私はもう悲しまない
とゅっちー
わからない
幼いころから違和感があった。
私は普通の子とは違うのかもしれない。そう思ったのは幼稚園児の頃だった。
私がやろうとしたことはたいてい親に止められていたし、他の子も私がやろうとすると「どうして?」という顔をしていた。
友達になら「やりたいから」といえば仲間に入れてくれたし何か言われたとしても最終的には楽しく遊んでくれた。
だけど親は違っていた。やりたいからといっても「ダメ」と一向にやらせてくれなかった。
それならと親が進めてきたものをやってみたが一向に面白くならなかった。
野球もサッカーもラグビーも、全部全部面白くなかった。
それを口に出すたびに親は言ってきた。
「なんで面白さがわからないの?」
ただ、その言葉を言われて私が言うことは一つだった。
「わからない」
私はそう言っていつものように人形で遊んだ。
なぜ人形で遊ぶのはいけないんだろう。友達の女の子は「新しいお人を買ってもらっちゃった」とか「お人形さんに着せるワンピースが欲しいな」とかそればっかり言ってるのに私が言うとやめなさいと否定される。
おままごとも折り紙もそうだった。
どうして? と聞くと決まってこう言われた。
「あなたは男の子なんだから」
小さいころから男の子なんだからと言われ続けた。それでも反抗して女の子の格好をしてきた。はじめは親もいろいろと言ってきたが多分呆れたのだろう。次第に何も言わなくなった。
小学校、中学校もそのままの格好で入学し男だってことは言わずにいた。ただ、それが問題になった。
「お前、男なんだろ」
クラスの中でリーダー格の男がみんなに聞こえるような声でそう言った。私は男子であることを「言えなかった」わけじゃなくて「言わなかった」だけだったのでその問いに「だから?」って返した。
多分その態度が気に入らなかったんだと思う。
私はカッターナイフやハサミで皮膚ごと服を破かれ、肩まで伸ばしていた長い髪もバッサリと切られてしまった。
反抗なんてできなかった。ただただ怖くて涙が出て、そしてその涙が汚いと今度は水をかけられた。
ボロボロびしょびしょになった私を見てみんなが私を笑った。
「ほんとに男子だったんだ」
「男のくせに気持ち悪い」
「うげー、女だと思って狙ってたのに」
いつもはそんなに気にならなかった悪口が今はすごく怖かった。怖くて、泣きたくて、でもまた水をかけられるのが怖くて泣けなくて。
息ができなくなって視界がゆがみ始めてもう自分が立っているのかどうかも分からなくなって思わず廊下に走り出した。あの教室にあれ以上いると倒れてしまいそうだった。
はあ、はあと息を切らしながら走る。周りなんか見れなくて私を見る人見る人すべてが怖くて人のいないところへと走った。
コツっとつまずいて右肩から地面に落ちた。全力で走っていたから地面にぶつかった右肩がすごく痛くて私はそのまま立ち上がれなかった。
多分立ち上がれないのは右肩のせいだけじゃないんだろうけど、そう思わなければこのままここで泣いてしまいそうだった。泣いたらきっとまた水をかけられる。もしかしたら今度は泥水かもしれないし熱湯かもしれない。とにかく泣いたらダメなんだ。私の涙は汚いんだ。そう思って泣く代わりに私は手を思いきり握りしめた。
そこから後の記憶はほとんどない。気が付いたら自分の部屋のベッドの上にいた。いつもの可愛い服を着てて、どこも汚れてなんかいない。
もしかしたら全部夢だったのかなと思ったけど違った。鏡に映る私に髪の毛はほとんどなかった。明らかに切り落とされたとわかる髪の毛を見てまた泣きそうになる。
けど目を閉じてじっとこらえた。
「泣いちゃダメなんだ。泣いたら……」
しばらくしてリビングに入るとお母さんが「おはよう」と声をかけてくれた。私も心配をかけちゃダメだとおはようと返したかった。
けどダメだった。声が思うように出なかった。必死に声を出そうとのどを抑えても出てくるのはスースーとかすれた音だけだった。
怖くなってドタドタとうるさく音を立てながら自分の部屋に戻って布団にくるまった。
罰、なのかもしれない。今まで男の子であるにもかかわらず女の子として生活していた自分に罰が下ったんだ。震える手を喉にあてもう一度声を出そうとするが今度もかすれた音しか出てこない。
トントンとドアがやさしく叩かれた。多分お母さんだ。けど、今の私に返事をする手段なんてなかったからそのまま何も言わなかった。
「あのね、もしも辛かったら逃げてもいいから」
お母さんのこんなにやさしい声を聴いたのは何年ぶりだろう。昔は男の子らしくしなさいと強く言われ続け、私の格好に何も言わなくなった後も半分馬鹿にするような声しか聞かなかったから、もしかしたから初めてなのかもしれない。
