決壊

 カタラウヌムはフランスガリアでも特筆される平原で、前世史でも何度となく野戦の舞台となっている。

 そして古代末期にもアッチラ率いるフン族と西ローマ連合の最終決戦がカタラウヌム平原で行われた。

 ……もう日本史でいうところの『関ケ原』に近い? それは穿ち過ぎ?

 またライン川からも遠すぎはせず、ゲルマンを渡らせてから対処を余儀なくされ始めてからは、このカタラウヌムが戦場に選ばれることも多かった。

 そんな理由で砦の一つや二つくらい築かれそうなものだけど、まだ今生では、そこまで開拓が進んでいない。

 これはローマ化が進んでいないことや、北部と東部の中間点に位置し、政治的空白地だったのも影響してそうだ。

 実際、いくつか村も捨てられていたし。


 僕としては曰くのあり過ぎる戦場なんて御免被るし、実際、あまり検討していなかった。

 なぜならカタラウヌムで戦うとなれば、それは北部と東部の境界線を争う――つまりは直接対決となる。

 しかし、今回は東部が政治的空白地へ主張であり、中央部占拠を戦略目標としたはずだ。

 それに応じて僕らもパリ近郊を戦場と目していた訳だけど――

 どうにも南部軍の到着が、数日ほど早すぎたらしかった。

 そのまま中央部へ居座ったら東部軍は、北と南の二方面から挟撃されかねない。

 だから東部軍は本拠地寄りに退いて――

 発見された南部軍も、相手が退いた分だけ詰め――

 結果、戦場はカタラウヌム平原へと推移したのだろう。

 でも『戦場の霧』を抜けたら、そこはカタラウヌム平原だったとか……まるで『歴史の強制力』に誘われたかのようだ。



 また総指揮官として難問を突きつけられた。果たして南部軍と合流すべきか否かと。

 奇襲的側面は全くなくなったけれど、このままなら左右からの挟撃が可能だ。

 しかし、それは同時に戦力の分散を意味し、各個撃破の危険が残る。

 両軍の戦力が拮抗している以上、死兵はもちろん、狙い目な味方すら許容できない。

 最初に大きく戦力を減らした方が、そのまま負けるのは、よくあるパターンなのだから。

 さらに戦術面だけでなく、戦略的な再考も必要だった。

 なぜなら中央部と違って、カタラウヌム平原での勝ち負けに大きな意味はない。

 もう現状で戦略目的を達成――東部連合軍の狙いを挫けている。あとは着地点の模索だけだ。

 ……それでも相手を継戦不能に追い込む――不毛な殺す為の戦いは求められそうだけれど。

 しかし、北部と東部、フン族とで『三年休み』の結果なら、許容できる。

 時間的猶予を最も活用できるのは、僕ら北王国デュノーだからだ。

 ここでの凡戦は、たんなる潰し合いとなっても勝ちに等しい。

 御馴染みとなった吐き気と胃痛を堪えながら、ただ殺し合うために殺し合えと指揮杖を――


 だが、しかし、さらに状況は変化する! なんと西部軍の参陣で!



「急ぎ、王太子軍と交渉を!

 ――使者は騎士ライダー格以上から」

 すぐに命懸けの任務と伝わってくれた。

 なぜなら東部と西部が連携――示し合わせての結果であれば、もう交渉の余地はない。

 なのに使者なんかに立てば、よくて虜囚の憂き目どころか、その場で斬首すら考え得る。

 かといって友軍的フレンドリーな交渉へ入りたいのに、適当な兵士では軽すぎる。……業務連絡みたいにはいかない。

 その間にソヌア老人のところから出向してきた軍務官――という体な諜報組織の一員へ視線を投げかけるも、小さく首を横へと振り返される。

 ……東部と西部で示し合わせた結果ではない? 少なくとも政府同士の交渉はなかった?

 西軍の規模を知りたかったけれど、フォコンとシスモンドが忙しく伝令の報を集計している。もう少しかかりそうだ。



 布陣の変更など様々な対応に追われる指令部で独り、ただ茫然とカタラウヌム近辺の地図を眺める。

 これでは決戦だ。

 あと何手か間違えたら、この地でフランスガリアの将来を決める戦いが起きてしまう! 前世史では、そうであったように!

 やや、有利なのは東部軍と北部軍か?

 この両者は背後が勢力圏で、もし負けたとしても、逃げ込む先が近かった。

 対するに撤退の長くなる西部と南部は、遠征な分だけ不利というか……そうそう冒険はできない。

 地図上へ増やされていく駒から考えるに兵数は、北部と東部が同水準で、それから西部、フン族、南部の順だろうか?

 単独勢力な西部は、最弱と考えられなくもないが……その分だけ確実にキャスティングボードを握っている。

 どんな条件を出されようと、西部と同盟した勢力の勝ちだろう。……素直に読み解けば。

 だけど東部と西部は――フィリップ王と王太子は、私怨を乗り越えられるのか?


 また僕らも僕らで、撤退は選びにくかった。友軍の南部を見捨てねばならなくなるからだ。

 この四勢力がカタラウヌム平原を挟んでにらみ合う中、僕らが退いてしまったら……東部と西部は、共闘して南部を討つだろう。

 同じように東部が退けば西部を、西部が退けば東部をなんだけど――

 もしかしたら、それが起こり得る未来か!?

 フィリップ王にすれば「決戦模様に日和って退いたら、自分たち以外の三勢力が総力戦を開始」となる。

 ……場当たり対応を続けてたら、戦略的大勝利というラッキーに!?


 そして西部は撤退を選ばないというか――それなら、そもそも軍勢を動かさなかっただろう。

 ……というか、なにしにきたんだろう? あの御方は!? それに足止め策は!? もしかして失敗したの!?

 南部も撤退できなくはないが、僕らと呼吸を合わせる必要がある。

 つまり、この場で最も撤退し易いのは東部であり、それは時間の問題だ。

 結果、仕方なしに北部と南部の連合対西部で決戦開始? 東部やフン族が高みの見物する中?

 正しく漁夫の利をせしめられることだろう。

 となれば僕は戦争に勝って、試合には負け?

 この『世界線』とやらではガリア人とフン族の連合国家が樹立し、フランスガリアを治めていく?

 そして北王国デュノーアッチラの土地アッチリアの一領として?


 ……駄目だ。フン族国家には、重大な瑕疵がある!

 だからこそ僕は受け入れられなかったし――

 フィリップ王の『無能なラッキーマン』疑惑も、否定し難くなってきた!

 本当に特級オカルトが実在するというのなら、今日にでも処さねばならない。

 人の世界に、そんなものは不要だし――

 このままだと全てを巻き込む災いとして、果てしなく育っていきかねない!


 だが、『歴史の強制力』や『無能なラッキーマン』などを信じるのであれば、決して抗うべきでなく――

 否定するなら、戦うだけの利がなかった。

 それともオカルトは在り得ると確信しつつ、それでいて当の不条理に抗わねばならないのか?

 ここまで不利で勝ち目のない、それも避けたかった決戦で?

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