第57話目指すは全ての元凶

カカラルの背に乗り、高空の冷たい風を切りながら、光球霊塔攻略隊、約百名は国境壁を超え戦場の真上に到達した。下の空では戦争がもう始まっている。

巨大な飛行船が数え切れないほど浮かび、友軍のカカラル部隊を銃撃している。


飛行船には下部と上部に4門ずつ、前後に2門ずつの計12門の銃座が付いており、破石を弾にした石弾銃が当たれば爆発するとザブから教えられた。

小回りの利く小型気球タイプの飛行船も多い。あらゆる空間に弾線が伸び、小さな爆発が至るところに咲く。


味方が、紙くずのように落ちてゆく。


落ち行く先も地上軍入り乱れる地獄の平原だ。ここから見ると黒い点にしか見えないが、あそこには戦士が乗っていて、一人一人に家族がいる。

カカラルだってあんなに……人間のせいで……これが戦争。なんて恐ろしい。ハルキは奥歯を噛みしめた。


だがそんな中にも器用に銃撃をかわし、敵船に迫るミュンヘルの戦士たちが見える。飛行船はガス袋で飛んでいるので、カカラルは舞い踊るかのように華麗に飛行しながら、鋭い爪で帆を切り裂き応戦している。

全体を見渡すと、かなりの数の飛行船が炎上しながら落ちてゆく。


これが空戦。三次元の戦い。


「二百、三百……この数は第六軍だけじゃない」


通り過ぎた飛行船に三の紋章が見えた。


「第三軍! 敵王家直属の軍だ」


 隣を飛ぶザブが叫んだ。


「装備も規模も他の軍より一つ上だ」


「作戦は続行だろ?」


 リリーが風に負けじと叫ぶ。


「当たり前だっ! 今更引けん!」


その時、青白い光が目に隅に入った。空戦域の隙間の奥、光球霊塔だ。


(あれが……)


「見えたぞっ! 降下用意!」


塔攻略隊隊長のザブが指示を出し、その場で旋回に入った。後ろに続く約百名の戦士たちもその軌跡を辿る。


飛行船よりも高度からの垂直降下。銃弾飛び交う空域を、それこそ弾丸のように貫いて。目指すは全ての元凶、青い太陽。


ハルキは額の汗を拭い、深呼吸した。胸の鼓動が耳の奥で鳴っている。手足は冷たく、小刻みに震えていた。


「ラトゥール神の加護を! 降下開始!」


 ぐんっと引っ張られる衝撃に負けじと、ハルキは必死にカカラルに掴まった。内臓が浮き上がる感覚とあまりの落下速度に思わず目を瞑る。

全てのカカラルが一斉に羽を後ろに伸ばし、猛スピードで空戦域に突入した。

冷たい風が耳元でゴウッと唸り、ビリビリと空気を切り裂く衝撃が全身に襲い掛かる。近くで爆発が起こり、熱風を半身に感じたが、一瞬で冷たい空気に代わった。


銃弾の甲高い風切り音がいくつも通過し、周りを飛ぶ味方が次々餌食になる。全てが一瞬だった。

始めはちっぽけだった光球霊塔がぐんぐん迫ってくる。

空戦域を無事に抜けた時、青い太陽の傍らが小さく光った。


「くそ、バリアンがいるぞ! ハルキ、精霊壁を出せ!」


「ええ! 急に?」


「練習通りやれば大丈夫だ」


バリアンが虹色の角を振り、地中から吸い上げられた精霊がカカラル部隊に襲い掛かる。ハルキは虹の角を前方に向けて抜いた。虹の角が青白く光りだし、身体の奥がチリチリして巨大な気配が自分と重なった。


次の瞬間、切っ先から精霊種と同じような膜が広がり、後部のカカラル数羽までも避難できるような大きな傘が出来上がった。そこにバリアンが放った精霊の群れが襲い掛かる。


しかし、ハルキの精霊壁に沿うように後方に流れていく。すさまじい光のシャワーが全方位に広がり、まるで濃度の濃いオーロラを見ているようだった。耳を傾ければ、様々な鳴き声が聴こえる。精霊の声だ。多種多様な生命体の気配がハルキを通り過ぎる。


精霊の群れを抜け、ハルキ達の一団は光球霊塔の淵に着陸した。到達できたのはハルキの近くを飛んでいたザブ、リリーを含めた5名の戦士だけだった。


一瞬で百名近くがやられた……そして同じ数のカカラルも。あんなにも躊躇なく人の命を奪えるなんて……それを精霊種にやらせるなんて……。ハルキはまだ見ぬバリアンという敵将に恐怖を覚えた。


目の前には精霊エネルギーの集合体である青い太陽が浮いていて、そのとてつもない大きさに圧倒させられた

。時折生き物の形をした精霊が、青い太陽から逃れようとしていることに気が付いた。だが結局は見えない引力のような力で沈んでしまう。



(ひどい……)


ハルキ達がいるのは青い太陽の受け皿部分だった。遥か下では両軍入り乱れる地上戦が行われている。兵士達の雄叫びと爆発音がここまで聞こえてくる。


青い太陽の下部からこちらに向かってくる六つの人影が見えた。それ以外に敵兵の姿は見られない。


「ハルキ、いざとなったらまた精霊壁を頼む」


 余裕のない表情のザブに頷くと、こちらも歩き出した。

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