不穏な流れ
しかし、進軍は、さらに予期せぬ困難に直面してしまう。なんと――
想定されていた戦場に誰も居ない!
そもそもガリア中部、パリスィ近辺――近隣の者達はモントレと呼び習わす平野を主戦場と目していた。
これは事前の諜報活動で裏付けを得ていたし、地政学的にも妥当な選択といえる。
が、誰も居なかった。人っ子一人いやしない。
懸かる事態に当然、僕らも行軍速度を落すしかなかった。
なぜなら東軍の出発は確認されていて、さらにはモントレにいないのなら――
近くの何処かにいる。それだけは間違いないからだ。
さすがに天を仰ぐ。
携帯電話などの通信機器があっても、待ち合わせに失敗はある。
ましてや連絡方法など皆無の上、敵同士が呼吸を合わせてなんて……無事に成功の方が難しい。どうしたものか。
いつの間にか素描し始めた画家を、慌てて追い払う。……ほっといたら後世に『天を仰ぐ北王』とか伝わりかねない。
僕の天幕まで連れてきたのは、選王侯アンバトゥスか?
かなり好意的に思えるも、世捨てというか――斜に構えすぎは玉に瑕だ。
「とにかく物見を四方八方へ放っております。おっつけ様子は分かるでしょう」
不機嫌にシスモンドが報告してきた。
実のところ斥候の帰還率は低い。決死の命令を乱発させられれば、誰だって業腹だ。
……もしくは『敵を欺くには、まず味方から』でもないけれど、僕の企てかと疑っているのだろう。
「いくら僕だって、そんなにポケットへ入れてやしないよ」
が、君主の言葉は不信の眼差しで応えられた! 酷い! 僕が何をしたっていうんだ!
「……? 話を戻させて頂くが――
このままでは二進も三進もいきませんぞ! 迂闊に進めば罠の可能性がある!
かといって国力を傾けまで大軍を興したというのに、なにも為さず帰られようか!」
意外にも選王侯ベリエは、かなり常識的で助かる。話せば通じそうなのがいい。
まあ従軍を要請したのは、手元で見張る為だけど。……戦争中、味方に後ろで騒がれたら、堪ったものじゃない。
「我らだけなら不面目に耐えれば済むというもの。しかし――
友軍のキャストー殿は、見捨てらぬのでしょう?」
アンバトゥスは取り成してくれたけれど、この事態を面白がっているようだ。……後に控える
「もちろんです! 我が呼びかけに応えた盟友を捨て置いて撤兵など!」
北王的にも、ドゥリトル一門的にも『なし』だった。
それに僕が助けられたこともあるし、後継をも守ってくれることだろう。
が、それで同じ結論の繰り返しとなり、またも軍議は、何の成果もあげられなかった。
夕暮れに黄昏ながら
ああ、美味い。故郷の味だ。これこそソウルフードか。
この時代に――僕の生きる時代にインスタント麺があるはずない? そりゃ、もちろんそうだ。ある訳ない。
自分で作らなければ。
ちなみにインスタント麺のハードルは、驚くほど低い。
茹で麺の原材料な小麦の類と、それを低温で揚げる油。これだけで成立してしまう。
さらに予め味をつけておきたければ、煮詰めたスープを絡めてから揚げる。
今回はチキンスープをベースに、トウチジャン――味噌や醤油の祖先を使った。もう、ほとんど醤油ラーメンだ。
また日本人的ソウルが許さないので、特別に作らせた
そんな僕を、ちゃっかり相伴にあり着いたルーバンは、不思議そうに見返してくる。
もちろん、いわゆるヌーハラ――面を啜る音がワールドワイドにはマナー違反とか何とかじゃない。
……そもそも西洋にマナーが成立したのは十八世紀のことで、東洋から見たらミレニアム単位の後進地域だし。
「うん? 口に合わなかった?」
「美味いです! 不思議だけど、なんか美味しい! でも、そっちじゃなくて――
兄弟が神の国帰りなのは、本当なんだなあって」
あまり皆が触れてこないことを、これまたルーバンからなんて珍しい。
「俺の小母さんが、やはり兄弟みたいに……あー……その二本の棒で?カーン教の儀式をしてましたから」
そう不思議そうな僕へ答えつつ、食べかけのラーメンを
「メイおばさんは、僕らの従妹だよ、兄さん」
弟の訂正にルーバンは、上の空で拳骨を返す。……大家族での生活風景が透けて見えるようだ。
そしてカーン教は箸を食器ではなく、儀式道具として伝えているらしい。どおりで目にしなかった訳だ。
やや離れたところへ陣取り、
「ポンピオヌスめも、この……棒?で召し上がるべきだったのでは?」
「いやいや! 各自が好きな方法で良いんだよ! 僕は、この箸がいいってだけだから」
それで一件落着するかと思いきや、やはりラーメンの椀を片手にフォコンが首を捻っている。
「これは兵糧として便利でしょうか?」
……さすがは
実のところインスタント麺は、それほど便利な
なにかの容器へ入れ、お湯を注げば、数分で美味しく食べられる。
確かに便利だ。
でも、それだけなら何もしないで食べられる食料に劣る。少し気が利いてる程度でしかない。
そして前世史で圧倒的な利点だった『数を揃え易い』というのも、大量生産が可能でなければならないし――
『何か月も保存可能』なのだって、高い包装技術が前提となる。
まあ個人レベルなら利点も見出せそうだけど、やはり軍団レベルだと評価は低くなってしまう。
……なんとも皮肉なことに、現代とは真逆だ。
「しかし、これは後で食べる人も、すぐに温かい料理にありつけるのでは?」
なぜか箸に挑戦し始めたポンピオヌス君が、お湯の注がれていない手付かずの椀を――ティグレと義兄さんの分を指し示す。
いわれて義兄さん達の方を見やれば、まだ二人して剣を振り合っていた。
あれは先代が未完成で遺した奥義……かな? それの検討だろう、たぶん。
「いまのは悪くない……どころか正解やも知れぬぞ、サムソン」
「俺としては、もう少し考慮の余地が残っているかと」
いつの間にやら義兄さんは、剣匠ティグレと技術論を交わせるほどに! あと食い気にも負けなくなってる!
「御身は、もう名実を共に満たす
それは但し付きで叙勲を受けた僕らには、最大級の賛辞だったかもしれない。堪らず義兄さんも感涙の涙をみせかけるも――
「で、
という意地悪な質問で引っ込んでしまう。……色々と台無しだ。
「ぶ、ブリュンとは……いえ! ブリュンヒルダ姫とは、誠実なお付き合いを――」
「女子の求める誠実とは何なのか、俺は遂に知り得なかったが……――
我が弟子、サムソン! 御身は違えてはならぬ! どうすれば良いのか分からぬが――
とにかく怒らせぬことよ!」
……ティグレは奥さんとの婚姻で、色々と失敗した……のだろう。
それを理由に奥さんの友人から――ブーデリカから厳しく対応されちゃってるようだし。
でも、ほっといていいのかな? この師弟を放置してたら、不正解の方へ全力疾走し始めそうだ。
が――
「陛下! 物見が戻りましたぜ! 東王軍、南王軍、共にカタラウヌム平原とのことで!」
興奮したシスモンドの報で、全てか吹き飛ばされる。
……よりによってカタラウヌム!?
さすがに『歴史の強制力』というオカルトを想起せざるを得なかった。
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