13-3 現場検証


 例の部屋はセロアたちが泊まった部屋とかなり離れていたから、たとえ夜中に何かあったとしても、余程注意していない限り解らなくて当然だろう。

 まだ片付けというか修理が終わってないらしく、外れた扉が廊下に無造作に転がっていた。


「たぶん繋ぎ目に細工して、外から開けようとすると倒れるようにしたんじゃないかなー。この扉、本来は押して開ける仕様だし」

「それはアリなのか? 借り切りとはいえ公共物なのに」


 倒れた扉をよけつつ説明するフリックに、リンドが聞き返す。ゼオがおもむろに持ち上げて下を覗いたが、特に何もなかった。


「そりゃフツーはダメだけどさ。ここじゃ自分の身は自分で守るしかないし、しょーがないかもな」

「私たちはゼオが見張っててくれたお陰でゆっくり休めましたけど、普通はそうもいかないですからね。……あるいは、襲撃を予測していたか」

「なるほど……」


 先に部屋へ入ったセロアがざっと室内を見回す。メインルームは目立った乱れもなく、キッチンも綺麗に片付けられていた。痕跡と言えるようなものは見当たらない。

 と、ゼオと一緒に奥へ行っていたルベルが、大声でフリックを呼んだ。


「ん? なになに」

「フリックくん、シーツに血の跡があります!」


 駆けつけてルベルの指差す先に目をやると、白いシーツに大きな赤黒いシミがある。近づいてよく見れば、何かに付着した血を拭き取った跡だと判った。

 ベッドを乗り越えてみると、床と壁にも血痕が残っていた。


「セロア、そのヒトたちが怪我してたかって聞いたん?」

「怪我はしてなかったみたいですよ。魔法で治したってことも考えられますが」


 フリックとセロアのやり取りを聞いていたルベルが、ぎゅっと拳を握り締める。


「パパもアルエスちゃんも、大丈夫かなっ……」

「あー、それァ襲撃側の血だってさ」


 火のない暖炉の前で座りこんでいたゼオが、不意に言った。リンドが振り返る。


「判るのか? ゼオ」

「今、火トカゲに聞いてるから、ちょっと待っとけ」


 ルベルが駆け足でゼオの傍に行き、隣にしゃがみ込んだ。フリックは立ち上がり、壊れた窓を調べているセロアの隣まで、続いていた血痕を辿る。


「ここで途切れたってコトは、窓から出たんだなー」

「そのようですね。襲撃して返り討ちに遭って逃げた……ってところでしょうか」


 これだけの情報では何も解らない。

 なんとなく二人同時に暖炉の方へ目をやると、ちょうどゼオが身じろぎして振り返ったところだった。


「なにか解ったか、ゼオ」

 リンドに問われ、ゼオは長い虎尾でぺしぃと床を叩いた。


「とりあえず、襲撃したヤツらじゃロッシェの相手にもなんなかったってェのと、ロッシェが今住んでる場所が解ったぜ」


 しんとなった一瞬後、ルベルがえぇっと声を上げる。


「ゼオくん! それホントですか!」

「この期に及んで妨害工作するかっての。アイツの気配は独特だからな、やっぱここでも精霊たちン中で知られてるらしい。……あのヤロ、マスターが住んでた岩窟そのまま利用しやがって」

「ルゥイさんの、ですか?」


 ゼオの言うマスターとは、ルウィーニのことだ。

 彼はバイファル島へ流刑にされていた十年間、島民と必要以上の接触を避けるため、岩場の洞窟を住処にしていたらしい。

 学者であり魔術師でもあり、卓越した剣技の持ち主でもある彼は、そうやって自給自足しながら無用の危険を避け、この島での十年を見事に生き抜いた。そして、数少ない監獄島からの生還者の一人となったのだった。


 ルウィーニとゼオは、名づけ主と名を与えられた精霊という特殊な関係にある。距離も場所も越えて交信でき、望めば心話や記憶の共有も可能だ。

 ここバイファルの結界だけはその障壁になりえるが、ルウィーニのことだ、出立前に自分が知ってる限りの情報をゼオに与えたと考えていいだろう。


「ああ」

 少しの間の後、ゼオが頷いた。そして立ち上がる。


「行くぜ」

「え、ゼオくんカラダ大丈夫ですかっ」


 心配そうに聞くルベルを見上げ、ゼオは軽く眉を寄せた。


「ヒトガタ取れるほど魔力充電できてねーし、ちびィままだからな。道案内以上は期待すンな」


 それだけ言うと部屋の外へ歩き出してしまったので、ルベルは困惑げな瞳でセロアを見上げる。

 セロアはくすりと笑って、ルベルの頭にぽんと手を置いた。


「ちっちゃいままなら大丈夫みたいですよ。どの道、街はあまり長く滞在すると危険ですから、早めに移動した方が良さそうですね」

「ハイ、了解です」


 事態の急速な進展に置いてけぼり気味で立ち尽くしていたリンドが、はっと我に返って隣のウサギを見る。


「そういえばフリック、おまえ、まだ寝間着な上に朝食もまだじゃないか?」

「うゎヤバっ、もしかしてオレ置いてかれちゃう!?」


 起き抜けの騒ぎからして不可抗力ではあるが、ほぼ丸一日何も食べてないのにこれ以上抜いてはいられない。

 フリックは慌てて部屋へ駆け戻っていき、リンドも荷物を纏めるため、セロアから鍵を受け取って一足先に戻っていった。


「ルベルちゃんは現場検証、気が済みましたか?」


 身じろぎもせず空の部屋を見つめているルベルにそう声を掛けると、少女はこくりと頷いた。

 戻りましょうかと促し、セロアもルベルと一緒に部屋へと歩き出す。


 ニアミスか、……と、不思議な気分が胸を満たしていた。

 まさかロッシェとアルエスが一緒にいるとは思いもしなかったし、アルエスがロッシェに気づいているかも解らない。だが彼女の安全は確実そうで、それは本当に良かったと思う。

 そして同時に、封じこめていたもう一つの心配要素が頭をもたげていた。


 あまり長くこの島に滞在することはできないだろう。リスクが大きすぎるからだ。

 だが、たとえ事が上手く運んで逢えたとして、ロッシェの心の準備は大丈夫なのだろうか。ゼオが心配しているのも、恐らくそれだろう。

 そんな思案を巡らせながら傍らの少女に視線を傾ける。いつになく緊張しているのが、その表情から窺える。

 あるいは、もしかして。ルベル自身も、同じ不安を抱えているかもしれない。


「いよいよですね、ルベルちゃん」

 そっと声を掛けたら、少女は弾かれたように顔を上げ、そしてにこりと笑った。


「はい!」


 その笑顔に隠した覚悟の片鱗を知らないだなんて、セロアはもう言えない。だから気づかぬ振りをしつつ、祈るしかできない。

 複雑な想いを抱えつつ、一行は荷物を纏めて部屋を簡単に片付け、宿を後にしたのだった。




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