参戦

 ソヌア老人は競合時してると厄介な御仁だったけど、味方になると頼もしかった。

 おそらくはフィリップ王や王太子も、南部で熾烈な権力闘争に明け暮れている。

 その内情を知れるだけでも……いや盟友アキテヌ家を中心に、南部へ橋頭保すら築いてすらくれるかもしれない。

 なにより外交力の充実――もしくは諜報機関を構築には、あと十年はかかる。その立上げ期間だけでも助けて貰えたら万々歳だ。

 またエステルにしても――母上にしても、閨閥ならではの介入を御考えなのだろう。

 詳細を全く教えて頂けなかった辺り、頼もしくもありつつ……もの凄く嫌な予感もするけど。

 まあ僕なんぞが母上やソヌア老人の上手を取ろうなんて烏滸がましい。ここは二人が味方で良かったと思おう。



 そんな訳で南部へ向かうエステル達と別れた後、僕らはパリスィのへと向かった。

 ……前世史では西欧最大の都市へ発展し、花の都とまで謳われた巴里パリの前身だったりする。この鄙び過ぎた村がだ。

 もう信じられないだろうけど、それは僕もだ。

 なぜなら前世史と比べ、いくつもの齟齬が見受けられる。


 まず川へ面しているものの、その規模が普通サイズだ。

 前世史のパリスィが漁村だったように、川は川でも大河――あの母なるセーヌ川へ面していた。

 かの川は前世史ではライン川と負けず劣らずな規模を誇り、フランス北部のど真ん中で重要な河川舟運をも担う。

 だが、この今生の世界にセーヌ川は存在しないと予想していた。……あるいは規模が小さいかで。

 なぜならゲルマン討伐の際に大河を渡っていなかった。つまりは、そう予測するしかない。


 そして前世史のパリスィは、かなり早い段階でカエサルに占領されていた。

 つまり、ローマ属州として、帝国の潤沢な資金を使い、大々的な都市開発をされている。

 それが最初の飛躍――ローマ文明化なのだけど……――

 今生のカエサルことカサエーは、最終的にガリアで敗退している。

 よってパリスィもローマ化の恩恵を被れていない。……大激変だ。


 さらに素人的予想をいえば、おそらくドゥリトル河は前世史でのセーヌ川支流に当たる。

 今生では存在しないセーヌ川は、そんな風に幾つかの支流が独立してしまってたり、目の前ように小さな川になったりと……細かく分岐してしまったのだろう。

 セーヌ川の異変が原因でドゥリトル山が隆起したのか、それとも火山活動の気まぐれで流れが変わったのか……さすがに原因の特定はしかねる。

 だが存在さえしてくれてれば北王国デュノーの王都も、その川沿いとなったと思う。前世史でも利便の良さは証明されてるし。

 もうドゥリトル山といい、セーヌ川の消失といい……悪意に満ちた嫌がらせとしか思えない。

 僕に利益があった前世史との相違なんて、トロナ石の断層隆起ぐらいだろうか?



 それでも今生のパリスィは東部へ攻勢を掛けられなくもなく、王太子の拠点――ブブネとも程よい距離で、まあまあの立地といえた。

 ……この規模の軍勢に押し掛けられたパリスィにしたら、ただ只管に災難だろうけど。

 でも、パリスィ族だって北王国デュノー建国の際に挨拶がなかった。となるのも致し方なしだろう。

 ただ、あまりのことにパリスィの村長は熱を出して寝込んだというから、少しやり過ぎたかなと思わなくもない。

 ……まあ政治的にやむを得ない犠牲コラテラル・ダメージだろうし!?


 そんなパリスィの一角――まだ青刈りした冬小麦の落穂が目に付く畑へ、指令部の大天幕は設営されていた。

 おそらく天幕暮らしときけば、薄ら寒い印象だろう。

 だが立派な銅製ダクトを備えたストーブの御蔭か、全く寒さに震えずに済む。

 これは本格的に煙突文化を伝授しようと試作したもので、この技術フィードバックが王都に使われる予定だ。


 ちなみに煙突は中世末期。パイプ型の煙突――ダクト管は、さらに後続な発明だったりする。

 これ以前はドラフト効果――半自動的吸気システムでの高効率燃焼は望めなかったし、煙が多い燃料も使えなかった。

 しかし、もう遠慮なく薪だろうと石炭だろうと使える! そう煙突ストーブならね!


 が、楽園の如き暖かさと、ひたすら待ちな状況からか――

 僕の大天幕は将帥達の屯場となり果てた!

 いや君達!? 個人用の天幕を貰えてるよね!?


