第63話誰が遊びに行っていいと言った

飛行船から可動式の階段が光球霊塔めがけて降りてくる。ハルキとザブは手錠を嵌められ、その階段まで歩かされていた。飛行船から敵兵士の小隊が出てくるのが見える。ハルキは全身の痛みに歯を食いしばりながらふらふらと歩いた。手錠から伸びた鎖はバルディが握っている。


上空からは銃声と爆発音、地上からは怒号と鉄のぶつかる音、上も下も阿鼻叫喚の地獄。連れて行かれた先で何をされるのかという恐怖もあったが、それよりバリアンを止めるという自分の責務を果たせなかったことによって、これから大勢の人が殺されてしまうだろうことに、失意半分、自分への怒り半分の心情で、前を歩く黒い鎧の背中を見つめていた。

バリアンはザブの鎖を持ち、反対の手にはハルキの虹の角が握られている。


その時、一瞬ビュッという風切り音が聞こえたかと思うと、バリアンの右腕に勢いよく弓矢が突き刺さった。

ハルキの虹の角がカランと落ちる。

間髪入れずにバルディの腕にも同様の矢が刺さる。


バルディのうめき声を尻目にハルキは空を見上げた。黒煙を吐く飛行船や機銃の線を背景に逆光の中から三羽のカカラルが急降下してくる。

一番前には……


(オリビアさん……?)


 オリビアは炎石を近衛兵に投げつけるとすぐに飛び、落下の勢いそのままにバルディに切りかかる。何とか剣で受け止めるもバルディは後方に吹き飛ばされた。爆ぜた炎石は近衛兵たちのマントに燃え移り、また爆発で装甲もへこませた。

同時にバリアンが自らの虹の角を鞘から抜き、オリビアに向かって精霊を放とうとしている。切っ先が青白く光った時、もう一人上空から飛び降りた影がバリアンを襲った。

その影――――マルベックが老体とは思えない強烈な剣技でバリアンを抑え込んでいる間、オリビアがザブの手錠を解いた。


「ハルキ―ッ!」


 上空を旋回している最後のカラカルから聞き覚えのある声がした。


「お姉ちゃん? ……お姉ちゃんっ!」


 心身共にボロボロだったハルキにはまさしく天から舞い降りた希望の天使のように見えた。全身が熱くなり、自然と笑みがこぼれた。


 アオイの後ろに見知らぬ男性が乗っており、振り向いて二人で話している。アオイは泣きながら身振り手振りで何かを訴えているが、カカラルを操縦している男性は首を横に振った。再びアオイはハルキに向かって何かを叫んだが、風と銃声と爆炎でかき消された。


おそらく姉はここに降ろさせてと言ったが危険だから駄目だと言われたのだろうとハルキは思った。それについてはハルキも納得だ。姉に、唯一の家族に、こんな危ないところに来てほしくない。


やがて二人を乗せたカカラルは大きく旋回した後、地上目掛けて降下していった。ハルキはアオイの涙でぐしゃぐしゃになった顔を見えなくなるまで見つめていた。まともに話せもしない、つかの間の再会だったが、姉がこの世界に来てくれた事実は自分も元の世界に帰れるという希望だし、何より顔を見れたことが単純に嬉しかった。後ろにいた男性もきっと仲間だし、遠目だったが頼もしそうだった。あの人と一緒なら大丈夫だろう。空を見ていたハルキのもとにオリビアがやってきた。素早く手錠を外し、ハルキを抱きしめる。


「ごめんね、怖かったでしょう……」


「いえ……大丈夫です」


「こんなはずじゃなかったの」


 申し訳なさそうな顔のオリビアからは石鹸のようないい匂いがした。どこかで嗅いだことあると思ったがすぐにオリビアの家の湯の匂いだと気付いた。オリビアの家の匂い。ハルキは心が静まるのを感じた。ふとアイレンのことが頭を掠めた。彼女は無事だろうか……。


「オリビアっ! 行ったぞ!」


 ザブの声が聞こえ、前を向くと敵近衛兵が一人こちらに向かってきていた。奥では二人を相手にザブが奮戦している。残りの一人は倒れたまま動かない。飛行船から降りてきた小隊も全滅していた。ザブが倒したのだろう。


 大柄な敵近衛兵の一撃をさらりとかわし、オリビアは腕目掛けて剣を振り下ろした。が、分厚い装甲が少しへこんだだけで、あまりダメージはなかった。


 奥ではバリアンが精霊を放ち、それをリーチェの蹄で防ぐマルベックが見える。


「精鋭ね、時間がかかるわ。ハルキ君、逃げて」


 ハルキは自身の虹の角を拾い、青い太陽の下にある扉に向かって走った。しかし、すぐに背中を鋭い痛みが襲い、その場に倒れてしまう。


「誰が遊びに行っていいと言った?」


 振り向くと額から血を流したバルディが、赤く熱された大剣をこちらに向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る