第三話 暗中模索(1)
連邦保安庁では過去の事例を検索する場合、原則として現地で発生した事例しか調べることが出来ない。これは機密上の理由もあるが、より直接的な理由としては銀河連邦を網羅するネットワークの構築が不十分なためであった。
従って銀河連邦における過去の事例を遍く調べようという場合、その事件発生の地に赴くか、もしくはテネヴェの連邦保安庁本部ビルを訪れる必要があった。連邦保安庁本部には銀河連邦全域の全ての事例が連絡船通信を通じて日々報告され、データベースに蓄積されている。このデータベースにアクセスすれば、銀河連邦中の様々な事例を紐解くことが可能だ。
テネヴェで生まれ育ったモートンは、保安庁への入庁後最初の任地は出生地優先という原則のおかげで、比較的早い段階でこのデータベースに触れることが出来た。彼にはどうしてもこの目で確かめておきたいことが、ふたつあった。
最初に検索したのは、トーレランス78便爆破事件についてである。
乗客乗員一五三二名。その全員が死亡もしくは行方不明となったこの事件は当初、事件事故の両面で捜査が進められたが、程なく
それでもモートンは、目の前の記録に食い入るように見入っていた。
やがて記録の最後部分に付記された被害者の氏名一覧を目で追っていたモートンは、その中にカナリー・ホスクローヴの名前を見つけた瞬間、ホログラム・スクリーンを凝視したまま全身を硬直させた。もしかしたら自分の勘違いなのかもしれない。そんなことはあるはずないとわかっていながら、舐めるようにリストを凝視していた彼の一縷の希望は、無味乾燥な記録の中に彼女の名前を見出したことで儚く打ち砕かれた。
当然の結果を目にして、今さらのように衝撃に襲われる。
目の前で宇宙船が爆発してから、事件の記録をこうして検索するその日まで、モートンはある意味夢うつつの中にいた。
カナリーの遺体は未だに発見されていない。
あの大爆発の中にあってはそれも無理からぬことであったが、そのせいでモートンには彼女の死が実感出来ないままだった。その後の合同葬儀に立ち会っても、そこで彼女の父ホスクローヴ提督と言葉を交わしても、もしかしたらという可能性を断ち切ることは出来なかったのだ。だが彼の夢遊病に浮かされるような日々はこの日、ホログラム・スクリーンに浮かび上がる『カナリー・ホスクローヴ』という文字の羅列によって、ようやく終わりを告げた。
それまで胸中に渦巻き続けてきた想いが消え去るわけではなかった。ただ、その想いは今後彼の心の
しばしの静寂の後、端末の
銀河連邦を取り巻く政情不安の、端緒となった事件である。そして彼の前からシャレイドが姿を消す切欠となった事件でもあった。
保安部隊と暴動参加者合わせて四百名弱の死傷者を出したこの事件は、それ以上に
モートンが調べたのは、事件を起こした、あるいは扇動した首謀者とされる人々の取扱についてであった。この事件で逮捕された人物の数は三桁を優に超えるが、中でも首謀者扱いされたのは全部で十七名。
その中にシャレイドの父サード・ラハーンディと、兄アキムの名があった。
現像工房に勤めるアキム・ラハーンディは暴動の際、興奮する暴徒たちから工房を守るために奮闘していたことが判明し、その後釈放された。だが過酷な取り調べのために間もなくして息を引き取ったという事実を、モートンもシャレイドから聞かされている。一方シャレイドの父サードについては、その後有罪判決が下されたわけでもなく、刑に服したという話も聞かない。サード・ラハーンディもアキム同様に、途中で釈放されたのかもしれない。シャレイドの父の取り調べ記録を追っていたモートンは、やがて
取り調べ中に死亡、という文字が、スクリーンに映し出されている。
サードの遺体はその後、ジェネバ・ンゼマに引き渡されたとあった。モートンの記憶によれば、シャレイドの一家と親しい知人だったはずだ。ということはシャレイドも父の最期を知っているだろう。
スクリーンを見つめるモートンの眉間に、深い縦皺が寄る。
兄に続いて、父もまた保安庁の取り調べで殺されたのだ。シャレイドの胸中はいかばかりか、慮ることすらおこがましい。もし目の前に彼がいたとして、かける言葉すら思い浮かばない。ましてや今、自分はその保安庁に属しているのである。
お前ともう一度会って話したいんだ、シャレイド。あのとき俺はどうするべきだったのか、保安庁に進んだ俺はまた間違ってはいないか、これから俺はどうするべきなのか。お前と話さなければいけない気がするんだ。
カナリーを失ったあの日から、足元も覚束なくなってしまったモートンにとって、シャレイドとの絆は蜘蛛の糸にも似た頼りの綱であり続けていた。だがもはやふたりの立場は決定的に違えてしまったという事実を突きつけられて、モートンは目の前が真っ暗になったような錯覚に陥る。
カナリーとシャレイド、一度にふたりの友人を失ってしまったような喪失感に覆い尽くされて、モートンはただスクリーンの前で固く目を閉じることしか出来なかった。
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