第77話涙が足元に落ちるほど

最終日、ドリームウォーカー達が現世に帰る日。


父が住んでいた家はマジェラ郊外にあるエプー湖の湖畔にあった。北に古代の森、東に六つ足が望める草原地帯。小さな村がいくつかあり、その中の一つ、エタノルス村の外れだった。


帰る前に寄って行きなさい、そう言ってくれたのはマルベックだった。少しは父のことが知れるだろうと。


村長に案内されながら村の中を歩いた。ツェワン一団が送迎として同行していたこともあり、二百ほどしかない集落は総出で歓迎してくれているが、もちろん村人は球史全書の存在自体を知らないので、ハルキ達ドリームウォーカーの事は眼中にない。

王宮からの従者くらいにしか思っていないのだろう。百騎ほどの兵団に溢れんばかりの声援を送っている。


村人の大半は農家のようで、一本しかない大通りの両側には畑が広がっていた。

大通りを抜け、村の外れに着いた。父の家は灯台のような形状をしていた。薄茶色の土壁と石を積み上げて造られている。三階分の高さはあるだろうか。オリビアの家のような風車は付いていなかった。


父が去った後もそのままの状態で、マルベックが管理していたらしい。すぐ近くに小川が流れ、ススキに似た植物が日の光を受け、黄金に輝いていた。山から吹く冷たい風が湖の湖面に波紋を作りながら通り過ぎてゆく。


「ここで……父は暮らしていたんですね」


 きれいな所だ、とハルキは思った。


「妻のエナと暮らしておった。五年くらいここにいたかの」


マルベックが先に入り、窓を開けて、光石のランプを点け、暖炉に火を入れた。


ツェワン一団、新たに来たリュウの部下二名は家の外で待機している。マルベックを案内役にハルキとアオイ、リュウ、それにオリビア、アイレンが家の門戸を潜った。


石造りの大きな暖炉の前に食卓テーブル、壁に沿うように緩やかな階段が家の内側を回っている。階段の下には本や生活用具が収納されたままだった。二階に上がると寝室と書斎があった。


ハルキの足は自然に書斎に向かっていた。現世ならば机の上に写真の一枚や二枚飾ってあるのだろうが、残念ながらこちらの世界にその技術は無かった。代わりに似顔絵の書かれた羊皮紙が数枚、置かれていた。机の上はうっすら埃が積もっている。他には手帳や簡易的なペン、木製の箱などがあった。


ハルキは羊皮紙の束を手に取った。そこには髪の長い女性が描かれていた。どことなくアオイに似ている。真顔に近いが、優しい表情でこちらを向いていた。これは父が描いたものだろうか。だとするとこの女性は……。


「この女性がエナ。タダノブの妻で、お前たちの母親じゃ」


後ろからマルベックの声がした。窓際の絵画を見ていたアオイもこちらに来た。

かなり若い時のようで、まだ幼さの残る顔。アオイより少しだけ年上に見えるだけだ。


「……私正直、父のことあまり好きじゃありませんでした」


 描かれた母の絵を見つめて、アオイは静かに呟く。


「私たちを捨てて自分の事ばかりで、小さい頃、私は何のために生まれてきたのかとか、何のために存在するのかとか……そういうこと、たくさん考えました……いっそ生まれてこなければって思うほど、つらい時もありました。……でも弟が、ハルキがいるから何とか今までやってこれました。だから、そう思ってたから、父の事、嫌いでした。どこかで野垂れ死んでも知らないって……でも父の過去の話を聞いて……なんて、なんて不憫なんだって。お母さんを救うために……救おうと、ずっと……もがいてただけなんですね……」


 途中からアオイは号泣していた。ひきつけを起こして、涙が足元に落ちるほど。


「……もういないんですね……。お父さん、死んじゃった……」


 子供みたいに泣くアオイの声につられ、オリビアとアイレンも涙を流した。

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