序章 才能などこの世に存在しない.....
「朝か......」
清々しい朝。過去に戻ってから初日が終わった。今日は七月七日土曜日。七夕祭りが開催される日である。
オレは今日、本当にあの娘に逢えるのか不安が一杯だった。過去を変えることは今ある未来も変わることになる。慎重にやらなければならない。
早速計画の準備を開始しようと立ち上がろうとしたが何故か重くて立ち上がれない。
ん?何か柔らかい感触が......
「ひゃん!」
何だこの甘くて可愛らしい声は。その声はオレの知っている人の声。昨日も会話したあの人の声だ。
「てっそらねぇ。重いから退いてくれないか?」
冷静に尚且つ胸を触ったことに怒らせないように慎重に言った。
「そーくん、私は重くないよ!それに私を嫌らしい手付きであんなことやこんなことや。」
ああ!うるさいなー。ちょっと無視するか。
「あっそうですか。じゃあオレはこれで.....」
姉を退けて部屋から出ようとした。
「え?ちょっと無視!?ねぇそーくんてば!待っ.....」
姉の言葉を途中で扉を閉めて遮った。流石にやり過ぎなのでは?と思うがあの姉の事だ。絶対気にしてない。後、尚且つあの姉の性癖は物凄くヤバいからオレも極力は関わりたくない。
「もう~そーくんのバカっ!ふん!そーくんのベッドに潜らせて貰うからね♪」
一方部屋では蒼人の考えていたことが行われていた。
リビングに向かったのは良いが何であんたが居るんだよ。
「おう!蒼人起きたか。おはよう!昨日は少し元気が無かったようだが大丈夫か?」
「ん?別に何でもない。それより父さん.....その格好は.....」
オレの視界に映ったのは父さんの格好である。色々とヤバい。確かこの時の親父は少々可笑しかったな。
「ああ。これか?やっぱり漫画を描くに当たって自分で体験しないとな。似合ってるか?」
やめろ.....恥ずかしいから。正直に言うとヤバいけどこれが何とも似合っているというか違和感が無いというかが憎い!
絶対近所の方には見せたくないが......
現在の父の姿は女装姿である。これが何とも似合っている。本当に女性なのでは?と思ってしまうが男である。
とまあ一つだけ突っ込みを入れとこうか。
「父さん.....今思ったんだか、娘たちにその格好を着させて勉強すれば良かったんじゃないか?」
「───あっ!」
その反応だと気付いていなかったのかぁ~!わざわざ恥ずかしい格好をしてまで自己犠牲したのにこれだ。正直言おうか。
「これを世間で言う馬鹿って奴だな。」
止めの一撃を喰らわせる。別に父には恨みはない。元の時間の父に恨みがあるだけでこの時間の父には恨みなど無い。
「早く着替えてきな。」
オレがそう言うと父は部屋に全力で戻って行った。やれやれと言いたい。
うん?偶然視界に映ったのは朝食であった。これ.....誰が作ったんだ?
飯担当はオレだったはずだ。しかし生憎今日は遅く起床してしまったため担当を無視してしまった。じゃあこれは誰が?
「兄さんようやく起きてきたんですか。」
兄さん?オレの事か?声のした方向を見るとエプロン姿の女の子。年はオレより下だろう。ポニーテールに結ばれた髪が尻尾みたいにフリフリと動いている。
「どうしたんですか?兄さん。私の顔をじっと見つめて。私の顔に何かついているんですか?」
「あっいや別に。」
「そうですか。早く食べないと冷めますよ。」
小動物ぽい女の子に言われて席につく。とその前に気になるのは........
「突然ですまんが君は誰だったっけ?」
本来このような事を言わない方が身のためだが本当に目の前に居る子は知らない。と言うか覚えていない。
オレの言った言葉に彼女はみるみると顔を赤く膨れ上がれこう言う。
「兄さん!私の事忘れたんですか!はぁ~流石に酷すぎます。」
知らない女の子に酷いと言われた。そう言われても知らないものは知らない。極力オレは興味の無いことは覚えない主義だ。まあそれのせいで今、目の前に居る子が泣きそう表情でオレもどうすれば良いかわからずにいる。
取り敢えず何か聞いてみよう。
「すまんがオレは記憶が長持ちしないんでな。多分何かキーワードを言ってくれたら思い出すかもしれん。」
「?」
何言ってるんだオレ。この子完全にこの人何いってるのですかと思っている顔なんだけど。
「はぁ~仕方ありませんね。私は蒼空そあです──貴方の蒼人くんの妹です。」
は!?妹です......
