金鵞城・下

 心当たりは一つしかないけど、とにもかくにも裏手へ様子を見に行く。……怪我人でもでてたら大事だ。

 そして試験場――土嚢を積み上げた防壁の周りでは、セバストじいやウルスわが師がさめざめと嘆いていた。

「若様! わしらの反射炉がッ! わしらの反射炉がぁッ!」

破裂してしまいましたッ!」

 ……うん。そんなことだと思ったよというか、それぐらいしか考えつけなかったよ、爆発音なんて。

「最初から何度も破裂すると教えたじゃない! もう何度も見てるでしょ? ――誰か怪我したりしてない?」

 僕の問いかけへ、仕切りの棟梁が肩を竦める。

 まあ、そりゃそうか。その為に反射炉をぐるりと土嚢で囲っているんだし。

「それでも我が子が怪我をしたも同然な気持ちなんですじゃ!」

「はよう、わしらの反射炉を直してあげてやってください!」

 「わしらの」連呼は癇に障らないでもないけど、二人は反射炉計画のスポンサーだし妥当?

 手元資金なしで重要計画を推進できるし、なにより父上に雇われてる鍛冶職人たちの助力も仰ぎやすくなる。

 一石二鳥の妙案と思ったんだけど、正直、この熱中具合は想定外だ。……なにか間違えたかな?

「はやく直せっていわれても……うーん? ――どうなの? 親方シェフ?」

「今回はところまでいったので、とりあえずへ流し込んじまおうかと。なので修理も時間はかからねぇと思いやすぜ?」

 鍛冶職人たちから伝わる信頼に、万感の思いがこみ上げてきそうだ。……はじめは全く信用してくれなかったもんなぁ。

「おお! 今日はところまで! 政務をほったらかして来た甲斐が!」

「わ、わしは若様に乗馬の指南ですしッ!」

 二人ともドゥリトルの大黒柱なのになぁ。どうにも反射炉が絡むと、まるで子供返りでもしたかのようだ。

 ……うん。諦めた。

「じゃ、流してしまおう。……二人とも待ちきれないみたいだからさ?」

 首を振りながらの指示に、鍛冶職人たちは苦笑いを隠しきれてなかったけど……親愛の情のようなニュアンスもあったので、まあ問題なかろう。ないはずだ。


 そんな前座もありつつ、いよいよ反射炉のは抜かれた。

 焦らすかのようなタイムラグの後、ゆっくりと灼熱した鉄鉱石――それも超高温で液化した鉄鉱石が溝を流れていく。

 同時に鍛冶職人たちから息を呑む気配が伝わてくる。

 いまだ慣れないのだろう。鉄鉱石が――鉄が液化するというの出来事に。

 しかし、そんな厳かな雰囲気も老人二人にかかれば台無しだ。

「ああ! 鉄が! 鉄があのように沢山!」

「それも蜂蜜が如く柔らかく!」

 と大興奮している。

 ……それぞれが内政と軍事を司る最高責任者のうち一人だから、ある意味で妥当!?



 これは鉄鉱石に含まれる鉄の含有量に明るくないと、二人の興奮を理解できないかもしれない。

 優良な鉄鉱石で、その含有量は五〇パーセントにもなる。

 一キロの鉄鉱石から五〇〇グラムの鉄が取れるという意味で、それだけじゃ短剣一本作れるかどうかだけど……それすら金貨数枚で取引されている。

 鉄の値段だけでなら、鉄二グラム前後に対して銀一グラムといったところか。……これでも怒涛の値下がり中なのが驚きだ。

 そして僕らの反射炉は一回で約五〇〇キロの鉄鉱石を処理できるから、ざっくり二五〇キロの鉄を精製できる。

 言い換えると一回の操業分で、現代の価値にして六千万円前後という意味不明な値段がつく。

 経費も尋常じゃないといっても、ほぼ錬金術同然だ。

 なるほど鉄は国家だろうし、これから起きる鉄の大暴落も頷けるし、セバストとウルスが夢中になるのも当然か。

 残念ながらドゥリトルで採れる鉄鉱石は質が悪い――含有量も三、四割程度で効率悪くなるけど……それでも凄い数字のままだし。


 また鉄鉱石が溶けるといわれ、首を捻られるかもしれない。

 だが、実のところ現代人は、溶けた鉄鉱石が如何なる物質か知っている。

 超高熱で鉄鉱石――土や石を溶かしたのだから、つまりは溶岩のことだ。

 そして反射炉も『』が推奨するだけあって、実在するでは最も単純な構造をしている。

 ようするに半ドーム状な窯の中で、超高温――一五〇〇℃以上の火を焚いてるだけだ。

 その熱で鉄鉱石が液化した頃合いを見計らい、壁の下側へ開けておいた穴の栓を抜く。……お風呂の排水などと同じ理屈だ。

 流れでた鉄鉱石は、あらかじめ作っておいた転炉――鉄製の巨大な樽で受ける。

 大きな鉄の樽なんて作れるはずがない?

