第30話……まだやれます
ズっという音と共に、シャドの腹部から日本刀が飛び出た。柄はアオイの右手が握っている。アオイが具現化した刀だ。首を絞めていた手が離れ、アオイの足が地面に着くと、剣先がシャドの首筋を一閃した。首が落ち、砂となって消える。
アオイはその場にへたり込んだ。せきを切ったように涙が溢れてくる。
「よくやった、合格だ」
「何が合格ですかっ……私もうちょっとで死ぬとこでしたっ! なんで助けてくれないんですか……こんなの酷すぎる」
「い、いや、泣くな。これには訳が……」
参ったなと頭をかくリュウに「あーあ、女を泣かせるなんて、リュウはひどいなあ」とからかうような声が届いた。振り返ると黒スーツ姿のエリが立っていた。
「……〈構築師〉は?」
「今回はCランク。楽勝」
エリはアオイの傍に屈みこみ、やさしくささやいた。
「ごめんね、アオイちゃん。実はあのシャド、本物じゃないの」
「え?」
血と涙で汚れた顔がエリを見る。
「あれは私が構築した想像の産物。私が操っていたの、ごめんね。でも一日で第二夢層に適応するためには、この荒っぽい方法しかなかったのよ」
非難する気持ちは芽生えなかった。本物じゃなかったと分かっただけでほっとした。
「それにしてもアオイちゃんは才能あるわ。追い込まれたからかもしれないけど、一瞬で刀を構築するなんて。リュウなんて同じの構築するのに二週間よ」
「余計なこと言わなくていいんだよ」
リュウは腕を組んだまま仏頂面になった。エリはリュウをからかうのが好きなようだ。
「だが、接近戦において銃より刀の方が遥かに優れている。自分の想像力を強く形にするにはやはり自分に触れている物の方がいいしな。飛び道具は効かない場合もある。考えたわけじゃないと思うが咄嗟にそれが出来たのは、いいセンスだ」
「こんな状態の女の子に、このタイミングで真面目くさった解説する、ふつう? リュウは相変わらず女の扱いが下手ね。レイイチと替わった方がいいんじゃないの?」
「あいつだったらもっとえげつない訓練になるぞ。ドS王子だからな」
少し考えたエリは「ああ、うん、そうかもね」と言った。
「アオイちゃん立って。傷、治してあげる」
そんなこともできるんだ、と驚きながら立ち上がると、エリは頭と腕の傷口に手をかざした。しばらくすると傷口が温かくなって、あっという間に元に戻ってしまった。続いてエリは手を動かし、血で汚れたところも綺麗にした。
「はい、出来上がり。この世界はね、能力の高い者が全てを支配できるのよ。つまり、私が今、アオイちゃんを裸に剥いちゃうことも出来るってわけ」
アオイはニヤつくエリの顔を見ながらゆっくり腕を胸の前に持っていった。冗談なのか本気なのか分からない。
「ふふ、かわいー。そうならないように頑張って。さて、どうする? 一回戻る?」
「そうだな」とリュウも頷く。
「……まだやれます」
静かだが意志の籠ったアオイの言葉に、二人は顔を見合わせた。
(私は何のためにここまで来たの? ハルキを連れ戻すためじゃなかったの?)
自分で自分を叱咤する。
自分が辛いから、なんて理由はもう頭にない。
「いいねえ、そうこなくっちゃ。付き合うよ」
そう言ってエリはにやりと笑った。
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