第31話〈変革の子〉

「父上、〈変革の子〉が国内にいるそうですね」


 武具を付けた短髪の凛々しい青年、アサンズ王子が、父である国王、シーガル・モナストレル十二世に問い質した。周りは重武装の近衛兵が、彫刻の彫られた柱を背にして等間隔に並んでいる。


ここはミュンヘル王国の中心に位置する王都ガウスの王宮、その王の間だ。

石床の上にはこの国の特産品である綺麗な刺繍の絨毯が何枚も敷かれ、三方の壁には巨大な暖炉が赤々と燃えていて、十分な温かさがある。

高い天井からは色とりどりの光石ランプが吊るされていて、まるで星雲のように幻想的であった。


「……そのようだ。シャルルが面会し、確認したと報告があった」


なぜ知っている、とうんざりした顔で国王は答えた。

シーガルは目の前で片膝をついてこちらを見上げているアサンズに、子供の頃から振り回されてきた。好奇心が旺盛で考えるよりまず体が動く性格は、成人の儀が過ぎた今もあまり治ってはいない。

しかし実直で明るく勤勉な一面も持ち合わせているので、国民からは人気がある。


金で装飾された王座に、肘を掛けているシーガルの後ろには、王家直属の精鋭部隊〈王の弓〉が二人、銅像のように立っている。

彼らの顔には皆、右目を貫くように掘られた刺青がある。

王座の真横で紫色の派手なドレスに身を包んでいる王妃、ミューア・モナストレルの背後にも一人、そしてアサンズの脇にも一人、いかなるときも傍から離れず、王家を守るのが彼らの仕事だ。


「ならば今すぐ国民に公表すべきです。……そうすれば士気も上がる。国境壁のトンネルももう少しで開通すると連絡が入りました。父上、こちらから攻め込むべきです。この時期に〈球史全書〉に書かれている〈変革の子〉が現れた……これはガシャの祝福です。奇襲をかけて、今度こそバリアンを――――」


「まあ、待てアサンズ」


 シーガルは幼子を宥めるような言い方で、息子を制した。


「わしはの、戦は考えておらんのだ。今まで犠牲になった人数を考えてみよ。これ以上悲しむ家族を増やしてはならん。……〈変革の子〉を取引材料に、シャガルムとの和平条約締結を目指す、まだ表には出しておらんが、これが我が国の、当面の方針だ」


 アサンズの顔がみるみる強張ってゆく。


「何を言っているのですか、父上! ツェワン叔父もシャルル姉さんも、大勢の戦士たちも前線で戦っているというのにっ! 彼らの苦労を無駄にする気ですかっ!」


 シーガルは周りに悟られない程度にため息をついた。

(いったいいつからこんな血の気の多い子に育ってしまったのだ……)


 アサンズはまだ一度も実戦を経験していない。戦いたくてうずうずしている若者特有の感情だけが先走りしているようにシーガルは感じた。

(これが若さか……)


「アサンズ王子、早まってはいけません」


 部屋の奥から影のように出てきた細身の老臣、宰相のハーケンが、歪んだ笑みを浮かべながら王座の脇へ立った。

この黒い法衣を纏う大柄の老人は先代の王、つまりアサンズの祖父にあたる人物の時代から、この国の政治を任されている。

政治手腕は評価されているが、その陰気な顔つきや、皮肉った発言から、王宮内での黒い噂が絶えない。


「今、この国に必要なのは傾いた内政ですぞ。長く続く戦争で国の予算はもう犬の餌程度……世界的な気温低下の影響もあり、減少する漁獲量、子を産まない家畜、作物も昨年の六割程度です。古代都市の発掘事業も人手不足でここ数年は進んでいません。光石の輸出だけが頼みの綱ですが……しかし、まあ、幸いなことに戦の方は現在小康状態、小競り合いしか起きておりません。これはまたとない機会と捉えるべきではありませんか? 戦いには費用というものが必要なのです。国の費用が枯渇すれば国民が飢え、人口が減る。人口が減ればあなたの好きな戦も出来なくなる」


 ハーケンの一言にアサンズは目を見開き、顔を赤らめた。


「私は戦が好きなわけではないっ!」

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