 それは勘違いだ。

 反射炉は鉄鉱石も溶かせるけど、鉄や鋼鉄でも溶かせる。

 なので巨大な鉄の樽が欲しかったら、鉄鉱石の代わりに鉄を溶かせばいい。

 溶かした鉄を鋳型へ流せば、この時代には存在しない一体成型かつ大型な鉄製品の出来上がりだ。


 さらに巨大な樽へ受けるのも、非常に簡単な理屈による。

 溶けた鉄鉱石は、グラスへ流し込んだ泡立つビールみたいに鉄より軽い不純物の層を作る。

 そこで樽を傾けてつつ上に溜まった泡――不純物を掻き出してしまう。……もう少し優れた方法もあるけど、これが一番に簡単だ。

 それからインゴットや作りたい物の鋳型へ流し込み、最後に残る鉄より重い不純物は棄てる。


 これが高度技術現代科学チートといわれても納得できない。そのような方もおられるだろう。

 しかし、この単純な反射炉ですら、製鉄に利用されるのは近世から。日本などは黒船来航の時に伝授され、やっと溶鉄という技術を知った。

 もう男たちの昴を何回リピートすればよいのか分からないぐらい――軽く二桁は技術革新を繰り返した末といえる。



 さらに製鉄が辿った苦難の歴史を知らないと、反射炉の優秀さは理解できないかもしれない。

 まず鉄の融点が一五三八℃もあった。

 しかし、木炭などはふいごで風を送って、なんとか一三〇〇℃弱がやっとだ。

 そこで御先祖様たちは、炭素と同時に加熱することで――鉄の炭素含有量を増やすことで、鉄の融点降下を図った。

 「融点が高すぎて届かないなら、その融点を下げればいいでしょ」という、まるで頓智めいた回答だけれど、とにかく製鉄は可能となった。


 だが、色々と問題も残る。

 なんとかして一二〇〇℃台の温度へ到達し、同じく鉄の融点も一二〇〇℃台へと下げた。

 ここで室温〇℃で放置されたアイスクリームの塊を想像してみて欲しい。

 そのアイスクリームは、液状になっているだろうか?

 もちろん果てしなく時間をかければ溶けるだろけど、基本的には柔らかくなるだけだ。

 これは一二〇〇℃台に保たれた鉄も変わらない。融点をギリギリ超える程度で溶けるまでは難しかった。


 また鉄以外の成分――一般的な石や土の融点は一二〇〇℃以下なので、鉄鉱石から真っ先に流れ出ていく。

 結果として御先祖様たちはスポンジ状で柔らかく、そして炭素を多く含む鉄を獲得していた。

 この状態から叩いて力技で成形し、なんとか利用する。

 それが原初の製鉄だ。

 原理的に近いのが『たたら製鉄』などで、材料を熱しきり、かつ各種化学反応が済むまで三日も必要だったという。


 さすがに捗らないので裸火でなく、窯や炉を利用しての高温化を考え始める。

 しかし、それは現実化の難しい発想だった。

 すでに述べたように一般的な石や土の融点は一二〇〇℃以下であり、それ以上の温度を閉じ込めようとしたら溶けてしまう。

 もう建築技術や工夫以前の問題で、材料工学の発展が必要だった。


 さらに窯や炉が作れたところで、それそのものは高温化に寄与してくれない。

 あくまでもエネルギー効率を高める仕組みに過ぎず、パワーソースではないからだ。

 高い温度が欲しかったら、それが可能な特別の熱源が必要だった。



 しかし、逆に『超高温に耐えうる建材』や『超高温を発生させる燃料』さえあれば、単純な方法で全てが解決される。

 


 『超高温に耐えうる建材』は、探すまでもなかった。

 奇跡的な偶然に恵まれ、すでに発見済みだ。偽の鉱山から産出されるボーキサイトを!

