転章・ガリアのうねり

 謁見の間には奇妙な雰囲気が漂っていた。

 母上に無言で問いかけるも、ただ首を横へ振られるばかりだし。

 仕方が無いので、もの凄く不機嫌そうなウルスへ問い質す。

「……歯でも痛いの?」

「御蔭様で虫歯は一つありませぬ! 王の使者めが、無礼千万な奴で!」

 全然に怒りが収まっていない。少し揉めたのかな?



 よくある軋轢とはいえた。

 封建社会は王を頂点とした単純なピラミッド式に思えてしまうけど、実は全く違う。それぞれの仰ぐ主君が違うからだ。

 ウルスと使者の関係を現代日本で例えると、親会社の係長クラスと子会社の重役に相当する。

 これだと互いに異なった社長君主に雇われていて、身分の上下も簡単には決めつけられない。

 普通は権力を持っている方が上に見られ、この場合だとウルスが立てられて当然なんだけど……時々に面倒な思想の持ち主もいる。

 王の臣下な自分と父上諸侯は対等であり、ウルスはその部下に過ぎないという考え方だ。

 これがドゥリトル家とプチマレ家みたいな関係性なら、まだウルスも納得したことだろう。

 なぜなら両家は名実ともにこう――何処かの領主であるからだ。

 領地の大きさに違いはあろうと、等しく王に忠誠を誓いし諸侯といえる。日本で大名と旗本が、ほぼ同格と扱われたようなものだ。

 しかし、それを王に雇われた一軍人に主張されてしまうと、さすがに首を捻る者の方が多かった。



「代弁者を拝命したマクォルにございます。御名代は奥方様が? そちらはリュカ君で? 大きくなられましたなぁ!」

 さすがに謁見の間はざわついた。マクォルが不遜を通り越し、ひたすらに失礼だったからだ。……これではウルスが怒って無理もない。

「母上? この者と僕は面識があるのですか?」

「……記憶にない顔ですね。吾子が乳飲み子だった頃、王がドゥリトルへお越し下さいましたから……その折に随員か何かだったのでは?」

 母上は人の顔や名前を覚える専門家プロといって差支えがない。

 その知見から漏れる――それも一度は面識があるらしいのに!――ようなら、このマクォルはか。

 小声での照会を済ませ、仕方が無いのでへ取り掛かる。

 ……王太子あたりが、とっておきを選り分けたのだろうか? 僕をイラつかせるために?


 それはそれとして……白で縁取った青のチュニックに赤のマント――おそらく軍団兵用の礼装だろう――は、悪くなかった。

 伝統的な蛮族ブルーで、差し色にガリアの白だ。

 どこから赤を持ってきたのか分からないけど、期せずしてフランスの三色旗トリコロールになっている。実にチョイスだ。

 トリスタン達にも旗や礼服は要るんだけど、似たような感じで良いかもしれない。

 ゲルマンドイツとも挟まれてるし、青に白、黒の三色? ……それじゃ消しゴムか。


「名代を仰せつかったリュカにございます。本日はいかなる御用向きで?」

「おお! リュカ君が名代であらせられたか! いや、歳若くとも名代ならば、リュカ殿と申し上げるべきでしたな!」

 謁見の間は静まり返り、僕や母上ですら肝が冷えるほどの殺気が籠り始めた。

 ……無謀な振る舞いで豪胆に見られると、どうして誤解され易いのだろう?

 満面の笑みで動き出した騎士ライダーリゥパーを手で押し止める。

「今日は占いの気分じゃない! それに母上の御前だよ!? あと悪い卦でも出たら、どうするの!」

「その時は、良い卦が出るまで繰り返させるだけのこと」

 意外なことに反論の主はウルスだった。もう半ば目が据わりかけてる。

 でも、皆が満足するまで繰り返したら、あっという間にマクォルの歯は無くなってしまう!

 うちの騎士ライダーは問題人物しかいないと思っていたけど……その最長老からにして、イケイケ過ぎじゃなかろうか?

 とにかく仕事を済ませてしまおう。何事も終わらせてしまうのが一番だ。

「して、王は如何なる御用で?」

「我らが賢王フィリップ様に在らせられては、帝国と和睦を結ばれた! 臣民こぞって、王の英断と平和を言祝ごうではないか!」

 戦争の終結!

