外縁星系コースト軍の士官に案内されて、スタッフと共に艦内の応接室に通されるまで、ジノは終始唇を引き結んだままであった。こぢんまりとして殺風景な室内で一人掛けのソファに腰掛けて待つ間も、その表情を崩すことはなかった。

 彼の表情がようやく変化したのは、外縁星系コースト諸国連合側の代表が姿を見せた瞬間であった。


「シャレイド……!」


 応接室のドアから現れたシャレイドは、ジェスター院にいた頃に比べればやや髪が伸び、表情にも年月相応の落ち着きが見受けられた。しかし赤銅色の肌に唇の片端が吊り上がった笑顔は、ジノの記憶にあるシャレイドのそれと寸分違うことはなかった。


「見違えたな、ジノ。頭髪に苦労が滲んでいるぞ」


 会うなり遠慮の無い軽口を飛ばすところも、ジェスター院時代を彷彿とさせる。ソファから立ち上がったジノは、広々とした額に手を当てて苦笑を浮かべた。


「お陰様でこの髪型も板についてきたよ。それに比べると、十年以上経つってのにお前は変わらないな」


 ふたりは笑顔で握手を交わしながら、だがシャレイドはジノの後ろに控える人影へと目を向けた。


「見た目が変わらないのは、俺だけじゃないみたいだな」


 シャレイドがそう言うと、ジノは背後に目を向けた。


「ああ。俺の補助スタッフとして随行してもらったんだ」


 ジノに促されて前に出た人影は、長身からダークブラウンの瞳でシャレイドの顔を見下ろした。


「……お前とも会えるとは思ってなかったよ、モートン」


 モートンの顔を仰ぎ見るシャレイドの表情には、懐かしさだけではない、一言では言い尽くせないだろう感情が幾重にも交錯していた。そんな彼の顔を見て、モートンは穏やかな笑みを浮かべる。


「俺も、まさかこんな形で再会することになるとは思わなかった。久しぶりだな、シャレイド」


 そう言って差し出されたモートンの大きな手に対して向けられるシャレイドの目が、まるで見咎めるかのように厳しいことに、ジノは気がついた。

 だがそれもほんの一瞬のことで、すぐにシャレイドは旧友の手を取り、互いに何か言い出したそうな表情のまま肩を叩き合う。十年来の想いを抱えたまま、立場を違えてしまった親友同士の再会に相応しいそのやり取りに、ジノは先ほど感じた違和感などすぐ記憶の片隅に追いやってしまった。


「銀河連邦は、俺たちふたりで協議に臨ませてもらう」


 モートンと並んで再びソファに腰を下ろしたジノは、小さな会議卓を挟んで向かいの席に着席したシャレイドにそう宣言した。相手が旧知のジノとモートンだからなのか、シャレイドは長い脚を行儀悪く組んで、随分とリラックスした姿勢のままジノの言葉に頷いてみせた。


「結構だ。外縁星系人コースターの代表は俺と、あともうひとり」


 シャレイドに呼び出されてようやく室内に入ってきたのは、モートンにこそ及ばないものの大柄で、その代わりにたっぷりとした横幅の、丸々とした赤ら顔の男だった。


外縁星系コースト軍の顧問を務めた、このモズが同席する」

「カプリ議員と、ヂョウ主任ですね。お初にお目にかかる、モズと申します」


 大きく丸い目が印象的な大男は、ジノとモートンに向かって人好きのする笑顔で挨拶すると、そのままシャレイドの隣りに腰を下ろした。


「この部屋の会話は、外部に漏れることはない。といっても外縁星系コースト軍の戦艦の中だから、信じられるものでもないだろうが」

「いや、お前の言うことだ。信じるよ」


 ジノの返事に、シャレイドは形の良い眉を右の一本だけぴくりと震わせた。


「そんなに簡単に信用されると、拍子抜けだな」

「俺たちが今こうして顔を突き合わせているのは、散々盤外戦をやり尽くした結果だろう。この期に及んでお前が何か小細工するとは思っていないさ」


 卓上に乗せた両手を軽く組んで、ジノはグレーの瞳を真っ直ぐにシャレイドの顔に向けた。


「今さら誰に聞かれて困る話をするつもりもない。さあ、協議を始めよう」



 銀河連邦と外縁星系コースト諸国の休戦・和平を目的とした準備協議は、まず外縁星系人コースターが要求を突きつけるところから始まった。


 ひとつ、銀河連邦軍及び連邦保安庁の、トゥーランからの撤収。

 ひとつ、第一世代の、外縁星系人コースターに対する官民を問わない債権の放棄。

 ひとつ、外縁星系コースト各国で現に構築中の自治体制の追認。

 ひとつ、外縁星系コースト各国の、銀河連邦における地位の保全。


 ジェネバと外縁星系コースト各国の代表が取りまとめた四箇条の要求を、シャレイドが行儀の悪い姿勢のままに淡々と読み上げる。その間、ジノもモートンもただ黙ってその言葉に聞き入っていた。


「……以上の要求が認められない限り、外縁星系コースト諸国連合は銀河連邦との休戦に応じるつもりはない」


 そこまで厳かな口調を装っていたシャレイドは、要求を全て口にし終えたころで、不意に苦笑めいた笑みを浮かべた。


「だ、そうだ」

「だそうだって、なんだよ」


 まるで他人事のような物言いをするシャレイドに、モズが驚いたように声を上げる。


「ジェネバからしっかり言い含められてきたことじゃないか」

「だからとりあえず伝えはしただろう。でもな、ジノがこのまんま額面通り受け入れられるわけ無いんだよ」


 いきなり交渉相手のふたりが仲違いを始めるのを見せつけられて、ジノはジノで面食らったまま、瞼をしばたたかせていた。


「お前がそれを言い出すのか、シャレイド」

「俺はこの面子で、鬱陶しい駆け引きするつもりはないんだ」


 シャレイドは両手を広げていかにもおどけた表情で、室内の空気が少しでも堅苦しくなることを拒んでいるようだった。


「これまで俺たちは相手の顔もろくに見ないまま、互いに闇雲に拳を振るってきた。こうしてようやく面と向かい合うことが出来たんだ。せめて真正直に話し合う、そのつもりで俺はここにいる」

「その態度はどう見ても茶化しているようにしか見えないが」


 ふう、と大きく息を吐き出して、ジノは少しばかり肩の力を抜くことにした。


「ジェスター院時代のお前と変わらないのは認めよう」

「だろう? そういうわけでジノ、外縁星系人コースターの四箇条の要求に対して、忌憚ない意見を聞かせて欲しい」


 眉根を下げて困り顔のモズを気にかけることなく、シャレイドはソファの背凭れから上半身を起こしてジノの顔を見る。十年ぶりに見る、その人を食ったような表情に懐かしさすら覚えながら、ジノは金色の口髭の下でおもむろに口を開いた。

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