彼女はオレの妹だと言う。先程まで理解出来ずにいたがうっすらと記憶が蘇る。
妹と言えば確かにいたような気がする。と言っても別居中だったんじゃなかったかな。オレの知る過去では父と母はある一件で別居、破局寸前だった。
それでそらねぇは父が心配で父側に行った。そしてこの妹は母の方へ。オレはと言うとどちらでも良かった。父にも母にも相手されなかったからな。
「蒼空か。大きくなったな?今、いくつだったかな?」
そうしながら妹の頭を撫でる。優しく髪を梳くように。
「やめてください兄さん。私はもう十五歳なので子どもではありません。撫で無いでくださいぃ~。」
最初までは顔を赤らめて嬉しそうにしていたが途中で拒否られた。懐かしい過ぎてちょっとやり過ぎたかと思うが大丈夫だろう。
もう何年も会っていなかったことか。名前も顔もすっかり忘れてしまっていた。
「悪い悪い。それで何で蒼空がどうしてこの家に?」
別居中のはずなのに何故ここにいるのか不思議だった。
「何言ってるんですか兄さん。私はずっとこの家に居ますよ。遂にボケちゃったんですか?」
何と言うことだ!おっと行かん行かんさっきのはオレらしく無かったな。
つまりこう言うことか。妹の蒼空がこの家に住んでいることは母も居る事になる。その前に父と母の仲は向上であると言えるだろう。
オレの知る過去と違うというのが結論でる。もしかしたら何かしらのトラブルにより拗れてしまっているのかそれとも......
「兄さん!また考え事して。冷めちゃいますよ。」
「悪いな。」
「はぁ~本日で何回目ですか?兄さんの考え事は私には理解できません。兄さんは本当に頭良いから羨ましいです。」
頭良いか.....それは買い被りだ。勿論それなりの力は持っている。だが、それはオレにとっては必要の無いこと。
詳しく言えば興味の無いことはやらない主義なもので本気を出すときはやる。出さないときはやらない。はっきりと区別をつけている。
可愛い妹に一つだけアドバイスしておこう。
「良いか蒼空。才能などこの世に存在しない。例え存在したとしてもそれはその人の努力によって生み出された幻想だ。努力してきたことを誇りに持ち自分の最大限を生かせ!それが世間で言う才能だ。お前に足りないのは自信と価値観だ。最もオレが言える立場ではないがお前にはそれほどの力はある。周りを気にせずに突き進めって事だ。」
珍しく良いことを言った気がする。結局のところ才能何て存在しない。人々の思想によって生まれた幻想。
この言葉は昔、オレの体験談で生まれた言葉であって誇りである。
今のオレに言えることはこれだけだ。
妹は少々頷いた感じで
「兄さん凄いです!私も兄さん見たいになりたいです。」
嬉しそうにもじもじとしていた。結構先程の名言が響いてしまったようだ。それよりも何と言う可愛さなのだろうか。
ぴょんぴょんと飛びはねている姿は正しくウサギ。
これは鼻血出そう。
でも.....機嫌が良くなって良しとするか!
名前や顔も忘れていたことに怒っていた妹の機嫌は柔らかくなり今ではすっかりと嘘のように浄化されたようだった。
「兄さん、今日は午前中は学校ですよね?」
「まあそうだな。行っても行かなくてもどちらでも良いんだが暇潰しにな。」
「そうですか。勉強熱心ですね。」
勉強熱心か。別に勉強しに行く為ではない。ある人から呼び出しを食らっている。
妹には悪いが嘘をつかせてもらった。
「後、午後からはそらねぇとお出掛けするけどお前は来るか?」
七夕祭りに妹と誘う。一応誘っておいたがどうだろう?