 まず現代でも使われる耐熱セメントは、アルミンが六、生石灰が六、石英が一、赤鉄鉱が一だ。

 しかし、ボーキサイトそのものがアルミンと石英、赤鉄鉱の混合物なので、ボーキサイトが四に生石灰が三の比率で混ぜ合わすと、いい加減ながらも耐熱セメントが作れる。

 きちんと作れば一八〇〇℃くらいまで耐えるというから驚く他ない。ちなみに樽――転炉の内側は、この耐熱セメントでコーティング済みだ。


 もう少し真面目に作るのなら、粉末化したボーキサイトを二五〇℃以上に熱した水酸化ナトリウム石鹸作るときのアレで洗浄――つまりは煮てから、不純物を取り除いて放置しておくと、水酸化アルミニウムとして沈殿される。

 これを一〇五〇℃以上の温度で焼けば、アルミナ精製の完了だ。

 そして純度九十九パーセント以上のアルミナこそ、耐火レンガであり二〇七二℃まで耐えてくれる。

 

 『超高温を発生させる燃料』は、近代や現代ではコークス――石炭を超高温で蒸し焼きにして、硫黄などを取り除いたものが主流となっている。

 これは石炭をアルミホイルに包んで炙る程度のことだから、実はそれほど難しくない。

 ……問題なのは適した石炭の入手と燃料費か。

 しかし、御婆様は無煙炭を――天然のコークスを使われていた!

 やや希少資源である無煙炭や煽石せんせきが、どれだけ埋蔵されているか不明だけど……ようは自作か輸入が可能になるまで持てばいい!

 コークスならば理想状況で一六〇〇℃超えすら可能というし、反射炉は煙突効果によって自動吸気するほどの高効率だ。

 それにコークス炉ならば八時間もあれば溶鉄が可能という。もしかしたら結果的に安いまである。


 ただ最低条件はクリアできたものの、技術精度の問題もあった。

 建材に僅かでも気泡が混じっていると、それが超高温によって膨張し、最後には破裂してしまう。

 対策は気泡が混じらないようにするしかないが、どうしてもミスは発生する。そもそも全員が初心者だ。

 でも、逆に考えると劣悪なパーツは、破裂させることで発見できた。

 予め壊れる覚悟を、さらには何度でも直す覚悟をも決めれば、いつかは支障なく運用の可能な反射炉を手に入れられる。

 ……実際、もう壊れた回数は両手の指じゃ利かないし、中途半端なタイミングだと半溶解した鉄鉱石の撤去が大変だったりで散々だ。



 ほとんどのパーツ――予算と人手以外の全てが揃っているのだから、やらない理由はないだろう。

 でも、ポンドールのところへ無心にいったら怖い顔をされたので、仕方なしに自分でスポンサーを探す羽目になった。

 儲けたら倍返しと破格の条件を提示したのに、正直いって理解不能だ。

 ……まあ軍事機密に近いし、これはこれで?

 そこで二人からは最初はちびちびと予算を強請り、途中からは「これまでの投資が無駄になっちゃうよ?」と嘯きながら要求した。

 ……コンコルド効果のちょっとした応用だ。

 もはや『山で掘ってきた石を金や銀に変える』というベンチャー企業にも等しい。多少は許してもらいたいところだ。

 え? 二人が異常なまでにのめり込んでいるのは、お前の責任?

 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 でも、大切なのは、二人とも無事に投資分は取り戻せそうなことだろう。

 十数回分ほどの生産量を輸出へ回せば、なんとか返済できそうだし。……うん。少し二人には、投資させ過ぎた?



 しかし、ここまで遠慮なく現代科学を使っても、生産量は全然足りなかった。

 仮に反射炉一基を休みなく稼働させても、領民一人当たりへ直せば僅か七三〇グラムだ。

 全てを民生へ回しても一年につき短剣一振り分が精一杯では、まだまだ効率の悪い木製農具に頼っていくしかなかった。

 そして休みなく稼働できた場合の試算であり、おそらく半分も達成できないだろう。

 ……あと数基は反射炉が要る?

 しかし、まだ完成してない試験炉ですら、ここまでに半年以上もかかった。

 この調子だと一基完成させるのに一年がかりだろうか? 何事もなく順調に進んで。

 そして基本技術――まだ鉄の量産でしかなかった。

 ここから鋼鉄へ。それも高品質かつ量産も可能な体制を整えねばならない。

 軍用品の大半は鋼鉄製が求められたし、戦争とは物量であり、すなわち製鉄能力だからだ。


 でも今回は採算を度外視できる。

 国防予算なんだから、大赤字でなければ十分だろう。

 そして即効性のある新戦術や兵器の準備も、二年あれば足りる。

 間に合わせで時間稼ぎを続けていれば、いままでに蒔いた種も次々と芽吹いていく!

 よし! これで負けない! 間に合った!

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