「でも、宜しいんですか? 村長を放っておいて?」

「さすがに熱だして寝込んでる人を呼び出せないよ。女将さんでも話は通じるし」

「むむ!? そこへ『象』を!? ルーバン、如何するべきか!?」

「……ティグレ様、おそらくシスモンド筆頭百人長の狙いは右辺にあるかと――」

「えっ!? てっきり俺は、こちらの『車』を睨んだものと――」

 そこでサム義兄さんは、ティグレとルーバンに目で諭される。良い読みではなかったのだろう。

 四人が何をしているかといえば、一対三の変則チャトランガだ。……実質的には一対二?

 とにかくティグレとルーバンは二人で相談しながら手を進め、これも剣術の修行と義兄さんは見取り稽古をしている。

 俄かにチャトランガ熱が高まったシスモンドが、適当な修行相手を求めての奇行だ。

 いや、べつに良いけどさ。でも、大天幕は休日のサロンじゃないんだよ?

 そんな同僚の様子に肩を竦めつつフォコンは、手慰みに書類の整理をしていた。

 けっして品質の良くない紙だったけど、現場では諸手で迎えられている。……羊皮紙も悪くはないのだけど、整理整頓には向かない。

 その隣ではポンピオヌス君が師匠の手伝いをしていた。……もう少年というより、歳若い青年だなぁ。

 隅ではベクルギ騎兵を率いるヒルデブラントの話を、具合の悪そうなリゥパーが聞いていた。また二日酔いらしい。


 シスモンドには警告されちゃったけど、それでも幕僚の人選は意図的に行った。

 おそらくは同数以上との敵対が確実。下手をしたら倍、最悪で四倍――東部と西部の連合軍を相手にしなくはならない。

 さらには戦略目的すら流動的で、数も制限されている。

 こうなると他に妥協は許されない。最高の布陣で挑むべきだった。

 ……まあ、それで何時もの緩さも同行しちゃってるけど。


 が、余人には経験豊富だからこその余裕と見えるらしい。

 選王侯にして副将のフィクス侯アンバトゥスは、面白そうに皆の様子を眺めているし。

 ……御供の騎士ライダートフチュは、やや呆れているようだけど。

 もう少し外聞に気を遣うべきかなぁ?

 などと思っていたらトリストンとジナダンが――


「陛下! たったいま、物見が戻りました!」

 と部下を連れて入ってきた。

 軍服ではなく平民の装いだったし、ブブネの街への潜入を挑んだ金鵞きんが兵だろう。

「そのままで。先に子細をお願い」

 跪こうとするのを押し止め、報告を促す。

「某は第一報として!

 ブブネ滞在の王太子軍、その規模五千! 率いるは騎士ライダーオウロッキ! 副将が騎士ライダーセルパンです!」

 それを聞いて司令部は、軽く騒めいた。

 ……なるほど。つい先日までは友軍として轡を並べていた以上、敵将すらも顔見知りか。

「知ってるの?」

「王太子殿下の懐刀……は、言い過ぎかもですね。でも、いい武将かと」

 シスモンドが褒めるようでは、強敵ということか。……ガッカリだ。

 そしてリゥパーに至っては、凄みのある笑みを隠しきれないでいた。

 ああ、そうか。これは迂闊だった。国を分てば、そういうこともあるのか。

「……嬉しそうだね、リゥパー」

「はい。若様には、心よりの感謝を。これで鈍牛との因縁にケリをつけられますよ……永遠に」

「さすがに不遜であろう、そのような言い様は。それと若様ではなく、陛下と御呼びしろ」

「抜かせ、フォコン。お主とて、滾っておろう。あの蛇との対決に」

「俺と蛇との間に、お主のような遺恨はない。ただ互いに好かぬだけだ」

 と素っ気なく返すものの、その表情には凄みが張り付いていた。

 ……掛かり過ぎてる?

 でも、同族同士の争いに熱中してしまう悪癖は、フランスガリア人の宿痾だ。あのローマ帝国にすら矯正できなかったのだし。

 どうする? それでも手綱を引き締めるべき?


 が、その答えを得るよりも先に、さらに事態は混迷を極めていく。

「急使に御座います! 直ちに陛下へ御目通りを!

 イコゥナの砦が陥落の危機に! フィリップ王の劣勢にございます!」

 と伝令が金鵞きんが兵の案内で駆け込んできたからだ。

 拙い! あそこが落ちたら、東部まで一本道も同じだ! そのまま最終決戦となってしまう!

 大叔父上の動向を確認してからが望ましかったのだけど……待ったところで、ただ機会を喪うだけか?

「現時点を以て王太子勢力を敵と認定、これより介入を開始します!」

 ……これで正解のはずだ。まずは王太子の勢いを削がねば始まらない。

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