戦乱の呼び声

 なおもジュゼッペとフォコンの話し合いを見守っていたら――

「お支度が出来ましたよー!」

 と義母さんが大声を張り上げた。それもフライパンをお玉で叩きながら。

 一応、レトは北王国デュノーでも上から数えた方が早いほどの貴婦人なんだけどなぁ……。

 そして皆も途端にソワソワしだす。いかん、誰も彼もが餌付けされて!?

「陛下! 作業を続けるとしても、その……先に腹ごしらえを済ましてしまっては? せっかくの料理が冷めてしまっては、もったいのう御座いますし!」

 さすがのトリストンも食欲には――というよりもカレーの匂いには、勝てないらしい。……むしろ残業を厭わなかったと褒めるべき?

「今日は僕らもお開きにしよう。偶には良いでしょ」

 それとなく聞き耳を立てていた皆も、顔を綻ばす。

 いつの間にか王都郊外で営業開始してたも、今日は繁盛しそうだ。

 まあ、これだけ若い男が集まっていれば、そちらの欲求も満たさないと拙い。清濁併せ呑む?器量も重要だろう。

 それに――



「陛下! 今日もレディ・レトのお手伝いをしておりました」

 と出迎えてくれたネヴァン姫を筆頭とした后妃……の候補生達は、目に毒かもしれないし。

「う、うちもニンジンを切りました」

 ……ポンドール、君は僕に似ている。生活能力は全くなところが。

「ちゃんと上達してますよ、ポンドール」

 さりげなく友人を慰めるグリムさんは、その……なんというかで。エプロンと豊穣な実りの掛け算は、南極条約違反だった気が!?

 続いて小さなイフィ姫とリネット姫も、褒め称える。自慢顔が可愛い。……昔はエステルも、こんな感じだったのになぁ。


 なぜに建設中の王都へ姫君達を、と思われるかもしれないが、ちょっとした理由がある。

 ちなみに建前は『貴婦人レトの監視・監督に拠る、姫君達への后妃教育』だ。

 それはそれで必要と思われたが、しかし、真の思惑は別にある。

 なんと母上への贈り物だ。

 数年ぶりに帰ってきた父上旦那と二人っきりの時間を。それも手間の掛かる息子や監督すべき女の子達なしで。

 そんな訳なのだけど――

 この光王リュカめを見縊って貰っては困る! 空気など読まずにいえる! 嫌なことは嫌と!

 え? 母上を取られちゃう感じが嫌なんですけど? それがなにか?

 が、しかし、そのような心情を吐露したところ、義母さんと義姉さんからガチめの説教をされて、渋々に今へ至る。


 そして「后妃教育で調理人レトの助手? それ専門の炊事兵もいるのに?」とも思われただろう。

 しかし、実務へ従事するかどうかに関わらず、家事・炊事・洗濯は貴婦人の基礎教養だ。

 なにより監督役が不案内だと良し悪しも判断できないし、そうなってしまうと一族単位で長く悪影響を被ってしまう。

 また方法論を知らなければ、女官や女中への指示すら覚束ない。

 ……ようするに女性も女性で、厳しく資質を問われる時代か。


 ただ当の姫君達は、慣れない仮宿暮らしに面食らいつつも、それなりに楽しんでいるようだった。……全員が王都設計というに夢中だし。

 まあ王城が終の住処となる可能性は高い。関心があって当然か。ようするに自宅を新築なんだし。

 ……後宮部分だけとはいえ、毎日のように意見を求められるフォコンや、図面の手直しを強請られるジュゼッペには、なにか手当を考えるべきかもしれない。


 ただ、この港湾都市が末永く王都となるかは、疑問もある。

 いまのところは北王国デュノーの中心といえるけど、ここに居を定めてしまうと内陸部が遠くなってしまう。

 版図の変化具合によっては、遷都も検討に値するが……まあ、しばらくは大丈夫か? 港は港で重要な拠点だし?