「ごめんなさい兄さん。私は午後からお母さんの仕事の手伝いをしないといけないので。」
申し訳無さそうに断る蒼空。表情を見る感じ行きたそうにしていたがどうしても今日は行けないらしいの事。
母の仕事はモデルである。その母の手伝いとして妹の蒼空もモデルの仕事を少々しているらしい。
ファッション雑誌とかに良く掲載される事があり結構有名であった。それはあくまでオレの知る過去。
この過去では知識が思う通り通用しない事があるため余暇ならぬ事は言わないようにした。
「行ってきます。」
「気をつけて行けよー!」
「行ってらっしゃい」
父と妹に見送られ家から出た。姉はもう学園に行ったらしく姉の履くローファーは見当たらなかった。
学園に到着してから何時ものように自教室に入らずある場所に向かっていた。
その場所とはあまり行くのは拒んでしまう場所である。それは地下一階に存在している。
学校に地下が存在するのは相当珍しいことである。
やっぱりここは嫌いだな。何かに呑み込まれそうなそんな感覚が襲われる。
ある教室の前まで到着しドアにノックを三回する。
「失礼します。二年Bクラスの小鳥遊蒼人です。」
礼儀正しく中に入る。余暇ならぬ真似は出来ない。それがこの学園のルールってものだ。オレは何も手出しできない。
「ようやく来てくれたか。」
言葉を返してくれたのは三年の先輩でクールな男性である。そしてオレの嫌いな人物の一人である。
そして中にはもう一人いた。そのもう一人は女子生徒でこの先輩と同じ三年生。この男性の側近という奴だ。
「お待ちしておりましたよ、小鳥遊さん。」
男と違って笑顔でオレを出迎えてくれる良い先輩である。
「それで用件って何でしょうか?オレ.....私に何か?」
途中で主語をオレから私へと切り替えた。社会にとってこれは常識である。上の上司や先輩には敬わなければならない。
「そこに座って構わない。」
「ありがとうございます。。それでは失礼致します。」
男がこのソファーに座って良いと指示されたので遠慮なく座ることにした。座る前に一礼して。
「ほお。結構礼儀正しいのか。」
「ええ。やはり可笑しいでしょうか?」
「嫌、別にそうではない。それよりも水原君、彼に飲み物を。」
「かしこまりました。」
水原夢愛くれあ三年Bクラスの生徒。学内総合順位は八位のトップ十に入る優等生。
この男の側近でありながら自由に行動することが多い。
これぐらいがオレの知る情報だ。と言ってもそれはオレの知る過去での情報だからあてには出来ない。
「君は飲み物は何にするんだ?僕はコーヒーだけど。」
飲み物ね。適当でも良いんだが水原さんやこの人にも悪いししっかりしたものを頼もう。
「ではウィス....じゃなくて紅茶でお願いします。」
危ない危ない。思わずウィスキー水割りで言いそうになった。今は学生であって大人ではない。精神的には大人なんだけど。
「じゃあ本題に入ろう。今日来てもらったのは君のお姉さんについてなんだが。」
「はい、姉がどうしましたか?」
呼ばれた理由はやはり姉関係だったか。男は話の続きを次々と進めていく。
「小鳥遊天は極めて優秀な生徒だ。僕も認める人だが今まで勧誘してきたんだけど断られてしまってね。」
「はぁ~~」
彼の言いたいことに察する。つまりオレに姉を説得して欲しいと言いたいのか。
すまんがそのような話は最初からお断りするつもりだった。なので率直に
「すみませんがお断りさせて頂きます。」
「そうか。それは残念だな......」
彼は少しオレの視線を外して考え始める。
「ではすみませんが私はこれから用事がありますので失礼します。」
水原さんが入れた紅茶は丁度そのタイミングに来たので一気に流し込んだ。
「水原さんすみません。今日はこれで.....」
「いえ、大丈夫ですよ。また時間が空いていましたら会いに来てくださいね蒼人くん。」
水原さんに一礼してこの部屋を退出する。多分もうここには来ないだろう。水原さんには悪いけどオレはあの男の考えていることが不明すぎて関わりたくない。
姉と敵対関係であるあの男───生徒会長の真島雪はこの学園の覇者である。
そしてオレの倒すべきリストに入っている人物である。
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