マレーの港

 ドゥリトル河を下りきり、少し西へ海岸線を戻るとマレーに――領名の由来な港湾都市に着いた。

「海というのは、大きいのだな。まさかガリアの森より広いとは……」

「それよりも揺れに御座いまする! 波?と申しましたか? なぜにあのような動きを……」

 などと呻きつつランボとポンピオヌス君は、波止場へとへたり込んでしまった。

 しかし、気合で堪えたのか、フォコンは真っすぐ立っている。

「若様、欠員なく到着はできましたが、何艇か破損しております。うち一艘は本格的な修理が必要だとか」

「……怪我人とか出なかった? 理由は聞いてる?」

「難所にて船底を擦ったようです。……御心当たりがおありで?」

「何艇かは僕の目でも海洋船と思えたからね。違うはずなんだ、河川用とは」


 実のところ海洋船と河川用船は、明確に違う。

 簡単にいうと河川用は水面へ浮かべた桶のような状態で、あまり水面下へ船体を沈ませない。

 なぜなら水深の浅い河川の場合、擦ったり座礁したりの危険がある。

 対するに外洋船は、強い浮力を得る為に喫水――ある程度まで船体を水面下へ沈ませていた。

 海では水深を心配の必要がないし、その方が船体の安定を図れるからだ。

 そして海用と河用が、ごちゃ混ぜとなっているのは……おそらく粗忽な商人が、中型以下なら何でもよかろうと買い付けた結果だろう。

 こうなると徴用も、本当に船体検査となって大正解だ。……荷物を満載してたら、間違いなく座礁していただろうし。


「軽く喫水してる――基本的には河川用で、非常時には海洋航海も可能が理想なんだけど……船を揃えるのには、まだまだ時間が掛かりそうだね」

「……すべて河川用にしてしまえば良いのではないか?」

 手帳を取り出しながらランボが問い質してきた。ヨロヨロな癖に頑張る人だ。

「それだと海へ出たら凄く揺れるよ? 試作縦帆帆船僕らのも河川用だったから酷かったんだし。

 まあ、それはそれとして!

 海洋船も何隻か手配してるし、修理が必要な船からは乗り換えるよう指示しておいて。船の手配にポンドールが来てるはずなんだけど……――」

「……リュカ様は、何処かへ?」

 師匠フォコンに叱られたポンピオヌス君も、なんとか姿勢を正していた。

「僕はソヌア老のところへ顔を見せに……どこかにマレー侯が所有の建物あるはずなんだけど……――」

「畏まりました。

 ――リュカ様の御移動だ。総員、配置へつけ」

 それとなく散開警戒してくれていたトリストンが手下てか金鵞きんが兵へ指示を飛ばす。

 ……ちなみにランボとトリストン達は、微妙な距離感だ。

 遺恨は無いようなのだけど、お互いに戸惑ってはいるようで……僕が仲介の労をとるべき?

「引き続きフォコンは兵の掌握と乗り換えの指示。ランボは僕に帯同ね。トリストン達は護衛をよろしく。

 よし、それじゃ急ごう! お偉方を何人も待たせちゃってる!」



 案内された部屋には、錚々たる面子が揃っていた。

 まずはソヌア老人だろうけど……隣のソヌア老人を若くして、性格も良さそうにした人は誰だろう? もしかして当代のマレー侯?

 二人の後ろへ控えるようにしてるのは、南部のアキテヌ侯キャストーと……誰だろ? 家臣とは思えないのだけど?