 そんなことを考えながら、急ごしらえな食事用の長テーブルに着く。前に注文しておいた通りの超小盛りカレーだ。

「よし、それでは皆、食べよう!」

 僕が言い終えるや否や、全員が一斉にカレーへ手を伸ばす。

 もう義兄さんやルーバンは、飲み物の如く平らげていくし……それに女従士ベロヌは目を白黒させていた。

 こんな風にな頃を見られちゃうから、同僚の女騎士ライダーに頭が上がらなくなるんだろうなぁ。

 が、僕とて暢気にはしてられない。急いで超小盛りカレーを空にし、御代わりを頼む。

 よし! これで僕が御代わりするまで待機なんていう……なぜに、もう皿が空の子が!? 君達は、どういう食べ方を!?


 とにかく務めを果たしたところで、ゆっくりと二杯目を頂く。今生でが初めてだったのだけど、意外と鮭カレーは美味い。

 ビスケー湾西海への海流は、波浪害だけでなく海の生き物に栄養も運んでくれている。

 これを理由に豊かな海として知られていたし、実際、鰹や鮭、鱒などが大漁だ。

 もう王都にいる間は、海の幸に困ることはないだろう。いくらでも近隣の漁師に融通して貰える。

 ……いっそのこと鰹節も作っちゃうか? 米が――米麹があれば、できるはずだし?


 しかし、鰹節や味噌に思いを馳せる間もなく、港の方が騒がしくなっていた。

 そちらへ目を凝らしてみれば、いつの間にやら船が着いている。どうやら乗り降りで一悶着を起こして?

「定期便?のお客さんやろか?」

 そうポンドールは自信なさげに首を捻る。……どうやら定期便に、まだ懐疑的なようだ。



 実は領都と王都の間で、定期便が就航している。……というか反対を押し切って就航させた。

 それというのも定期便は――乗客の有無に関わらずダイヤ通りに運行は、前世史でも近世に入ってから。

 定められた路線だとか時刻表が公に約束されているなんていうのは、まだ発想の埒外な時代だ。

 そして残念ながら僕の提案も分かって貰えなかった。

 公共交通の概念は、さすがのポンドールでも難しかったらしい。乗客が居なくても出発なんて無駄とも猛反対されちゃったし。

 だけどバスや電車で分かるように、約束通りに運行してこそ価値がある。

 今日は乗客がいないから欠航だとかは、けっして認められない。それでも出発しなくては駄目だ。


 そこで実際に見れば分るよと、明け方に出航の定期便を始めてしまうことにした。まずは王都から領都へ、そして領都から王都へと。

 一日に上り下りが一本ずつなんて、どれだけ田舎なのかと思われるかもしれない。

 だが、これですら時代の最先端だし、目端の利く者は活用を始めている。

 歩けば数日の距離が半日ほどに短縮されるのだから、やはり、その利益は計り知れない。

 具体例を挙げれば魚担ぎ――身一つで往復し、担げるだけの魚を運ぶ新商売なんていうのも興きている。

 まるで江戸の鰹売りみたいだけど、あれと比べたら遥かに合理的だろう。一度に何匹も扱えるし。

 そして買い方が集まれば、売り方も集まるというもので……この時代では非常に稀な常設市場へ発展しかねなかった。

 ……王都が流通の要となる日も近い? それなら陸路とも連結させねば!



「あれはシスモンド筆頭百人長だと思いますよ、陛下」

 僕と同じように目を凝らすルーバンが騒ぎの中心人物を教えてくれた。

 人類が目を退化させてしまう前、眼球の性能から逆算すると視力にして三.〇から四.〇だったと推察されている。

 これは誰もがという平均的な数字で、目の良い人はさらに凄い。

 限界は計り知れないというか……現代人にいわせたら、ほとんどライフルスコープを使っているのにも等しかった。

 そんな目は良い部類のルーバンがいうのだから、まあ間違いないだろう。

「定期便で来たにしては、ちょっと到着が早いね。夜に軍の船を出航させたのなら……まあ急ぎの話だろうなぁ」

 不覚にも溜息を隠しきれなかった。

 どうやら休暇は――内政に励む日々は終わりだ。忌々しいことに戦場が僕を呼んでいる。

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