「お母さん、あなたには男らしく育ってほしかった。それは今でも変わらないの。でもね、あれだけボロボロのあなたを見て『ほら見ろ』なんて思わなかった。どうしてこうなってしまったんだろうって、あなたを女の子に産んであげればよかったのにって思ったのよ。本当にごめんなさい」
お母さんのせいじゃないよ、私が悪いからって言いたいのに声が出ないせいで言えなかった。
「もしもね、これからも女の子としていきたいならお母さんも協力するから。お父さんもそうよ。あなたがしたいことをして、あなたにしかできない人生を送ってほしいの」
それだけはわかってほしかったの、と言ってお母さんは私の部屋の前からいなくなった。
あれだけ認めてほしかったはずなのにどうしてこんなに心が痛いんだろう。
痛い、痛いよ。
それからしばらくは学校を休むことにした。両親もそのことには賛成してくれたからほとんど家の中で生活していた。体の傷自体は2,3日も寝れば良くなっていた。服を切ることが目的だったおかげで体に深く刃が刺さってなかったみたいだ。ただ、どうしても学校に行こうと思えなかった。行こうとするとあの時されたことを思い出して立てなくなってしまうから。
少しずつ、少しずつ学校へ行こうと歩いてみるた。でも、どうしても途中で足がもたなくなって立ち止まってしまう。
けど、そんな私を変える出来事が起こった。
それはある晴れた日のことだった。なんとか声も出るようになって学校まであと半分くらいかなというところまで歩けるようになった私はたまたま見つけた本屋さんに入った。私が学校を休んでる間にできたのか見覚えのない本屋になんとなく興味がわいた。
制服姿の私を見てもしかしたら何か言われるかもと思ったけどそんなこともなく本屋の中に入っていった。特に欲しい本もなかったからぶらぶらと見ていると不思議な本があった。近くにかわいらしいポップが付いていて『世界はどこまでもシンプルであり、人は今日からでも幸せになれる』と書かれた本だ。
世界がシンプルなら私はこんな悩まないよ、と心の中で突っ込みを入れながらもこの本から目が離せなかった。一目惚れだったのかもしれない。もしくは少し期待したのかもしれない。
私は中身も見ずにこの本を買った。家に帰るのももどかしくて近くの公園で本を開いた。そして久しぶりに涙を流した。
本を読んだ次の日から私はあれほど怖かった学校にすんなりと行けるようになった。同じことをされたらどうしよう、みんなに笑われたらどうしよう、そう思っていた日が遠く懐かしく感じる。どうしてそんなことを気にしていたのか今では思い出せない。だってどうでもいいことだから。
「おっはよ~!」
教室に入って元気な声でみんなに挨拶をした。別に誰にしたわけでもないから返事なんて求めてなかったけどあの時のリーダー格の男が私に挨拶を返してくれた。
「お前さ、男のくせにまだそんな格好してんだな、気持ちわり」
あの日と変わらずニヤニヤとした顔。
「うん、そうだけどなにか」
「なにか? じゃねえよ。気持ち悪いから脱げって言ってんだよ」
「どうして」
「いいからさっさと脱げよオカマ野郎」
適当な返事しかしなかった私に怒ったのか彼は私の胸ぐらをつかんだ。そのせいでせっかくきれいに結んだタイがぐしゃっと乱れてしまった。
「別に君が気持ち悪いって思うのは自由だけどどうして私は脱がないといけないの? 気持ち悪いなら私を見なければいいじゃない」
笑顔で言おうと思ったけどへらへらしたくなかったから軽く笑って言った。そしたら彼の眼は一瞬ビクッと歪んだけど私を離してはくれなかった。まだカバン持ったままだから早く離してほしいんだけどなと思っていると横から別の男が現れた。確かリーダー格の男と一緒に私の髪を切った男だと思う。よく覚えてないけど。
「てめえ調子乗ってんじゃねえぞ!」
同じように胸ぐらをつかんでくる。乱れたタイが完全に解けてしまっている。
「だ、か、ら……私が調子乗ってたとしてどうしてあなたが怒るの? いやなら私を無視すればいいじゃない。突っかかってくるってことは私のことが好きだったりするのかしら」
「んなわけねえだろ!」
「じゃあ離してくれない? ずっとカバン持ったままだから腕が疲れてきたの」
目の前にいた二人の手を払うと思ったりよりもあっさりと解放してくれた。
周りの人間が私を見ている中、自分の席まで来て少し安心した。私の机がちゃんとあったからだ。もし無かったら授業を受けられなかったかもしれない。それはちょっとめんどうである。
その後何度か私に聞こえるように悪口を言ったり馬鹿にしたりする人がいたけど全く気にならなかった。
私はもう悲しんだりしない。
だって興味ないもん。
人間に、ね。
私はもう悲しまない とゅっちー @cherry_east
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