 予想していた時期より早くはある。だが南部の被占領地を取り返せていれば、痛み分けで収められなくもなかった。

 ガリア側に決定権があったとは思えないから……遥か東方では大戦争――帝国対帝国の戦いが始まる?

 依然としてゲルマンドイツ人やン族、イタリア北部ゴート諸族と問題は残るものの……ここで最大勢力だったビゾントン帝国が、西方の動乱から撤退は喜ばしい。

「この慶事に際し、王は重荷おろし徳政令の発令を決断され――

「はあ!? 王は血迷わられたか!?」



 ヨーロッパにも徳政令という言葉や概念は存在する。なんと古くは都市国家時代にだし。

 徳政――貧困層の救済と徳政令は別物だとか、その徳政令だって主眼は偏り過ぎた富の再配分だった訳で、あまり単純に考えるべきではない。

 しかし、現代の用語へ直すと、その恐ろしさは際立つ。

 債務不履行しつつ、さらには債権放棄も強要と……もう国家という暴力装置の後ろ盾でもなければ、絶対に為し得ない蛮行だ。

 必ず金融不安を引き起こしてしまうし、政情だって甚だしく不安定となり、さらには重篤なモラルハザードをも生む。

 百害あって一利なしというか、その成功事例は存在しない。どこかに歪が生じてしまうし、それで竹箆しっぺ返しを食らわせられる。


 だが、偶然にも『永仁の徳政令』の状況と――大元帝国を退けた鎌倉幕府と似てなくもない。

 長く続いた戦乱から諸侯は借金漬けで首の回らなくなる寸前だろうし、かといって王にも恩賞を配るだけの財源は無さそうだ。

 そして王国にとって諸侯の弱体化は、国力の低下と同義だった。看過していたら、いずれは取り返しがつかなくなる。

 そんな理由で王は、劇薬と知りつつも徳政令を? 自分だけは、この魔物を使いこなせると信じて?



「王の御言葉ですぞ! 立場を弁えられよ!」

 当然の如くマクォルは憤慨するけど、少し黙っていてくれないものか。考え事の邪魔だし、もう分らせt――

「急使に御座います! 各々方、どうか道を開けられよ!」

 突然、取り次ぎすら無しで二人の騎士ライダーが謁見の間へ駈け込んできた。

 片方の騎士ライダーには見覚えがあった。家中のソンギィエだ。でも父上と従軍中だったような?

 それに二人とも戦装束のままな上、あちこちに包帯を巻いていたりで……文字通りの急使――最前線から直行してきたのだろう。

「何者か! 無礼であるぞ! 王の御言葉を下知しておるところだ! 控e――

 しかし、最後まで言い終えることなく、マクォルは殴り飛ばされる。

「古来より急使は妨げぬのが倣い! 其の方こそ道を譲れ!」

 ……まあリゥパーだ。

 好機を逃さぬ早業だったけれど、急いたのか首尾が良くなかった。

 この流れで折れたのは一本だけとか、もの凄く験が悪いよ! やり直して!

「リュカめがドゥリトル候父上の名代と御理解されておいでか?

 もちろん王家は尊むべき盟主。されど、あくまでも我らとは盟友の間柄。

 その旗下に在ろうとも、ドゥリトルは王家の召使ではござりませぬ。

 ましてや王家といえど使い走り風情に同格と思われては不愉快千万。この機に心得違いを正されるが宜しかろう。

 ――さて、まずは労いたきところですが、時が移ります。急ぎの報せとは?」

 だが跪いた騎士ライダーソンギィエは――

「御人払いを願いたく」

 と求めてきた。これは余程の一大事か。

 それとない母上の仕草に主だった者以外は次々と退出し、謁見の間の大扉や窓ガラスも閉められていく。

「忌々しき事態に御座います! 御屋形様が虜囚の辱めを! 帝国軍の虜と!」

 驚愕の報告に思わず絶句し、頭の中も真っ白となった。


 ――――

追記:投稿しました

『現代科学チート・中間とりまとめ@銀髪ショタ転生』

https://kakuyomu.jp/works/16816927863144019330

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