 そして北部イベリアスペインからカルロス。

 さらにブリタニアイギリスからはアスチュア・ンドラゴンが。

 なんとブリタニアイギリスに北部イベリアスペイン、ガリア北西のマレー領とビスケーガスコーニュ湾を取り囲む支配者達が勢揃いだ。

「やっと来たか。わいが来んにゃ始まらん。待ちだれたぞ」

「類稀な親交を結べましたし、私は退屈しませんでしたけど?」

「お主は食べてたもってばっかいやったろうが」

 どうやらカルロスとアスチュアは、この会合で友誼を結んだらしい。思わぬ失点だ。

「遅参、真に申し訳ありません。兵を纏めるのに手間取ってしまって」

「行き違いでもあったのかと思うたぞ。……信じられんほど大きな話となったしの」

 例によってソヌア老人は厭味で出迎えてくれたけど……僕の到着を待つ間に、何らかの成果をもぎ取ったに決まっている。食えない老人だ。

「お初に御目にかかる! 父とは懇意にして下さっているようで、キイモンと申しまする」

 なんとも名前の通りにキイモン穏やかな印象だし、やっぱり当代のマレー侯か。

「また御目にかかれましたな、リュカ殿! まずは我が心腹の友、騎士ライダーマティアスを御紹介したく!」

 そうキャストーに仲介されたものの、とても家臣には見えない。

「かくも早急に恩返しの場を設けて頂き、キャストーに代わって御礼を申し上げます」

 ……嫌味かな?

 おそらくポンピオヌス君みたいな独立した騎士ライダーで、アキテヌ家と同盟関係なのだろう。……苦労が偲ばれる。

 南部地元の混乱を放り投げて、遠く北部での戦争へ駆けつけちゃうあたり……マティアスの心配は見当外れでもないし。

 しかし、キャストーに限っては、むしろ親切の部類だろう。下手に暴走しちゃう前に、先回りで妥協点の提示は。

「挨拶も終わったようですから、この出会いを記念して祝宴を――」

「まだ食べるのかたもっとな、お主は!?」

「時が移る。会食なんぞ船上で済ませばよかろう。向こうでは、我らの到着を首を長くして待っておるのだぞ? ……ついでに坊の船も拝見したいでな」

 僕の船? 確かにドゥリトル海軍一号船計画は立てたけど……まだ完成は覚束ないような? それに、どうして全員が興味津々なの!?

「それは名案というもの! 出立の準備が済み次第、リュカ殿の御座船へ再び集うことにしましょうぞ!」

 屈託なくキャストーが提案し、存在すら不明の船へ集合と相成ってしまった。



 だが、この話の真に怖ろしいところは、本当に船が用意されていたことか。

「……あ! 分かったぞ! これ改良用に買い取ったベース艇でしょ?」

「違うんです、これホンマに改良を終えとります」

 しかし、船舶の改良――鋼鉄製竜骨キールへの換装は、つまるところ完全な分解整備と同義だ。こんな短期間に可能なことではない。

 それに調達担当役のポンドールも手柄顔と思いきや……珍しく冷や汗を流している。どうしちゃったんだ?

「リュカ様、ポンドールの言葉は事実に御座います。最初は話を聞くのも煙たがったというのに、リュカ様の御座船を手配と知るや、近隣中の船大工が押し掛けてきたのです」

 ポンドールの付き添いなグリムさんも保証してくれたけど……そんな馬鹿な!? どれほどのマンパワーが必要になると!?

をお信じになられるべきです、リュカ様! この西海でリュカ様に従わぬ者が居るはずもありません! むしろ御座船は用意されて当然というもの!」

 奇態なことを宣うは『西海の総領姫』ことネヴァン姫だったけど……なぜだろう? しばらく見ない内に同類の気配を強く感じさせて!?

 それに何時からポンドールやグリムさんを「御姉様」と!?

 というか、この三人はどういう組み合わせなの!?



 首を捻りながらも歓待の準備をし終えた夕刻、あっさりと謎は解けた。

 急拵えな木造の塔に、光が灯されたからだ。

 あの力強い輝きは、僕が運用係ごと提供したカーバイトランプに違いなかった。

 そして特注サイズなランプは、さらに鏡で増幅され……星すら無い闇夜だろうと、船乗りたちを家路へ導く。

 自らを果て無く広がる大海原へ置いて、初めて理解できた。あれは命を約束する希望の光だ。

 そして海の男達は――船大工たちは、ちょっとした恩返しのつもりで集まってくれたのだろう。たぶん。

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